154 拠点制圧 ※別視点あり
<イナリ視点>
「よし、そろそろ掘り始めるか。君もついてきてくれよ。土は後ろに回すから、埋まらないようにな」
「わかったのじゃ」
ずっと壁にもたれかかっていたままのグラヴェルが、しゃがみの姿勢に移行しながら口を開く。
彼はイナリに背を向け、その方向に向けて魔法を使い、ゆっくりと掘り進んでいく。
「……そちらの方角は、元々お主らの拠点があった方角とは逆ではないかや」
「ん?ああ、そりゃそうだ。俺は死んだことになった方が都合が良いし、君も俺の仲間に捕まって人質として使われたりしては堪らないだろ?お互いのためだ」
「言われてみれば、確かにそうじゃな」
グラヴェルの言葉にイナリは頷いた。
「それにしても腹が減ったな……」
「我もじゃ。外に出たら、まずは食事をしようではないか」
「……一応俺、犯罪組織のメンバーなんだぞ。随分悠長だな?外に出たら襲い掛かるかもしれないんだぞ?」
「我の勘じゃが、お主はそういうことはせんじゃろう。我の勘は間違いないのじゃ」
「まあ、しないけどよ……もうちょっと警戒したほうが良いと思うぞ……」
イナリの言葉にグラヴェルは複雑な表情をつくった。
「というか、お主はどうするのじゃ?恐らく、お主らの仲間は今頃捕まっておるであろうに」
「……どういうことだ?」
訝し気な声を返すグラヴェルに、イナリはハッとした。今のところ、イナリが囮であるという話を彼にしていないのだ。
「え、ええと。何でも無いのじゃ。忘れてくれたもれ」
「いや、バッチリ聞いたからな。そうか、君は囮だったわけだ」
「……バレてしまっては仕方がないのう。そうじゃ」
「なら……頼む。俺のことは黙っておいてくれないか」
「ふむ?」
「さっきも言ったが、俺はきっと死亡扱いになる。そしたら、あのボスに怯えて暮らす必要もなくなるし、兵士に突き出されなければ、人生やり直しとまでは行かなくとも、遠くで密かに暮らすくらいはできるはずなんだ。罪もどうにかして償う。……だから、頼む」
グラヴェルは魔法による作業の手は止めず、至って真摯な口調でイナリに語り掛ける。
「……元々お主を兵士の前に突き出す予定は無かったからの、良いじゃろう」
「……本当か?」
「というかむしろ、ここで拒否したら我はどうなるのじゃ?埋められるか、頷くまで掘るのをやめるのか……色々と思いつくがのう」
「確かに、少し意地の悪いタイミングだったかもな。これではボスと大して変わらない」
グラヴェルが自嘲する。
「ところで、お主らはどうしてこの街を狙ったのじゃ?」
「ああ、元々メルモートのガードが堅いっていう話は知っているな?」
「があど……?」
「あー……治安が良いってことだ」
「ああ、なるほどのう。知っておるのじゃ」
「治安が良い場所には人や物が集まる。そんな場所の隣に魔王が出たらどうなると思う?」
「……人間は混乱しておったのう」
ついでに言えば、その元凶はこの空間に居るのだが。
「その通り。その混乱に乗じて、色々と盗むっていう計画だったんだ。君が飴を食べさせられたのもその一環だな。それにしても、よくあの飴を食べて無事で済んだな……」
「あの飴を食べると本来どうなるのじゃ?」
「薬が舌に到達した瞬間眠る……らしい。詳しいところは知らないが、裏社会では割と簡単に手に入るようだ」
「なるほどのう。ギルド長の印を偽装したりしたのもお主らかや」
「あー、それは一人、偽装工作とか、潜入作戦とかに特化したやつがいてな。ボスの後ろにいた存在感が薄い男、いただろ?あいつだよ」
<ディル視点>
俺は奇襲を仕掛けてきた男に対峙する。今いる小屋は窓も割れているし、植物に割かれて崩れた壁もあるから、侵入自体は可能だ。しかし、俺が気がつくまで、音も気配も一切なかった。
「……ステルス特化系か、面倒くせえな」
「君こそよく気づいたね。ディル、だっけ?噂には聞いている」
「そうか、ならお前がこれからどうなるかはわかって――」
返事を返している途中で男が視界から消える。大体こういう時は、背後に回り込むと相場が決まっている。
予想通り、背後を振り向けば男がナイフを振り下ろしている様子が目に入るので、慌てずに対処する。
「これも防ぐんだ」
こういう手合いは暗器を仕込んでいる可能性もあるので、一旦相手との距離をとって仕切り直す。
「師匠からの教えはしっかり覚えてるし、伊達に訓練積んでねえからな。お前こそコソコソ動くことに頼りきってて、基礎が疎かなんじゃねえか」
「確かに。今度からは気をつけようかな」
「ああ、牢屋の中でもトレーニングは出来るからな、是非やるといい。それより、俺だけ名前が知られているのは不公平じゃないか?名前ぐらい教えてくれよ」
「んー……僕はゴーストだよ。偽名だけど、ピッタリでしょ」
ゴーストと名乗った男は再び姿を消し、数秒かけて背後に回り込んでナイフを振ってくるので、先ほどと同じように対処する。そしてまた姿を消し、数秒後に現れ……。この繰り返しだ。
ワンパターンだし、恐らく戦闘慣れはしていないのだろうが……ヒットアンドアウェイをされ続けると面倒だ。狭い屋内では俺に出来ることも限られてくるので、まずは外に出るべきか。
そう思って窓に手をかけると、それを塞ぐように横からナイフが飛び出てくるので、寸でのところで後ろに下がる。続けて突き出されたナイフが横に振られるので、しゃがんで回避。
窓からの脱出は難しいと判断し、やや時間はかかるが、小屋の扉を体全体で突き破って外に出た。教会の方ではエリック達が戦闘している様子が見える。
振り返ればゴーストが追いかけて来ていたが、日が差す場所に到達した瞬間、顔を顰めてその足を止める。
「どうした?疲れちまったか」
「……違う。黙れ」
……もしかしてこいつ、日陰じゃないと姿が消せないのか?それに、激しく動くと姿を消しきれないらしい。
試しに投げナイフを一本投擲してみると、ゴーストはそれを不慣れな様子で躱し、姿を消す。……そして襲いかかって……来ない。
流石に姿隠しを捨ててまで俺に襲い掛かっては来ないだろうし、どうにかして日差しに引きずり出さないといけないのか。
恐らく今もゆっくり日陰を動いているはずだ。ここは一芝居うってやるか。
「クソッ、どこ行きやがった!」
悪態をつきながら、慌てた風を装って日陰に近寄る。そして襲い掛かってきたところを――
「そこか!」
「うぐ!?」
ゴーストのナイフを持った腕を掴んで、日差しの方へと投げ飛ばす。
「さて、これでフェアな戦いが出来そうだ。なあ?」
「くっ……。調子に乗るな!!」
ゴーストは取り乱した様子になりながらも俺に立ち向かってきた。
……ので、軽く手ほどきして縄で縛りあげておいた。仕掛けさえわかってしまえばこっちのもんだったし、思った以上に弱くて拍子抜けだ。
「よし、一丁上がりだ。戦闘経験の無さが仇になったな。……さて、あっちはどうなってるかな……」
教会の方を見やれば、既に事態は収束方向に向かっているように見える。他の冒険者や兵士の姿も見え始め、犯罪組織の連中が縛り上げられ、座らせられている。
教会の中にエリスの姿が目に留まったので、状況を聞いてみる。
「よう、こっちは片付いたが、そっちはどうなってる?」
「あ、お疲れ様です。中から出てきた人たちは全員無力化して、私は怪我人の治療をしています。他のお二人は地下に隠された荷物や、誘拐された人が残されていないか確認をしています。あと、イナリさんの救出ですね」
エリスの近くには、十人程度の子供や冒険者が寝かせられていた。冒険者についてはこの作戦に参加していない者だったので、魔の森に近づいて捕まってしまったのだろう。
事前情報だと狙われていたのは子供だけだと思っていたが、ここに近づいた冒険者も捕獲していたらしい。冒険者は失踪することもしばしばあるから、あまり注目が行かなかったのか。
「地下に行きたいのなら、そこの階段から行けますよ」
エリスに示されて地下への階段を下り、壁に空けられた洞穴のような場所を進む。そして少し進んだところで、間もなくエリックとリズを見つけた。
「よう、今、どんな感じだ?」
「ああ、拠点の制圧は終わったよ。それで、今は退避できてない人や物が無いか確認しているところ。……リズにこれ以上の崩落は抑えてもらってるけど、既に奥の方は崩落してて、確認できてない」
「……そうか。それで……イナリは?」
「……見つかってない。多分、崩落したところにいるんだと思う……。でも、リズはここの維持で手いっぱいだから、他の皆で崩落した部分を掘り返してもらわないと」
「そうか、すぐに人員を呼んで来よう」
俺は踵を返し、手の空いている兵士や冒険者に声をかけに行った。
あいつ、無事だと良いんだが……。
 




