152 道連れ
イナリは男に雑に抱えられて、元々目的地であった村の一番大きな建物の、一見ただの壁にしか見えないように偽装された扉を抜け、地下に運び込まれた。
そこには、イナリを捕らえた男達と同じような身なりの男が複数人いた。少なくとも十人はいるだろうか。そしてその一番奥には、板で組まれた粗雑な作りの椅子と机に腰掛けた男がいた。
「ボス!大収穫だぜ!」
「あ?大きい声出すんじゃねえって……あ?そいつは……」
イナリはボスと呼ばれた男の前に差しだされ、彼と目を合わせる。
ボス、というのはわからないが、彼がここの長ということなのだろう。隣には存在感の薄い男も控えている。ボスは席を立ち、イナリを様々な方向から舐めまわすように見る。
「ああ、やっぱり俺の見立て通りだ。こいつは売れるぞ……」
「ボス、この娘の事知ってるんですか?何かいいとこの娘っぽい感じはするんですが」
「いや、俺もあまり深くは知らんが……昨日話しただろ、街を出る前に攫おうとして失敗したやつだ」
「ああ、それがこの娘なんですね」
「おう、どうやって捕まえたんだ、まさか街まで行ったのか?」
「いや、適当に作っておいた落とし穴ですね。俺らも何で捕まったのかよくわかんねえです」
「……折角色々策を練ったのに、たかが落とし穴で捕まるのか。まあいい、飴を食わせて寝かせておけ」
「了解です。さ、こっちだ」
「嫌じゃ、飴は食わぬぞ!どうせ効かぬし、不味いし、不毛じゃぞ!」
あの不味い飴を再び食べるなどという生産性のない行為は御免だ。イナリはここに来て初めて大きな声を上げた。
「おお、随分大人しいと思ったら急に騒ぎ出したな。何だ、ここに来て自分の置かれてる状況に怖気づいたか?」
「いや待て。……もしかして、あいつが逃げられたとか騒いでた子供ってこいつか。獣人だし……弱そうだしな」
「ぐうっ……」
弱そうという実に遺憾な評価に異を唱えたくなったイナリは、どうにかその気持ちを抑えた。変に刺激すると、何が起こるかわからないからだ。
「ボス、どうしますか」
「一応飴は食わせてみろ。それで眠らなそうなら、適当に隔離して閉じ込めておけ。あと、商品価値が下がるから、間違っても手を出したりするなよ。服を破ったりするのも無しだ。その時はお前の首が飛ぶからな」
「ああ、わかってますよ」
男がボスに返事を返すと、イナリは再び乱暴に抱えられて別室へ連れていかれた。
そこは明らかに後付けで拡張された空間で、例えるならアリの巣のような、地面をそのままくりぬいたような洞窟であった。その道中、眠った人間が十人程度、まるで物のように並べられた部屋が目に留まる。
「同じ人間のすることとは思えぬな……」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
そしてイナリは一番最奥の、何もない小さな部屋に放り込まれると、男が例の毒入り飴をイナリの口に捻じ込んでくる。当然、イナリはすぐに吐き出した。
「おぉう、こりゃダメそうだな。んじゃ、ここでしばらく大人しくしてろよ」
イナリを運んできた男はそう言うと、鉄格子の扉を閉めて立ち去った。
「……」
手足を縛られたままのイナリは耳を立てて、ひとまず誰も居なくなったことを確認しながら一考する。
とりあえず、一時間もしないうちに助けは来るだろうから、自分は手足を縛る縄を外して待機しておこう。そう思い、イナリが風刃をつくろうとしたところで、再び何者かの足音が近づいてくる。
現れたのは、先程とは別の男だ。見た目は他の薄汚れた男達と変わらないが、どことなく理知的な雰囲気は窺える。
「あいつが所持品の回収を忘れてたらしいからな。悪いがちょっと触らせてもらうぞ。変なことはしないから、安心してくれ」
今度の男はやや紳士的な態度でイナリに接してきた。男は一言断るとイナリの懐に手を入れ、イナリの持ち物を確認していく。
「うわ、魔力発信機か。さしずめ、親御さんに持たせられてたってところか?悪いが壊させてもらうぞ」
イナリが囮だとは思わなかったらしく、男は立方体を地面に落として踏み砕いた。そして一息つくと、イナリに向き直る。
「それにしても、災難だったな。落とし穴に嵌ったと聞いたが……怪我はしていないか?」
「……」
「まあ、いきなり俺みたいなのに話しかけられてもって感じだよな。……痛がったりしている様子は無さそうだし、大丈夫か」
男は会話を自己完結させると、再びイナリの体を軽く叩いて確認していく。
「ん?まだ何かあるのか。……は!?何でこんなもん持ってるんだ!?」
男はブラストブルーベリーを取り出すと、動転した様子でイナリに問いかける。
「それにこの金具は何だ?見た事無い構造だが……なあ、答えてくれないか?」
「……何故答える必要が?」
「『ダートクリエイション』……できるだけ、君に危険が及ぶ可能性を抑えたいからだ。ここに来るまで、怖いおじさんたちがいっぱいいるのは見ただろ?多分、後で君を尋問しに、ああいうのが話しに来ると思う。……多分、話にならないだろうけどな」
男は魔法を詠唱すると、地面を足で小突いて土の机を形成し、そこにブラストブルーベリーを並べながら告げる。この男は魔術師らしい。
「今色々答えてくれれば、後で怖い思いをする必要が無くなるだろう。俺が言うのも何だが、この組織で一番言葉が通じるのは俺だと思うぞ」
「何故我を守ろうと?」
「お、話す気になってくれたか。……さっきボスが君に手を出すなって言っただろう?わざわざあんな風に釘を刺す意味があるってことさ。俺たちの仲間には、君みたいな子供には到底想像ができないようなことを平気でやろうとするやつもいる。例えば……今の所持品検査だって、それを口実にやりたい放題した実績があるやつがいるな。……ああいや、厳密には、いた、だな。もうこの世にいない」
「……最低じゃな」
「そう、俺たちは最低なのさ。だが、その最低の中でも、俺はかなりマシってことだ。というわけで、少し質問がしたいから、それに答えてくれ。……まあ、一応答えない選択肢もあるが、相応の代償はある事を忘れないように」
「……よかろう」
「良い返事だ。じゃあ、まず一つ目……何故この実を持っていた?この金具は何だ?」
「護身用に持っていたもので、金具は誤爆防止用じゃ。……ピンを抜くと爆発する故、触るでないぞ。生き埋めはごめんじゃ」
「……なるほど、意図はわかった。ただ……悪いことは言わない。もし今後外を歩く機会があるのなら、これは危ないから使わない方が良い。それに、これを知らない馬鹿も世の中にはいるからな。そいつらが誤爆させたら終わりだぞ」
「有難い忠告じゃな」
「じゃあ次。何故この森に来た?」
「……冒険者として手柄を立てようとしたのじゃ。パーティの中で我だけ等級が低く、足を引っ張っているからの」
イナリは一考し、設定を思い返しながら、それらしい理由を述べた。
「あー、駆け出しにありがちなやつだな。なるほど。その仲間は?」
「……助けに来ると信じておる」
「……そうか。で、発信機はどこに繋がっていた?」
「知らぬ。持てと言われたから持っただけじゃ」
「んー……やっぱり護身用ってところか?君の身分はどういったものだ。出自は?」
「もうこの世界には存在しない場所じゃ。我の身は、お主らとは到底比較にならないものじゃ」
「……あー……テイルで争いに敗れた良いとこの娘って感じか?人質としての価値はやや低いか……?」
魔術師の男が腕を組んで渋い表情をしていると、部屋に、体の複数個所に包帯を巻いた男が入ってくる。
「あ、あぁぁ……やっぱり、お前か……」
「……貴様は……」
服装や表情など、街で会った時とかなり様相が違い、一瞬誰かわからなかったが、どこか既視感のあるこの男は、街でイナリに飴を食べさせた男であった。
男はイナリを見るや否や、まるで仇を見るような目をイナリに向けてくる。
「あ?何やってんだレイト、大人しくしてろよ。狼に噛まれてるんだろ?あ、あとそこの実は爆弾だから触るなよ。金具のピンも抜くな」
「知るか、僕はこのガキに一泡吹かせないと気が済まない!!」
「何言ってんだ、落ち着けって」
魔術師の男が宥めるが、レイトと呼ばれた男は依然として、今にもイナリに殴り掛からんばかりの勢いで叫ぶ。
「僕はこのガキのせいで、ボスに失望されて、街を追い出され、ここでも馬鹿にされて……しまいには狼に噛まれてこの始末だ!全部こいつのせいなんだ!こいつが居なければ!俺は!」
「……あまりにもこじつけが過ぎるじゃろ……」
あまりにも無茶苦茶なレイトの言葉に、恐怖を感じて壁の隅にはりついたイナリは思わず、思ったままを呟いてしまった。
「うるさい!!グラヴェル、お前も僕の邪魔をするのか!?」
「何言ってんだお前、ちょっとおかしいぞ、本当に落ち着けよ。この娘を傷つけたら、またボスに叱られるぞ?」
魔術師の男はグラヴェルというらしい。
「僕はおかしくない!ボスの事もどうでもいい!俺はこのガキに復讐できればいいんだ!」
レイトはグラヴェルの腕を振り払うと、ブラストブルーベリー爆弾を手に取り、ピンに手をかけた。
「へへへ……動くなよお前ら……」
「なあ、お前本当にどうしたんだよ……」
「何と愚かな……」
「黙れ!僕はもうこの組織の事なんてどうでもいいんだ!皆不幸になれ!!」
レイトはそう言うとブラストブルーベリー爆弾のピンを抜いて地面に捨てた。そして間もなく、他の三つのピンも連続で抜いて地面に捨てていく。
「へへへ、皆終わりだ……僕も、お前らも!」
最後のピンを抜いた爆弾を片手に、レイトは高笑いする。
「おいおい、勘弁してくれ」
「アレはピンを抜いて十秒で爆発するのじゃ。どうにかするのじゃ!」
「ああもう、無茶言いやがる!」
恐らく爆発まであと六秒程度しか残されていないだろう。イナリの声を聞いたグラヴェルは、高笑いするレイトを体全体で部屋の外に押し出した。
そしてイナリも風刃で手足を拘束する縄を切断し、床に転がる起爆寸前の爆弾を二つ拾って部屋の外に放り投げていった。
グラヴェルも素早く爆弾を二つ拾い、イナリと同様に部屋の外に投げて、扉を魔法を使って土で埋める。
「伏せろ!」
グラヴェルの声と共に、壁の向こうから大きな爆発音と、洞窟が崩落する音が響いた。
 




