144 ギルドからの来客
イナリは結局『まんぞくオムライス』を食べることにした。他のメニューと比べると値は張るが、丁度いい量だ。
ディルも合流した「虹色旅団」の一行は、テーブルに向き合って食事を進める。
「あ、そうだ。リズ、今度先生と一緒にアルテミアに行くことになったの!」
「アルテミア?また随分唐突だな……」
「アルテミア魔法学園の転移魔法を見に行くの!魔法の在り方の転換点になるかもしれないんだから、見に行けるとなったら見に行かない手はないでしょ!?」
「転移魔法ねえ……」
ディルは顔を顰めながらパンを齧る。
「いつぐらいに行くの?流石に明日とかだと困るんだけど……」
「んー、まだ日程は不明かな。先生次第」
「そっか。一応その方向で調整するけど、決まったらすぐに教えてね」
「うん、勿論そのつもりだよ」
「……そういえば、話は変わるんだけど、報告書についてリーゼさんに聞いたよ。報告書の再提出とかはしてなかったみたい」
「あー、そうなんですね……ますます謎ですね。間違えて捨てちゃったんですかね?」
「副神官長さんってそんな感じの人なの……?」
「いえ、しっかりした人ですが……ほら、年齢もそれなりに行っている方なので……」
「ああ、なるほど……。いや、そんな事言っていいの……?」
エリスの容赦ない言葉にエリックは複雑な心境になった。
「……まあいいか。あと、ここ数日で迷子の捜索願が増えていたよ。普段は3件あれば多いくらいなんだけど、それが6件くらいあった。その大半が最後に確認された時間帯が大体同じで、場所もある程度まとまってる。絶対ただの迷子では無いね」
「なるほど。やはりイナリさんは誘拐スレスレだったわけですね……」
「ふうむ、そうであったか……」
「僕からはこれくらいかな。ディルとイナリちゃんは何かあった?」
「んや、我からは特にじゃ」
「俺も無いな。変な奴もいなかったぞ」
「そう。じゃあちょっと、明日の予定について話すよ。不審者が街の下水道を拠点にしている可能性があるらしくて、その調査を冒険者と兵士と合同で行うんだ。で、是非うちのパーティも調査に来てほしいって打診が来てるんだけど……」
「いいんじゃないか?何か問題があるのか」
「水の中にスライムが潜ってたり、物影に誰かが潜んでいるかもしれないっていう危険もあるから、イナリちゃんは街に残ってて欲しいんだよね。実際、攫われかけたわけだし。となると、誰か一人を残さないといけなくて……」
「確かに、それは重要な問題ですね。私が残りましょうか?喜んで引き受けますよ」
「いや……色々考えたんだけど、エリスは貴重な後方支援要員で、リズも魔術師で何かと活躍する場面はあるし、僕も兵士さんとの調整役を引き受けることになりそうだから……」
「……俺か?」
「そうなるね。……大丈夫かな?」
「まあ、リズの子守よか、よっぽど楽だとは思うが」
「何?喧嘩売ってる?」
「違う。事実を述べたまでだ。お前の昔の話をするか?」
「……」
ディルがリズに昔の話を持ち出そうとすると、途端に彼女は黙り込んだ。
「話を戻すが、俺は構わないし、イナリが良ければそれでいいぞ。イナリ、どうだ?」
「うむ……まあ、よかろう」
「まあって何だよ……」
「じゃあ、それで決定で。明日の昼前に要塞前で集合らしいから、よろしくね」
そして翌日の昼前。
イナリとディルは玄関の前で、調査に出向く三人を見送っていた。
「ではイナリさん、行ってきます。ディルさんがいるとはいえ、気を付けてくださいね。あと、もしディルさんが変な事をしてきたら容赦なく蹴り飛ばしていいですからね」
「うむ」
「お前は俺を何だと思ってるんだ……」
「いやお主、以前、我を組み敷いて、喉元に剣を突き付けたじゃろ」
「……それは悪かったけどよ……」
「そうです。ディルさんは十分警戒に値しますよ」
「……一応言っておくが、我、お主に地面に叩き落とされたことも忘れておらぬからな」
「いやあディルさん、気をつけないとダメですよ、ははは……」
「話のそらし方が雑すぎる……」
「まあ、皆仲良くね。じゃあ、行こうか」
「そうだね、じゃ、いってきまーす!」
エリックとリズが外に出ると、エリスもイナリの頭を軽く一撫でして後に続いた。
「……さて、我らはどうするかの?」
「どう、つってもなあ……俺は一応お前の護衛みたいなもんだからな、好きにしたらいいさ」
「ふむ、そうか。ではまずは……ああ、そうじゃ、ブラストブルーベリーポーションを作るとしようかの。と言っても漬けるだけじゃが」
「ああ、何かリズから少し聞いたぞ。この前飲んだ、元気が出るポーションみたいな感じのやつだろ?」
「そうじゃな。ちと実を摘んでくるのじゃ」
イナリがそう言って庭に出ると、ディルもついてくる。
「……お主は来なくても良いのじゃぞ?」
「いや、家先で連れ去られるとか、あるだろ?」
「……確か、ここらに住んでおるのは冒険者なのじゃろ?そんな場所で堂々と我を攫うような者がおるじゃろうか」
「いないとは思うが……俺はそれ以上に、お前に何かあったらエリスに殺されかねないからな。念には念を入れてだ」
「……お主、大変じゃな……」
「本当にな。お前からも何とか言ってくれ」
「それは無理じゃな。理由は言わずともわかるじゃろ?」
「……想像に難くないな。適当に撫で繰り回されて終わりだろうな……」
イナリがブラストブルーベリーを採集する様子を、ディルは隣で眺める。
「お前、よくそんな躊躇なく触れるよな、それ」
「慣れればどうということは無いのじゃ。お主もどうじゃ?」
「いや、遠慮しておく。握り潰して爆発して大けがなんて御免だし、リスク管理もままならない馬鹿として当分語り継がれることになるからな」
「そうか」
イナリは腕に実を五つほど抱えると、ディルに扉を開けてもらって家に戻った。
そして瓶を五つ用意し、裏庭の井戸から水を採取して実を漬ける。これで一日放置すれば完成だ。
「……」
「……」
ポーション作りが終わると、ディルは一人用の椅子に座り、イナリは長椅子に横になる。そして、同じ空間に二人存在するとは思えない程静かな時間が始まった。
イナリとディルが二人だけになる機会は初めてだが、ディルは、リズのように色々な場所に行くわけでもなく、エリスのように積極的に接触してくるわけでもない。
あるいは、そういった経験が無くとも、エリックならば普段ギルドで何をしているのか等を聞くこともできただろうが、今ここにいるのは普段の生活サイクルが大体想像できるし、運動とか訓練とかの話しかしないだろう男だ。
そういう話をしても良いとは思うのだが、それはすなわち、訓練開始と同義のように思えたので、イナリは話題にすることを避けた。
そんなことを考えながらイナリは悶々としていた。リズやエリスと比べると交流の少ないディルとはここで交流しておきたいところだが、何とも話題に困るのだ。
というか、この男、神であるイナリに対して聞くこととか無いのか?イナリの苦悩は、ディルに対する理不尽な不満に移行しつつあった。
そこに、イナリの耳が戸を叩く音を拾い、間もなく男の声が静かな部屋に響く。
「すみませーん!」
「……誰か来たのう。誰じゃろうか」
「さあな。俺が出よう」
「うむ」
イナリは長椅子に横になったまま、耳を立てる。
「はい、用件は?」
「失礼します。『虹色旅団』のディル様でいらっしゃいますか?」
「ああ、そうですが……」
「私、ギルドの者でございます。この度、お宅のイナリさんに関してお話がございまして……」
「イナリ、ですか」
どうやらギルドの者を名乗る男はイナリに用があるようだ。イナリは起き上がり、玄関に向かう。
「我に何か用かや」
「ああ、貴方がイナリ様でしたか」
「如何にも。我がイナリじゃ」
男はイナリを目にとめると、表情を明るくさせて確認する。
「して、何用か?我はお主を知らぬが」
「ええ、お恥ずかしながら私、最近ギルドに務めさせていただいておりますので。それで、ご用件なのですが……等級の昇進に関するお話でございます」
「ふむ?……あ、そういえば我、冒険者になってたのじゃった」
「……お前、それは忘れるなよ……」
イナリの呟きに、ディルはあきれ果てていた。
 




