148 再び要塞へ
「おはよう皆。誰か来たのかい?」
ウィルディアを見送った一同の後ろから、エリックが歩いてきて口を開く。
「うん。先生が来てたよ」
「先生……ああ、ウィルディアさんか。一言くらい喋っておきたかったなあ」
「まあ、いつか会えるのではないか?お主やエリスにもよろしく言っておったのじゃ」
「そっか。……それで、ウィルディアさんはどうしてここに?」
「アルテミアに行く日程を伝えに来てくれたの。五日後だって」
「五日後か……うん、ひとまずの問題は無いかな。長期の依頼は受けないでおこうか」
「それでお願い!あ、あと期間は定まってないよ」
「なるほど。リズが抜けた穴は、依頼の吟味をしっかりすれば、問題なく埋められると思う。だから、リズは遠慮せずアルテミアを楽しんでくると良いよ。あ、でも、手紙で連絡とかはしてほしいかな」
「うん、わかったよ。ありがとう!」
エリックとリズの会話を聞きながら、イナリはリビングの方へ移動し、まだ残っている朝食に手をつけながら、ディルに声を掛ける。
「のう、今気がついたのじゃが、我の記憶じゃと、リズはかなり万能というか……水を出したり、体を洗った後に我の髪や尻尾を乾かしたりしておったじゃろ?あやつが抜けてできる穴は、依頼どころか、生活にも響くように思うのじゃが、大丈夫なのかや……?」
「ああ、不便になりはするだろうが、何も立ち行かなくなる、なんてことは無いぞ。依頼については元々俺とエリックで活動してたわけだし、生活についても、水は井戸から汲めばいい。他にも魔法が必要な場面ではスクロールを使えばカバーできる。……値は張るがな」
「すくろうる、というのは何かの?」
「特定の魔法が発動する魔法陣を紙に書いておいたものでな、魔力を流して発動させるものだ。基本は一回こっきりの消耗品だな。詳しくはリズに聞いたら、いくらでも教えてくれると思うぞ」
「いや、その説明だけで五日経ちそうじゃから、やめておくのじゃ」
「まあそうだわな。んじゃ、俺は出かけてくるわ」
「うむ」
ディルが席を立ち、エリックやリズにも一声かけると、そのまま外に出ていった。
そして入れ替わるようにエリスが欠伸をしながら部屋に入ってくる。
「おはようございます、イナリさん」
「うむ、おはようじゃ」
そして挨拶を交わしたところで、再び戸が叩かれる。
「……何じゃ全く、一体どれだけ来れば気が済むのじゃ!昨日も含めたら三度目じゃぞ!?」
度重なる来客にイナリは憤慨した。朝の時間ぐらい、ゆったりとした時間を過ごさせてほしいものだ。
「今度は何だろう。僕が出るよ」
そう言ってエリックが玄関へと向かう。
「……さっきも来客があったのですか?」
「うむ、ウィルディアじゃ」
「ああ、それでさっき、リズさんが声を上げていたのですね。あの声で起きたのですよ。ビックリしちゃいました……」
「そういえばお主、寝ておったんじゃったな……」
「ええ。それに、起きたらイナリさんが居なくなってて悲しかったですよ」
「それはお主が我を抱き締めるせいで寝苦しいからじゃ。……さて」
イナリは例によって耳を立てて玄関のやりとりを聞く。
「エリックさん、おはようございます!」
耳を立てずとも部屋まで響くこの声はフレッドのものだ。
「昨日捕まえた輩からの聴取があらかた済みまして、少々話したいことがあるんで、皆さんに要塞まで来てほしいんすけど、大丈夫っすか?」
「ああ、ディルは丁度さっき出かけたから、全員は難しそうだけど……それでも大丈夫かな?」
「ありゃ、入れ違っちゃいましたか。本当は居てくれた方がいいんすけど……まあ、問題ないっすよ。いつぐらいに来れそうっすか?」
「そうだね、まだ皆起きたばかりだから……昼頃かな」
「わかりました!その辺の時間帯になったら要塞前で待ってますんで、よろしくっす!」
「うん、わざわざありがとうね」
「いえいえ、これが仕事ですから!じゃ、また後で!」
フレッドが今度はイナリが表に出る必要は無かったようだ。
「ふむ、今日の予定が決まったようじゃな」
「そうみたいですね。そろそろイナリさんの絵を回収しに行こうかと思っていたのですが、延期ですね」
「……それはお主の好きにしたらよいのではないか」
支度を整えたイナリ達は、エリックとフレッドが話し合っていた通り、昼前に要塞に到着した。その入り口部分で立っていたフレッドが一行の姿を認めると、大きく手を振って駆け寄ってくる。
「皆さん、来てくれてありがとうございます!んじゃ、早速なんですけど、応接室まで案内させていただきます!ついてきてください!」
先導するフレッドに従い、イナリ達は要塞を進む。イナリが要塞の中を適当に眺めながら歩いていると、エリックがフレッドに話しかける。
「それにしても、随分早かったね。捕まえたのが昨日なのに」
「ああ、それなんですけどね、ただでさえ魔王のゴタゴタで精一杯なのに、犯罪者に手をかけてられないってことで、少しでも早くそいつらを潰そうって躍起になってるんすよ。冒険者ギルドも、何となくそんな雰囲気を感じるでしょう?」
魔王という言葉に、イナリは体が強張る。いつまでたっても自分に関することが言及されることには慣れないのだ。そんなイナリをよそに会話は続く。
「ああ、確かに。不審者情報をかなり積極的に聞いてたね」
「昨日私たちが受けた依頼も、その一環ということでしょうかね?」
「そうっすね。まあ、昨日のは痕跡止まりで半ば空振り気味だったみたいっすけど。で、進展があったんで、その話をしようってことっすね。まあ、詳しくは外では言えないんで、後程っすね」
フレッドの言葉で一旦話が途切れたので、再びイナリは辺りを見回す。前回は要塞の比較的浅い部分までしか立ち入らなかったが、今回はかなり奥まで来ている。
「……何か、迷宮のようじゃな……」
「要塞はそういうものだからねえ。普段立ち入れない場所ってことも相まって、ちょっとワクワクするよね!」
「そうじゃろうか?我は同じところを延々と歩いているような気分になって、不安になるのじゃ」
「……確かに、その気持ちもちょっとわかるかも」
先ほどまで笑顔だったリズは、イナリの言葉に冷静に返した。
「ここ、牢獄の機能も兼ねている場所があるんで、少しでも脱走しにくいようにしてるんすよ。そのせいっすね」
「なるほどのう」
「イナリさん、はぐれないように気を付けてくださいね」
「……お主に手を握られておるから、離れようにも離れられぬが……」
「あ、そうでしたね、ふふっ」
「……エリスさんってあんな感じの人でしたっけ……?」
「……まあ、イナリちゃんが来てから色々あったんだよ」
「そうなんすね……」
イナリ達が雑談をしていると、やがて一つの部屋に案内される。
「さて、お疲れ様でした!中にお入りくださいっす」
案内された部屋はやや広めの、机が四角状に並べられた、至って普通の部屋であった。道中イナリ達が見てきたような、無骨な石に囲まれた部屋でなくて、イナリは密かに安堵した。
そして部屋には、フレッドと同じ装備を身につけた数人の兵士と、リーゼの姿があった。
「……何故あやつがここに?」
「冒険者ギルド代表ってことで来てもらってるっす」
「ああ、なるほどのう」
一行は部屋に入ると、各々席についた。当然のようにイナリはエリスの膝の上である。
「さて、早速ですが話に入ってもらいたいと思います。まずは尋問によって得た情報の共有からっすね。じゃ、よろしくっす」
フレッドが兵士の一人に声を掛けると、その兵士が紙を片手に口を開く。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。本日は、情報の漏洩を防ぐため、ここにいるメンバーのみでの情報共有をするべく、お手数ながらここまでお越しいただきました。では、早速ですが、本題に入らせていただきます」
形式的に話す兵士の言葉に、イナリは無意識に居住まいを正した。
 




