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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
人間の悪意

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147 デジャヴ

 イナリが二度目の誘拐未遂に遭遇した次の日。


 例によって、エリスに抱きつかれていたイナリは、その腕から抜け出して起床する。


 イナリが振り返って見れば、エリスは虚空を抱いて幸せそうにしているし、リズもいつも通りの寝相で寝ているので、二人を起こさないように静かに部屋を出た。


 そしてリビングに行けば、ディルが朝食を作っている姿が目に入る。ものすごく既視感がある流れだ。


「……何か昔、こんなことがあったような気がするのう。ああいや、起き方だけ違ったか……?」


「おう、イナリか。早いな」


「うむ、おはようじゃ。エリックはまだ寝ておるのかや」


「ああ。お前も飯、食うか?昨日の残りのスープとパンだが」


「うむ、頂こう」


 ディルの申し出にイナリは頷いた。ディルはその返事を聞くと、調理魔道具によって加熱されている鍋を眺めながら、再び口を開く。


「そういえばお前、腕は痛まないか?昨日、かなりへばってただろ?」


「うーむ……特に問題ないのじゃ」


 イナリは肩を回したりして、体の調子を確かめる。特に問題は無さそうだ。


「マジか。あの手の鍛錬は、最初の頃は一日痛むことなんてザラなんだがな……」


「お主、そんなことを我にさせておったのか……?」


「そんな事って言うがな、昨日お前にやらせたのは、俺が普段からやっていることの一割程度だぞ」


「正気じゃないのじゃ」


「エリスにも似たようなことは言われたし、リズに至ってはドン引きだったな。パーティを組む前はエリックも一緒にやってたんだがなあ」


「もう一度言うが、正気じゃないのじゃ」


 ディルが器にスープをよそい、パンと合わせてイナリの前に並べる。イナリはパンを両手で持ってモグモグと食べ始めた。


「して、お主はこれからまた散歩かや?」


「ああ。今日は皆パーティハウスにいるはずだし、問題ないだろう。昨日の分まで動かないとな」


「本当に徹底しておるのじゃな……」


「お前はどうするんだ?何か予定があるなら誰かに声を掛けるんだぞ」


「うーむ、まあ、特には思いつかぬが……ああ、そういえば、昨日漬けた実を抜いておかねば」


 イナリはおもむろに椅子から立ち上がり、リビングに配置されている棚の空きスペースに並べておいた五つの瓶からそれぞれブラストブルーベリーを取り出し、口に放り込んで、瓶に栓をしていった。


「……相変わらずしけた味じゃな。これ、その辺に捨てたりしたらダメなのかや?」


「事情を知らない住民が見たら爆弾をその辺に捨てているのと同義だからな、やめた方が良いんじゃないか。また捕まるぞ」


「ふーむ、そうか」


 別に食べられないことは無いが、ブラストブルーベリーの本来の味を知っていると、味は薄いし食感も微妙で、何とも残念な味わいなのだ。今度、ハイドラに会うときにいい方法が無いか聞いてみたりするべきだろうか。イナリはあれこれ考えながら再びテーブルに戻った。


「話は変わるが、我が一人で行動しても問題なくなるのは、いつごろになりそうかの?差し当たっては問題ないが、また時期を見て家に帰りたいのじゃが」


「厳密に言ったら、お前が一人で行動して大丈夫だと思えることは一生無さそうだが……ともあれ、ここら一帯の治安が回復するまではやめた方が良いだろ。前も言ったが、不可視術の落とし穴も考えるとな」


「それは具体的にはいつじゃろうか?」


「さあな。昨日捕まったやつから芋づる式に解決するかもしれないし、しないかもしれない。現状は何とも言えないな」


「ううむ、わかったのじゃ……」


 イナリは唸りながら返事を返した。


 イナリが家に帰りたいというのは、当然文字通りの意味もあるのだが、加えて、完全に一人になれるので、アルトと安全にやり取りすることが可能になるという点も重要視しているからだ。


 一人でいられないとなると、当然アルトとの連絡も難しくなるし、魔王も動き始めて、適宜情報交換をする必要性も出るだろうという段階でアルトと話せないのは、少々都合が悪い。


 しかし、流石にこの世界の創造神と繋がっている事を言うわけにもいかないので、ここは甘んじて受け入れるしかないだろう。早急に事態が収束することを祈るばかりである。


 二人が会話していると、戸が叩かれる音が部屋に響く。


「む、また誰か来たのかや?」


「とりあえず俺が出る。あと、お前は中で待ってろよ」


「うむ」


 もしまたイナリを狙う輩であれば、本人の姿さえ見せなければ、いくらでも誤魔化しようがあるだろう。イナリはディルの意図を汲んで頷いた。


 イナリは玄関へ向かうディルを見送ると、玄関の方の会話を聞き取るべく、耳を立てる。


「はい、どちら様ですか」


「早朝に失礼。私は以前リズ君に魔法を教えていた、ウィルディアという者だ。リズ君に用があって来たのだが……」


「ああ、少々お待ちください」


 そう言うとディルが戻ってきて、イナリに声を掛ける。


「なあ、あれがリズの師ってマジか?」


「お主よ、確かにリズとウィルディアは性格からして全く違うが、そのような言い方は良くないと思うのじゃ……」


「違う、そういうことじゃない。……いや、確かに全然違うとは思ったが……純粋に、本人かどうかってことだ。お前、見たことあるだろ?」


「ああ、そういうことか。少なくとも声は本人のものじゃったのう。というかお主、あやつを見た事無いのかや」


「ああ、見た事無いから本人かどうか判別がつかん。面倒だとは思うが、確認してくれないか」


「そういうことならお安い御用じゃ」


 イナリはディルと共に玄関に移動して扉を開け、来訪者の顔を見た。


「……おや、イナリ君か。おはよう」


「おはようじゃ。……ふむ。いつもの服装とは異なっておるが……本物じゃ。間違いないのじゃ」


「……本物だとか言われてもよくわからないが……リズ君はどこに?」


「ああ、すみません。昨日、ギルド関係者を偽ってこいつを攫おうとした輩が来たもんで、少々警戒させてもらってるんですよ」


「ああ、そういうことか。理解した。治安が悪いとは聞いていたが、まさか、こうも身近なところにまで影響が及んでいるとは」


「まあ、そいつは捕縛したので安心してください。ひとまず、リズを呼びましょうか。イナリ、起こして来てもらっていいか?」


「わかったのじゃ」


 イナリはディルの言葉に頷いて寝室まで移動し、寝ているはずなのに、ベッドの端で落下しないよう器用に留まっているリズの体を揺すり起こす。


「リズよ、起きるのじゃ」


「んぅ……イナリちゃん?何?」


「ウィルディアが来ておるのじゃ。お主に用じゃと」


「えっ、先生が来てるの!?」


 イナリがウィルディアの名を出すと、リズはベッドから飛び起きて部屋を出ていった。イナリもすぐその後を追う。


「……リズ君、寝ていたところすまない」


「ううん、大丈夫!……先生、とりあえず、一旦上がる?」


「……ああ、こうして家に訪れる機会もそう無いだろうし、折角だからお邪魔させてもらおうか」


「おっけー!先生、いらっしゃい!」


 リズに手を引かれてウィルディアはリビングまで移動し、テーブルにつく。そしてテーブルの上の食べかけの朝食を見て口を開く。


「……イナリ君と、そちらの……冒険者殿は、食事中だったのだね。早い方が良いと思って早朝に来てしまったが、かなり間が悪かったみたいだ。重ね重ね、申し訳ない」


「ディルです。気にしなくて大丈夫ですよ」


「リズよ、ディルが丁寧に喋っている所、何か見ていてぞわぞわするのじゃが」


「あぁー、わかる。リズも最初はそうだった」


「……ディル殿、私はそう畏まられるような者では無いから、普段通りに話してもらって結構だ」


「……それはありがたい」


 ディルは眉をひくつかせながら返した。


「それで、先生。リズに用って、アルテミアに行く話?」


「ああ、そうだ。結論から言えば、五日後の馬車を使って行くことになる」


「五日後か、結構早いね。学校の方は大丈夫だったの?」


「ああ。今は生徒も殆ど登校していないから、あっさりしばらくの休講が認められたよ。こういっては何だが、イナリ君の魔王としての活躍に救われた形だな」


「……ウィルディアさんはイナリの事を知っているのか」


「うむ、良き協力者じゃ」


「寧ろ、私が状況を警告していなかったら、未だにイナリ君は魔王としての自覚が無いままだっただろうね」


「元々自覚してなかったのかよ……」


 ディルは信じられないものを見るような目でイナリを見た。


「まあ、それは置いておくとしてだ。五日後、リズ君は同行できそうか?二人分の馬車が確保できたのはこの日程だけなんだ。それ以降だと間に合わない」


「大丈夫だよ!絶対行くって決めたもん!」


「いや、よく考えてくれ。リズはうちのパーティでもかなり重要な役を担っているんだ。どれくらいで帰ってくる予定なのか聞いても?」


 ディルが、跳ねるような勢いで答えるリズを制止し、ウィルディアに問う。


「特に決めていない。寄り道をすればいくらでも長引くし、真っすぐ帰ってくれば、一週間かそこらで戻ってこれるだろう。まあ、私にも仕事があるから、長引くと言っても限度はあるがね」


「あー……まあ、それくらいなら影響は無い、か?半年とか言われたら困ったが」


「影響が出ないよう考慮はする。……それにしても、そうか。リズが重要な役を担っている、か……」


 ウィルディアは椅子にもたれかかって感慨深く呟く。


「リズ君に冒険者をさせるのは、私は反対なんだ。何なら、今だってそう思っているよ。……だが、うまくやっているというのなら、それを止めさせるような義理も無いだろう。仲間からの声も直に聞けたし、ひとまず安心したよ」


「先生……」


「危険な職業なのは言うまでも無いし……正直、リズ君の話はにわかに信じられなかったんだ。あの一匹狼気質で学校でも異彩を放っていたリズ君がパーティを組むなんて、誰が予想できる?」


「先生???」


「あのリズ君と組むような輩なぞ、絶対やましいことを考えている碌でなしだと思っていたが……思い違いだったようだね。対応もまともだし、この家の環境も快適そうだ。少々冒険者に対する偏見が過ぎていたかもしれないな」


「初対面とは思えないほどのものすごい言われようだな……」


「昔見た冒険者のイメージが強すぎるんだ、申し訳ないね。……ひとまず、用件は伝えたし、こんな早朝から長居しても悪いから、私はお暇させて頂こう。何かあったら、学校に来てくれれば応じる。ああ、あと、エリス殿と、リーダーの……エリック殿だったか。そちらにもよろしく言っておいてくれ」


 ウィルディアはそう言うと、一同に見送られて去っていった。


「嵐のような人だったな……」


「……まあ、何ていうか。あれがリズの先生だよ」


「師弟で全然違うと思ったが、やっぱり師弟だな……」

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[一言] >ディルが丁寧に喋っている所、何か見ていてぞわぞわするのじゃが 普段がチンピラというか無頼な奴が敬語になるとねぇ
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