168 転移魔法を使ってみよう ※別視点
リズ・ウィルディアサイドの話になります。
時は遡って、イナリがゴブリン討伐に赴く一日前。
「先生、すごかったね!転移魔法が実現するなんて思わなかったよ!しかも、人もテレポートできちゃうなんて!」
「ああ、そうだな。まあ、リズ君まで連れてはるばる遠くからやってきたんだ。期待外れにならなくてよかったよ」
転移魔法の実演会の見学を終えたリズとウィルディアは、アルテミア魔法学校内部の個人練習場にいた。
そこは、魔法を練習するために設けられたそれなりの広さの部屋で、生半可な魔法では壊れないような作りになっている。この手の設備は予約が必要なものだが、今回は運よく、ごく短い時間という条件で部屋を使うことが出来たというわけだ。
「ただ……ここに来るまでは本当に億劫だったし、知らない学者に挨拶されても困ってしまうからな、リズ君を話題に出来て良かった」
「先生……もう少し普段から外に出て、色んな人とお話したほうが良いと思うよ?」
あまりにも情けないウィルディアの発言に、リズは苦笑する。
「いや、そうは言うがな、生徒とはよく話すし、同僚とだって、まあ、全員ではないが……話す。それに、行きつけの店の一つくらいはある。少なくとも、所謂『引きこもり』よりは活動的だと自負している」
リズの言葉にウィルディアは反論する。
「ただ、それでも人付き合いは苦手だ。相手は私を知っていても、私は相手を知らない。それなのに、こういうところでは場所が場所だから半ば強制的に話さなければならないし、そのくせ『喋り方が硬くて距離感を感じる』だとか文句をつけられることもあって、本当に辟易する……」
「ごめん先生、リズが軽率だったかも……」
思ったよりも拗らせているウィルディアに対し、リズが申し訳なさげに謝罪する。
「いや、気にしなくていい。少なくとも、社会に生きる以上、必ずどこかで、そういった機会は訪れるものだからな……。時にリズ君、仮に私がリズ君のような喋り方をしたとして、相手は親しみを覚えるだろうか?」
「……想像するだけでぞわっとしちゃうな。やっぱり普通が一番だよ、うん……」
「君もそう思うか。所謂イメチェンというのをしようか検討していたが、やはり無しだな」
「先生、思った以上に迷走してたんだね……」
「……まあ、この話はこの辺にしておくとして、時間も有限だ。早速、転移魔法を試してみよう。資料と座標測定器を出してくれ。借り物だから、扱いには気を付けるように」
「はい、先生」
リズは鞄から紙の束を取り出し、ウィルディアが背負っている、学校側で支給されたバックパックから、人の頭くらいの大きさの箱型の魔道具を取り出す。ウィルディアは紙の束をリズから受け取り、転移魔法の手順について確認していく。
「まずは……座標測定器を使うのだったか。使い方はわかるか?」
「うん。ええっと、ここを、こうして……」
リズは地面に魔道具の固定具を展開して設置し、後ずさっていく。
「……これでできた……と、思う、多分。……どうだろう……」
「そんなに自信無さげにならなくとも、問題ないよ。……それで、次に、少し待って、側面にある座標出力面の状態を確認する……。確か、実演の時は一分程度だったか。少し待とうか」
二人は静かな個室で時が過ぎるのを待つ。この魔道具は、他の魔道具のようにわかりやすく、ガシャガシャとか、ガガガ、とか音を出したりしないので、いまいちうまく行っている確証が得られないのだ。
そして大体一分経ったところで、座標測定器の座標出力面を確認する。そこには、魔法言語における数字の羅列が並んでいる。
「……ふむ、魔力液晶か。随分力を入れているな……」
「これ、確か最新鋭の技術だって聞いたことあるけど……もしかしなくても滅茶苦茶高いやつだよね……?弁償することになったらいくらするんだろう……」
「どうだろうな、想像もつかない額だろうことは確かだろうが。……リズ君、本当に気を付けるんだよ。若くして借金まみれなんて最悪だからな」
「うん……」
リズの体に一気に緊張感が走る。普段から魔道具収集などをしていたので、魔道具の扱いは理解している。
しかし、リズが集める魔道具は、どちらかと言えばイロモノと呼ばれる類の物の方が多く、まともな、それも時代の最先端を行くような技術が組み込まれた魔道具を扱うのは、魔法学校に通っていた時以来である。
「それで、次は……『コーディネイトテレポート、(座標測定器に表示された座標を代入)』……これを詠唱することでその座標の場所へ転移でき、もし転移先に何かあった場合は発動しないようになっているらしい。私がやってみようか」
ウィルディアは杖を取り出して地面に立て、詠唱を始める。
「コーディネイトテレポート、1739265……リズ君、桁数が多すぎてこれ以上わからない。後何桁ある?」
「ええっと……多分、十桁くらい……?」
リズは座標測定器の側面に浮かび上がった数字を指で数えて確認した。
「……性質上絶対座標にしないといけないのはわかるが、これは些か不便じゃないか」
「でも資料によると、この学校の中心を原点にしているみたいだから……遠いほどヤバいんだろうなあ、これ……」
「実用には程遠いということか、あるいは転移魔法を使うなら避けられない道か……まあ、いきなり全て解決の万能魔法が生まれることは無いし、あるいは、今後画期的なものが見つかるかもしれない。これも魔法が生まれる過程の一つの趣と思っておこう……。リズ君、数字を私に教えてくれ」
「はい。ええっと、一、七、三――」
ウィルディアがリズの助けを得ながら魔法詠唱を完了させると、一瞬にしてウィルディアは座標測定器の真上に転移し、物理法則に従って落下する。
ウィルディアは慌てて足を開き、座標測定器を踏みつけないように回避する。
「……ふう。これは、心臓に悪いな。それに、足を、捻った……」
「先生、大丈夫?後でポーションを買おう。……うーん、この魔法は実演の時からしても、座標だけ控えて使う感じなのかな……」
「そうみたいだな。全く、嫌な汗をかいた……」
ウィルディアは袖で汗を拭った。危うく残りの人生を借金まみれで生きていくことになりかけたのだから、当然のことである。
「じゃあ、リズもやってみようかな。試しに適当な座標を入れたらどうなるかな?」
「それは絶対にやめなさい。もしドラゴンの巣の目の前に転移したらどうにもならないし、そうでないとしても、どこに行ったか見つけるために世界中を駆けまわるのは無理だ」
「じょ、冗談だよ、先生……」
リズの軽率な発言に対し、ウィルディアはしっかりと警告した。
「でも、自分自身じゃなければいいよね。後で試しに、リズの家に手紙を転移させてみようかな」
「それなら魔法陣を使う方式が良いだろう。ただ、結局、それは既存の転移魔法と変わらない……いや、違うか。今までは現在地と転移先の位置関係を計算しなければいけなかったところ、例えばメルモートの座標が『10』だとしたら、そこに手紙を送りたい者は皆その座標を使えばいいのだし……ふむ、詠唱が大変な点以外は革命的だな……」
一人考え込むウィルディアをよそに、リズは座標測定器を少しずらしてから転移魔法を実行した。
「おぉー、何か変な感じだ!」
「楽しんでいるようで何よりだ。だが……リズ君、お楽しみのところ悪いが、そろそろ撤収だ」
「あ、了解!片づけます!」
ウィルディアの声に、リズは座標測定器を回収してバックパックに戻した上で学校に返却し、個人練習場を後にした。
その後二人は、軽く構内を見学したり、足を捻ったウィルディアの治療をしたり、街を観光して過ごして、夜になったら、アルテミア魔法学校が用意した宿で過ごしていた。ウィルディアは来賓の位置づけなので、二人にはかなりいい宿を用意されている。
リズはベッドに転がりながら、小さな紙にペンを走らせていく。
「えーっと、『虹色旅団の皆へ、もしこの手紙が届いてたら、後で手紙で教えてください』『それ以外の方へ、もしこの手紙に心当たりが無ければ即刻破棄してください』っと……」
「それは君の家に送るための手紙か?……ところでリズ君、どうやって君の家の座標を割り出すつもりなのかな」
「えっと、さっき転移魔法を試した時、少し座標をずらして発動したから、その差から座標の距離感を割り出そうかなって。……これからする計算を考えると気が狂いそうだけど、頑張るつもり」
「……随分高度な事をしようとしているね。成功を祈っているよ」
「うん。そういえば、先生は足、大丈夫?」
「ああ、おかげさまでな。だが今日は疲れたし、私は先に寝させてもらうよ。おやすみ」
「はーい、おやすみなさい、先生!」
ウィルディアがベッドに横になると、リズは一人、コツコツと座標の計算を始めた。しかし、地図を持ち合わせていない中での作業は難航し、悩んでいるうちにいつの間にか眠ってしまった。
翌朝、ウィルディアとリズが観光の続きをするべく自室で身支度を整えていると、扉が叩かれる音が部屋に響く。ウィルディアは気怠さを隠そうともせずに扉へと歩いて行く。
「……一体誰だこんな朝に……はい、どちら様ですか?」
「ウィルディア様、おはようございます。アルテミア魔法学校より、お招きした皆さまへ、急遽、再度お越しになって欲しいとのことです」
「……なるほど、わかりました。ありがとうございます」
ウィルディアは扉を閉めて振り返り、リズに告げた。
「リズ君、今日の予定は変更になりそうだ」
その言葉に、リズは頷いて返した。




