表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
ディスコミュニケーション・リコンストラクション

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

167/442

166 ゴブリンの元へ

「イナリさん、朝ですよ」


「んう?んん……」


 エリスがイナリの体をやさしく揺すって起こす。


「……朝か。おはようじゃ」


 イナリは目を擦りながらエリスに挨拶をする。


「ええ、おはようございます!……何だか幸せそうですね。いい夢でも見たのですか?」


「うむ、稲荷寿司を食べた……夢じゃ」


 流石にここは夢ということにしておかないと色々と問題になってしまうので、こう答えるしかない。


「少し前にも言っていたイナリさんの食べ物ですか。夢ですら幸福な気分を味わえるとなれば、さぞ美味しいのでしょうね。私も食べてみたいです」


「うーむ、果たしてその時は来るであろうか」


「一体何なのかはわかりませんけど、いつまでも待ちますよ」


「そうじゃな。首を長くして待っておれば、いつかその時が来るやもしれぬよの」


「はい。……あ、言うまでもないですけど、私はイナリさんと一緒に過ごせて幸せですよ」


「うん?……うむ」


 エリスによる、イナリの少し乱れた髪を手で梳きながらの唐突な幸福宣言に、イナリはしばし首を傾げるが、寝起きのやや鈍った思考で適当に頷いて返した。


「……ですが、今日はちょっとイナリさん成分の不足を感じます」


 そう言うとエリスはイナリを抱き締め、尻尾や耳をもふもふと触っていく。


「……」


 イナリはされるがままになりながら考える。まさかとは思うが、イナリがベッドから抜け出していた分、エリスが睡眠時に得られる「イナリ成分」とやらが少なくなっているのだろうか?だとすれば、その「イナリ成分」とやらは実在することになるが……。


「いや、まさかのう……」


 イナリはそっと己の突飛な考えを振り払い、エリスの肩を軽く叩く。


「エリスよ、もうよいか?」


「……いや、もう少し……」


「……仕方ないのう」


 イナリは、エリスによるイナリ成分補給が行われている間ぼうっとしていると、ベッドの横のエリスの机に置かれたものが目に留まる。


「む、これは……新聞か。これ、お主のものなのじゃな?」


「ええ、定期的に購読しています。気に入った記事は収集もしていますよ」


「ほう、お主にそのような趣味があったとはの。して、今日の新聞はどうじゃ?」


「まだちゃんとは読んでいませんけど、最近は暗い内容ばかりなので、今日も期待できない気がします」


「なるほどのう。どれ、我が代わりに見てやろうではないか」


 イナリは腕を伸ばして新聞を手に取り、内容を確認する。


「うーむ……『加速する獣人との対立』『アルテミア魔法学校転移魔法理論会議』『勇者選定難航』……確かに、あまり愉快そうではなさそうじゃなあ」


「魔王が現れるとどうしてもそうなっちゃうんですよね……。普段はもうちょっと平和な感じで、誰々がとても強い魔物を倒しました!すごい!……みたいな感じのものが多いのですけども……」


「それ、面白いのかや……」


「話の種の提供も新聞の役目ですからね、それぐらいの記事で埋まっているくらいでちょうどいいのですよ」


「そういうものかや。……ところで、見過ごせぬものがあったのう。勇者選定難航とな?」


「ああ、それは先ほど軽く読みましたよ。どうにも、前回の魔王討伐からの間隔が短すぎて、人員が不足しているようですね」


「ふむ?人間はいくらでもいるのにか」


「その言い方もどうかと思いますが……まあいいでしょう。いくらでもいるのに、です。いくらアルト教が魔王を取り除くべき悪と定めていても、能力的に、地理的に、経済的に……各々事情がありますから、誰もが魔王を倒そうと思うわけではありません。イナリさんだって、突然魔王を倒せと言われても困るでしょう?」


「確かにそうじゃな。むしろ我、何故か魔王じゃし。……しかし、人間は対価を渡されれば危険を冒すもの。賞金などを設ければ誰でも手を上げるのではないかや?」


「イナリさん、魔王を倒すのに必要な神器は無限ではないですし、誰にでもポンポンと渡せるものではないのです。だからこそ、神器集中管理法でもって少しでも多くの神器の数を集め、神器を失うことなく確実に魔王を討伐するために適当な人材を選定しているのです」


「……そういえば、我の神器ってどうなったんじゃっけ?」


 イナリは箱の中に放り込まれた短剣をチラリと見やる。


「……最近はそれどころじゃなくて忘れてましたね。……あの、正直、もうよくないですか?平穏に暮らせるならそれでいいと思いません?」


「それはそうじゃが……たった今神器を集める重要性を説いておったのに……」


 神官にあるまじき言動をするエリスに、イナリはジットリとした目線を向けた。


「それに、結局解決はしておらんじゃろ?これで後日、『神器を所持しているから逮捕する!』とか言われたら最悪じゃぞ?」


「確かに、それもそうですね。また近いうちに聖女様と仕事することになる予定なので、その際改めて伺いましょうか」


「それがよい。……さて、こっちももうよいじゃろ?我を開放するのじゃ」


 イナリはエリスの腕を抜け出してベッドから立ち上がった。エリスが名残惜しそうに手を伸ばしながら「ああっ……」とか言っているが、今日はゴブリン討伐の予定があるのだから、ずっとベッドの上でエリスとぬくぬくしている場合ではないのだ。


「さあ、我を追い立てた阿呆の魔物に復讐するのじゃ!」


 イナリは腕に力を入れて奮い立った。




 そんなわけで、イナリ達は手早く準備を進め、早速森の中の道を歩いていた。


「何か、魔の森も少し魔物が出る頻度が減ったかな?」


「以前、囮作戦をした際、ついでに魔物を減らしていたのが効いているのかもしれませんね。じきに元通りになるでしょうけど」


 エリックが周囲を見回しながら口を開くと、エリスがそれに答える。森の中にも関わらず呑気に会話をしていられるのは、エリスが広域結界で索敵をしているためである。


「まあ、俺たちとしては楽で助かるけどな。……ところで、なあ。今更聞くことではないんだが、お前、何で戦うつもりなんだ?」


 ディルがイナリをまじまじと見ながら尋ねてくる。


「我の主力である風刃に加えて、ブラストブルーベリー爆弾、我の短剣を持ってきたのじゃ。それぞれで戦ってみようと思うておる」


「あー……前二つは良いとして、お前、剣は使えるのか?」


「使ってるところは見たことあるからの、バッチリじゃ!」


「……断言するが、見ただけで習得できるなんて絶対にないからな」


「ふん、そうやって侮っておれば良いのじゃ。後で我の華麗なる剣捌きを見て後悔するが良いぞ」


「イナリと言いリズと言い、その謎の自信はどこから湧いてくるんだか……」


 ディルは呆れた目でイナリを見るが、そこをすかさずエリスが庇う。


「まあまあ、いいじゃないですか。もしかしたらイナリさんの隠れた素質が開花するかもしれませんよ」


「エリスもあんまり甘やかしすぎるなよ。事実に直面した時、一層虚しくなる」


「ディル、モチベーションを削るようなことは言わない方が良いよ。昔、それでリズと喧嘩になったでしょ」


「……そういやそんな事あったな……」


 エリックはディルの言動を軽く注意すると、依頼書と今歩いている道を照合する。


「……そろそろ村も近いから、皆引き締めていこう。イナリちゃん、ゴブリンと接敵したら適宜攻撃はしても良いけど、僕達を攻撃しないように気をつけて。それと、絶対に一人にならないように」


「うむ、わかっておる」


「よし、じゃあ行くよ」


 エリックの呼びかけによって、一同の間に緊張感が生まれる。イナリもまた、ややエリスの近くに寄りつつ行動する。


 そして間もなく、進行方向に人工物らしきものが見えるようになる。


「……結界にゴブリンが確認できます。規模は……四、五十程度ですかね。全て通常個体のように見えます」


「わかった」


「……して、どうするのじゃ?」


「いつもなら、リズに魔法をぶち込んでもらったら正面突破って感じだが……久々に昔の方法でやるか」


「そうしようか」


 ディルとエリックが会話を終えるとディルが静かに村へと入っていった。


「昔の方法とは?」


「ディルにスニーキング……ええと、こっそり侵入してもらって、できるだけ数を減らしてもらうんだ。それでゴブリンが騒ぎ出したら正面突破する」


「なるほど、わかりやすくて良いではないか」


 イナリは作戦内容に頷くと、村の方を見て自分の出番を待つことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] イナリ成分はきっとイナリウムとかいう未知の元素で出来ている
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ