153 グラヴェル ※別視点あり
<虹色旅団視点>
リズが杖を地面に立て、杖の先から伸びる光を眺める。
「……うーん、やっぱり変だね。一回信号が地面の方に潜って、その後元に戻ったと思ったら、また村のちょっと下の方で留まった後、消えてる。これ、イナリちゃん、捕まってそうだねえ。発信機も壊されてそう」
「わかりました今すぐ可及的速やかに行きましょう何してるんですか早くしないとイナリさんが」
「エリス、気持ちはわかるけど落ち着いて。ディルは周辺の仲間に伝えてきて。僕たちは先に村に向かう」
「あ、でも多分他の魔術師さんも異常には気づいてるはずだから、そこまで遠くに行かなくても大丈夫だと思うよ」
「わかった。気をつけろよ」
ディルがその場から素早く去ると、一同はエリックを先頭に、村の付近の高台から村を見る。
「……地上は何ともなさそうですが」
「今まで一切報告が入ってないし、隠し部屋でも作って、そこで活動してるのかもね」
「信号の挙動からして、地下室があるとおもう。それなりに草魔法の派生の土魔法に精通してれば、地下室を作るくらいは簡単だよ」
「問題はどこの地下か、ですね……リズさん、わかりますか?」
「いやあ、もう信号が出てないからなあ……虱潰しに探していくしかないかも。……いや、前にトレント討伐で使った魔法を使えば一発で消し飛ぶけど、どう?」
「却下です。……あの、リズさん。破壊衝動でお悩みでしたら、何時でも相談に乗りますよ?」
「……そんな真に受けられるとちょっと困っちゃうな」
「とりあえず、近づいてみようか。エリスはいつでも結界を張れるようにしておいて」
「わかりました」
一同は、エリックを先頭に警戒しながら村の方へと近づいていき、塀の陰に隠れる。
「……静かだね」
「静かですね」
「静かだな」
「うわっ、びっくりした……」
何の前触れもなく突然会話に混ざってきたディルに、リズは声を抑えつつ驚く。
「お前はいい加減慣れてくれ。……ところで、ここに来るまでにも少しあったが、罠が結構仕掛けられていた。村にもなればもっと増えるだろう。気をつけろよ」
「罠かあ……ディル、先行してイナリちゃんの場所の特定と罠の解除とイナリちゃんの救出、してきてくれない?」
「全部じゃねえか。……ルートさえ指定してくれれば、罠の確認も兼ねて偵察して来るが、どうするんだ?」
「んー……まずは一番大きい建物に向かおうか。この村の場合、教会だよね?」
「わかった。そこまでの偵察をしてくるから、待っていてくれ」
ディルはそう言うと村の家の屋根に飛び乗って、村に入っていき、数分後、三人のもとへ戻ってくる。
「……罠の数がえげつないし、人向けの罠より魔物向けの罠の方が多くて手こずった。それに落とし穴もやたら多いな」
「あー、やっぱり土魔法使ってそうだねえ」
「みたいだな。とにかく、罠は大体解除したか、わかりやすいように印をつけておいた。いつでも行けるぞ」
「人は居なかったの?」
「目的地の教会まで全く居なかったし、見えた分だけでも四人程度だ。自分たちが罠を踏んだら元も子もないし、立地が立地だから、大して監視には人数を割いていないんだろうな」
「……教会が拠点なのですか。何と罰当たりな……」
「……ひとまず、慎重に行こうか。ディル、先導してほしい」
「おう」
ディルを先頭に、一行は教会の向かいの廃屋の中まで移動する。
教会の正面入り口に二人の男が立っており、内部にも一人の人影が見える。また、辺りには商会の名前が印された複数の木箱があり、盗品であることが窺える。
「さて、どうするか……」
エリックが植物によって作られた壁の隙間から教会を見ていると、突然静かな村に爆発音が響き、教会で見張りをしていた男たちがにわかに騒ぎ始める。
「何だ!?敵襲か!?」
「いや、地下からだ。おい!どうした!」
「獣人のガキが自爆しやがって、レイトとグラヴェルがやられた!早くしないと崩落するから、荷物を出すのを手伝え!」
その声を聞いて、見張りにあたっていた男たちが教会へと入っていく。その会話の一部始終を聞いたエリスは、動揺で体を震わせた。
「……い、イナリさんが、自爆……?は、早く助けないと!」
「落ち着け。イナリだと決まったわけでは無いし、あいつは頑丈だから、そう簡単にくたばんねえよ」
「いや、でも、急いだほうが良いかも。いくら物理的に強くても、地中に埋まったら脱出できないし、窒息したら死んじゃうかも……」
「あぁー……そりゃ拙いな」
リズが想定する最悪の事態にディルは顔を顰める。
「……本当は慎重に行きたかったけど……混乱に乗じて乗り込もうか」
「ええ、是非そうしま――」
「エリス、伏せろッ!」
エリックの言葉にエリスが頷いた瞬間、ディルがエリスを押し倒す。
エリスが目を白黒させながら体を起こすと、廃屋の中に存在感の薄い男がいることに気がついた。彼の手にはナイフが握られている。
「……外しちゃったか、残念」
「……こいつは俺が相手をする。お前らはイナリの方をどうにかしてくれ」
「わかった、皆、行こう!」
エリックはリズとエリスを率いて教会へと走り、それを見届けたディルは目の前の男に向けてナイフを構えた。
<イナリ視点>
虹色旅団のメンバーが戦闘を始めたころ、イナリとグラヴェルは狭い空間に閉じ込められていた。
今二人がいる空間は、レイトという男が自爆した反動で崩落しかかっており、天井はイナリが屈めば立てる程度、広さはイナリがこの空間に来た当初の半分程度になっていた。
「狭いのじゃ……」
「仕方ないだろ、これでも即席の対応としては及第点だ……」
「む、お主、何かしておるのか?」
イナリが見た限り、グラヴェルは左手に小さな光の玉を出し、右手を地面に付けて座っているだけだ。
「名前の由来でもあるんだが、俺は土魔法が得意なんだよ。そんで、俺が今全力で崩落するのを防いでいるからこそ、仲良くおしゃべり出来てるってわけだ。ちょっとは感謝してくれよ?」
「なるほど。……確かに、生き埋めはごめんじゃからな。感謝してやらんこともないのじゃ」
「ハハッ、お褒めに預かり光栄だ」
イナリの言葉にグラヴェルは静かに笑う。この状況になってからというもの、若干グラヴェルの話し方が柔らかくなったように思える。
「それにしても、君もよくさっきの場面で動けたな。まさか爆弾を前に臆せずに、縄を切断して動ける程の手練れだったとは。ただ俺の落とし穴に嵌っただけのお間抜けさんだと思ってたが、それも計画の内だったのか」
「ん、んんー……まあ、そうじゃな。うん、そうじゃ」
どうやらイナリが嵌った落とし穴の作者もグラヴェルだったらしい。イナリは誤魔化すように別の話題に切り替える。
「して、あの、レイトとか言ったか。あやつはどうなったのじゃ?」
「多分、丁度君の背中の辺りでミンチになって埋まってるだろうよ」
「そうか。にしても、あやつは一体何だったのじゃ。酷い理由で我に恨み言を吐いていたが」
イナリは自分に殺気を向けてきた男を思い出し、顔を顰める。イナリが明確な殺意を向けられたのは、恐らく初めての経験では無いだろうか。
「あいつは元々メルモートに住んでたみたいでな、少し前にボスに頼み込んで仲間になって、うちでも比較的マシな脳みそを持っていたから、街での行動を任されていたんだ。でも誘拐に失敗して以来、大分ひどい扱いを受けていてな。いくらか気にかけてはいたが……相当参っていたんだろうな。いやあ、君も災難だったな」
グラヴェルは呑気に呟く。
「……ところで、お主は何故こんなことを?」
グラヴェルは犯罪組織の一味ではあるが、言葉も通じるし、今のような状態になってなおイナリを襲ったりすることもない、かなりまともそうな人種に見える。一体何故このような人間がこのような組織に属しているのだろうか。
「そうだなあ……多分俺たち、もう死んだと思われてるだろうし、言ってもいいか。俺はただの雇われなんだよ」
「雇われ、とな?」
「俺は元々土魔法を活用してパパっと土木作業を終わらせるっていうのを売りにしていた、善良な業者だったんだが……ここのボスが来てな、勝手に計画を話すなり、受けるか死ぬか選べとか言い出すんだよ。酷い話だよな?」
「確かに、拒否権の無い話に見えるのう。質が悪いのじゃ」
「おお、わかってくれるか。……まあ、そんなわけで、死にますとも言えないし、逃げるわけにもいかないしで、ズルズルと続けてたら、このザマだ。ツケが回ってきたとでも言うべきか……笑えるよな?」
「いや、あまり面白くはないが……」
「そうかい、まあ子供に話すようなことではないか」
「……子供では無いのじゃ」
「そのナリじゃあ説得力は皆無だぜ、お嬢さん。……ところで君、名前は?」
「イナリじゃ」
「そうか、覚えておこう。改めて、俺はグラヴェルだ」
「うむ。……ところで、我らはこれからどうするのじゃ。お主の土魔法で上に掘っていけぬか?」
「そりゃちょっと難しいな。土を掘るなら、掘った土をどこに持っていくかも考えないといけない。真上を掘ると……俺らが埋まりかねない。掘るなら斜め上方向にじわじわと行くべきだな」
「では、それで頼むのじゃ」
「簡単に言ってくれるが、しばらくは無理だぞ。今気を抜くと、一気にここが崩落するかもしれない。ある程度土を固めてからの方が良いな。……二時間もあればいいだろう」
「わかったのじゃ。して、地上に着くのはどれくらいかかるのかの?」
「慎重にやらないといけないからな、一日くらいか……?」
「それは遅すぎじゃ」
「不満があるならそのきれいな手で掘ってくれてもいいんだぞ?」
「いくらでも待つのじゃ。……ああ、あと、空気は我がどうにかするから、気にせんで良いぞ」
「空気?どうするんだ……?」
イナリには風を操る力がある。それを使えば、地中であろうが換気程度は何とかなるだろう。イナリは、地面に転がっていた爆破されずに済んだブラストブルーベリーを手に取った。
「な、何だ?それを俺を投げようってのか?」
「いや、食べるのじゃ」
身構えるグラヴェルをよそに、イナリはぽいと実を口に放り込む。狭い空間にブラストブルーベリーの破裂音が響く。
「うむ、美味じゃ」
「……人間じゃねえ……」
「まあ、人間ではないからの」
グラヴェルは僅かにイナリから距離をとった。
 




