表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
人間の悪意

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/441

155 イナリの安否 ※別視点あり

<ディル視点>


 攫われた子供たちの護送は他の仲間に任せ、日が暮れるまで崩落した穴を探索したが、結局、イナリの姿は見つからず、代わりに見つかったのは、もはや原型を留めていない死体だけであった。


 そのせいもあって、作業にあたっていた冒険者の多くが休憩に入った。既に諦めムードが漂っており、恐らく、今晩をこの村で過ごしたら、明日にでも撤収することだろう。


 兵士達はまだ作業にあたっているが、既に、崩落していない場所よりも広い範囲を掘っているのだ。奥の方だけ広い構造になっているというのも考えづらいし、そっちも果たして進展があるかどうかといったところだ。


「ああ、私のイナリさんが……やはり意地でも作戦に参加させるべきでは……」


「エリス姉さん……」


 リズがエリスの隣に座って慰めているが、動揺しきったエリスはこちらにまで悲しみが伝播してきて、とても見ていられない状況だ。そもそもの話、イナリを作戦に組み込まなければこんなことにならずに済んだと考えて自責しているのだろうが……。


 あまりメソメソされても困るので、ここは話題の転換がてら、イナリについて一つ思うことがあるので聞いてみるとしよう。


「なあ、ずっと思っていることがあるんだが、イナリが自爆なんてするか?」


「そりゃあ、酷いことをされそうになったらするんじゃない?」


 俺の疑問にエリックが答えるが、俺はそこに違和感がある。


「イナリが持ってたブラストブルーベリーは、リズが作った装置のピンを抜くと爆発するようになってるんだろ?どうやってそれを抜けたのかって話だ。手足が自由だったとは到底思えんし、仮にそうだったとしても、怪しい素振りを見せた時点で組み伏せるなり、取り上げるなりして終わりだと思うんだ」


「確かにそうだね」


「なあエリス、お前はどう思う?」


「……イナリさんは、自分が被害を被る可能性をかなり危惧する傾向にあります。イナリさんは思いつきで動くことが多いですけど、自爆を即断できるかというと……疑問です」


「もしかして、イナリちゃん以外が誤爆したりしたのかな……」


「そんな間抜けな話があるかって感じもするがな……。あるいは、自爆は覚悟の上で、相手を騙してピンを抜かせたとかか」


「それならまだ現実味はあるけど……それは相手が話を聞く前提だから、それなりに状況が絞られそうだよね」


「あー……それも考えにくいか。何かないかと思ったが、こんな事考えても意味ねえか……」


 俺の一言でパーティ内の会話が止まる。マズい、会話を締める様な発言は迂闊だったか。


 そう思って何か別の話題を探していると、俺たちのもとへ一人の兵士が歩いてくる。


「お休みのところ失礼します。先ほど地下で見つかった死体を調べていたのですが……」


「何かありましたか」


「はい。検死が粗方済んだので、その報告をと思いまして」


「……イナリさん、でしたか?」


 エリスがおもむろに顔を上げて兵士を見る。


「いえ、身元の特定はできていませんが、成人をとうに迎えた男性の死体であることがわかりました。少なくとも、イナリ様ではありません。そちらに関しては現在も捜索中です。……必ず見つけ出してみせますので、どうか……」


「……わかりました」


 兵士に返事を返したエリスは再び俯いた。それを見た兵士は申し訳なさそうな面持ちで踵を返す。


「あ、待ってください」


「はい、何でしょうか」


 立ち去ろうとしていた兵士をエリックが呼び止める。


「死体は一人だったのですか?」


「はい。一人でした」


「僕達が聞いた限りだと、イナリちゃんを含めて三人が崩落に巻き込まれているはずなのですが」


「そうなのですか?」


「はい。ええっと……レイトとグラヴェル、だったと思います」


「なるほど、貴重な情報をありがとうございます。身元の特定に利用させていただきます」


「ええ、引き続きよろしくお願いします」


「……そっか、もう一人いるのか」


 兵士とエリックの会話が終わると、リズが繰り返すように呟く。


「リズ、どうしたの?」


「いや、何というか。今は地下が崩落しないようにリズが防いでるじゃん?」


「うん、そうだね」


「その前に崩落を防いでいた人……というか、もっと言えば地下を掘った人か。その人はどこ行ったんだろうなって、不思議に思ってたんだよね」


「……そりゃ、掘るだけ掘ってサヨナラじゃないのか?」


「いや、あの地下の構造は魔法で無理やり固定しないといけない構造だから、定期的にメンテナンスする役の人がいるはずなんだよね。いつ崩れて埋まるかわからない場所に潜伏するなんて、怖くてやってられないでしょ」


「そうだね。確かにそうだ」


 リズが杖に寄りかかりながら考えを述べていく。エリックもそれに頷いて話を促す。


「で、洞窟全体が崩落しかけてたってことは、爆破に巻き込まれた人の中に、地下の維持役の人がいた可能性が高いよね」


 リズは膝の横に置いたコップを手に取り、水を一口飲む。


「だから、結論を言うなら、もし土魔法を使う人が生きてたらリズが出る幕が無いし、イナリちゃんの自爆に巻き込まれていた人が全員死んでたら、死体は二人分あって、イナリちゃんも発掘されてるはず。……死体がこれ以上見つからない前提だけどね。だから、もしかしたら……イナリちゃんともう一人は地中にいるのかも」


「……お前、こういう時だけやけに頭いいよな……」


「……何?反論があるなら聞くよ」


「いや、何でもない……」


 パーティを組んだ当初、ちょっとした口げんかでこいつに論破されて以来、口論になると勝てないことは理解している。賢い冒険者は引き際を弁えるものだ。


「そう。……というわけで、エリス姉さんも、元気出して。ひとまず、イナリちゃんは無事なはずだよ」


「……そうですね。流石リズさんです。そうと決まれば、落ち込んではいられませんね」


 エリスは微笑みながらリズの頭を撫でる。なるほど、いくらか調子が戻ったらしい。


「よし。じゃ、そうと決まれば今日はもう寝て、明日……明日、どうするんだ……?」


「……確かに、どうしたらいいんだろう」


「……散々色々言っといてなんだけどさ、明日の朝まで地下を掘って何もわからなかったら、どうしようもないね」


 リズは申し訳なさそうな表情をしながらお手上げポーズを作る。


「ああ、終わりました。私とイナリさんの平穏な日々は終了です……」


「お、落ち着いて、エリス姉さん!少なくとも一日二日で遠くに行くことは無いはずだから。地上に出てきたらやりようはいくらでもあるから!……多分だけど」


 ……エリスの情緒が滅茶苦茶になっていて悲惨だ。早くイナリを、それも何らかの形で傷つけたりする前に救い出さないと、エリスが本格的におかしくなってしまうだろう。




<イナリ視点>


 イナリはグラヴェルと共に、魔法で掘り進められていく穴を進んでいった。イナリの背後は既に土で埋まっており、空間の広さは終始全く変わらない。


 ただ、ここは太陽や月が無いので、時間感覚が麻痺してしまう。それゆえ、イナリは既にかなりの時間、地中で過ごしている様な気分になっていた。


「……まだ外に出られぬのかや?」


 イナリは不満を漏らしながらグラヴェルの顔を覗き込む。


「まだまだだな。……ああクソ、岩にぶつかった。方向転換しないと」


 進行方向を見れば、確かにうっすらと土ではない壁があるのがわかる。


 グラヴェルは隣に迫ったイナリに背を向け、今まで進んでいた方角とは別方面に向けて移動し始める。


「むう……あまりにも地道すぎて飽きてきたのじゃ……」


「そんな我が儘言わないでくれ。いくらでも待つって言っただろ?」


「いや、それはそうなんじゃが……地中は狭いし、暗いし、時間つぶしの手段も無いしで不快なのじゃ。」


「それもどうしようも無いだろ。俺も腹が減ってきてて辛いんだ……」


「ううむ、あとどれくらいじゃ……?二、三時間くらいかや……?」


「多分、まだ折り返しですらないし……さっき一日とは言ったが……正直、わからん」


「そんな……」


「とにかく、最大限の力は尽くすし、雑談程度ならできるから、それでどうにか耐えてくれ。俺も耐えるからな」


「ううむ、我にはどうにもならぬし、仕方あるまいな……」


 イナリは渋々、グラヴェルの後についていった。


 少しでも早く外に出たい。イナリは内心で強く願う。


 できれば、グラヴェルが空腹で倒れてイナリが生き埋めになったり、己の苦言やグラヴェルの空腹による苛立ちに、お互いの仲が険悪になって、何も生まない喧嘩に発展する前に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ