143 ギルドに寄り道
リズとイナリは夕日に照らされながら家路につく。その道中に目に付くのは、住民達に代わって兵士たちの姿であった。
「……兵士の姿が増えておるのう」
イナリは箱からクッキーを取り出して摘まみながら呟いた。
「イナリちゃんは実際に被害に遭いかけたわけだし、前々から色々言われてたからね。そりゃ警戒もするよね。……あ、折角だし途中で冒険者ギルドに寄っていこうか。もしかしたらエリック兄さんとか、エリス姉さんがまだいるかも」
「ふむ」
魔法学校から家までの道中で冒険者ギルドに寄るのは、そう難しいことではない。以前イナリが謎の男に絡まれた時のような薄暗い路地も無いし、道のりも大して変わらない。
特に問題は無いだろうと判断したイナリはクッキーが入った箱を懐にしまって、リズと共に冒険者ギルドへと足を運んだ。
ギルドの扉を開けて中に入ると、酒場の方はそれなりに賑わっていた。
「久々にここが賑わっているところを見た気がするのじゃ」
「今の時間帯は、日帰りの依頼を受けた冒険者が戻り始める時間帯だからね。多分これからもうちょっと増えるんじゃないかな」
「なるほどの。して、エリスやエリックは何処じゃろうか」
「うーん……見た感じ、ここにはいない……かな?」
「そうじゃな」
「ちょっと上の方を探してみようか」
「ふむ?」
リズの言う、上の方なる場所は一体どこの事だろうか。イナリは首を傾げた。
「ああ、イナリちゃんは行ったこと無いか。ええっと……酒場のさらに奥に二階に上がる階段があるんだよ。その先に資料室……じゃないや、ギルド書庫だっけな。とか、講習用の部屋があるの」
「ほう、なるほどの」
リズに先導されてイナリは酒場を横切り、ギルドの二階へと移動する。
「まあ、行かない人も多いだろうし、リズも書庫に数回行ったことがあるだけなんだけどね」
「そういえば以前、エリックが初心者講習が云々と言っておったのう。あれも二階でやっておるのじゃろうか」
「ああ、多分そうなんじゃない?」
階段を上ると、手前にギルド書庫があった。二人はその中を覗く。
中には誰も居らず、簡単に表現するならば、イナリが以前訪れた図書館を一部屋分の大きさに圧縮したような空間であった。ただし、図書館にはあった重い扉は無く、酒場からは冒険者の声がしっかりと聞こえるので、人がいない時間帯でないと読書には集中できなさそうだ。
部屋にある棚のうち本が収納された棚は一つと半分くらいだけで、それ以外には、本に代わって大量の紙が詰められた箱が並べられていた。
「この紙、何じゃ?本では無いよの?」
「ああ、これは昔の冒険者の依頼遂行記録のうち、公開して問題ないものが保管されてるみたい。見るならギルドの人の許可がいるよ。でもぶっちゃけ、見る必要性は……そんなに、かな」
「ふむ……」
リズはこの紙を閲覧したことがあるようだが、あまり見ていて面白いものではなかったようだ。
二人は書庫をあとにして、さらに隣の部屋へと移動するが、部屋に到達する前に、イナリの耳が話し声を拾う。
「……む?話声が聞こえるのう。これは……エリックの声じゃな」
「イナリちゃん、この位置から聞こえるの?リズには全然だよ……」
イナリの呟きに、リズが立ち止まって耳を澄ます動作をとり、必死にエリックの声を聞こうとする。イナリも立ち止まり、エリックの声に耳を傾ける。
「『ポーションの塗り方』……『できるだけ動かさずに』……うーむ。これは恐らく、人間が怪我をしたときの応急手当の方法の話じゃろうか?」
「ああ、何かそれっぽいね。それにしても、講習やってるんだ!エリック兄さんがそういう事してる所、見た事無いんだよね。……ちょっと覗いてみない?」
リズがニヤリと笑ってイナリに問いかけてくるので、イナリもそれに頷き返すと、イナリを先頭に、静かにエリックのいる部屋へと近づいていく。
「……近くに脅威が……一番身軽な者が……」
「おお、やってるね。何人くらい人がいるのかな。イナリちゃん、見える?」
部屋への扉に差し掛かったところで、リズがイナリに問う。
「……見えぬ」
「え、その位置から見えないの?」
「いや、何というか……見えるが、見えぬ……」
「何を言っているの??」
「……エリック以外、誰も居らぬ。り、リズよ、エリックがおかしくなってしまったやもしれぬ……!」
イナリの震える声を聞いて、リズも慌てて部屋を覗き、その光景に慄く。
現在のエリックは、誰も居ない部屋で、虚空に向かって応急処置の方法を伝えているのだ。恐らく、今一番応急処置が必要なのはエリックだ。
「あ、あれはヤバいよ。エリック兄さんは前から仕事漬け人間だったけど、リズ達が気づいてあげられなくてこんなことに……!」
「……二人とも、何してるの?」
恐怖と後悔の念に駆られたリズがイナリと身を寄せ合っていると、二人の存在に気がついたエリックが声をかけてくる。
「ごめんねエリック兄さん。今まで辛かったよね。気づいてあげられなくてごめんね……」
「えっと……ごめん、何の話?」
「お主、今ずっと虚空に向けて話しておったのじゃぞ。一旦休憩したほうが良いのじゃ」
「……あ、ああ!今のは練習してただけだから!僕は正常だよ!」
「……ああ、何だ。そういうことかあ。心配したよ……」
「完全におかしくなったと思ったのじゃ……」
「まあ、心配かけたみたいでごめんね。それで、二人ともどうしたの?エリスとディルは下にいるはずだよ」
「エリスは知っておるが……ディルも居るのかや」
「うん、何か、体が動かしたくなったとか。ここの訓練場で素振りでもしてるんじゃないかな」
「なんか、聞くまでも無かったや……」
「とりあえず、僕もそろそろ切り上げる予定だったから、一緒に行こうか」
エリックが部屋の魔力灯を消して部屋を出ると、リズを先頭に三人は酒場の方まで移動する。
「ところで、訓練場というのは何処かや」
「ああ、この階段を降りてすぐ横の扉だよ」
「ふむ。まあ我に縁は無いじゃろうな。して、エリスは何処じゃろか。先に来た時、我らは目にしておらんのじゃが……」
「ああー……となると、もう帰ったのかも……」
「あ、あれ、エリス姉さんじゃない?」
リズが酒場の隅の席を指さして声を上げる。
その方向を見やれば、確かに見慣れた白い神官服が目に留まった。そしてエリスもまた、イナリの姿を認めると笑顔で手を振ってくる。
三人がエリスが座っているテーブルに向かって移動すると、エリスは安心したような顔をして口を開く。
「手配書に関する手続きも終わって、何か食べようかと迷っていたのですが、この時間帯に一人は肩身が狭くて……皆さんが来てくれて助かりました……」
「……そういえば我ら、今日は大したものを食べておらぬな」
「折角だし、何か食べて帰ろうか。ディルも多分訓練場にいるから、声をかけてくるよ。皆は何を食べるか決めておいて!」
エリックはそう言い残すと階段の横の扉を出ていった。
「……さて、お二人はどうしますか?」
「うーむ、今の我、かなり空腹じゃからな。今なら『超まんぞくオムライス』を食べられるのではないか……?」
「イナリさん、悪いことは言いません。やめた方が良いです。過ちを繰り返すだけですし、オリュザが食べたいなら前行った店の方が絶対いいです」
「……そ、そこまで言うのならやめておくかの……。しかし、我、品書きをあまり覚えておらぬし、そも、しかと見ておらんのじゃ。以前頼んだ朝食も、日が暮れた今、頼めるはずがあるまいし」
「そうですねえ、でしたら一緒に見に行きましょうか。リズさんは?」
「リズはステーキでいいや!席も確保しといたほうが良いだろうし、待ってるよ!」
「ありがとうございます。では行きましょうか」
「うむ」
リズを席に残し、二人は厨房の受付の隣の品書きを確認する。朝とはその内容にも差異があった。
「ふむ。朝食せっとはあるのに、夜食せっとは無いのじゃな」
「そうですね。理由は知りませんけど……朝食は量が少なめだから作りやすい、とかですかね?」
「はて、我には見当もつかぬが。さて……『ステーキ』、『パン』、『日替わりサラダ』、『キノコシチュー』、『パスタ』『まんぞくオムライス』、『超まんぞくオムライス』……ううむ、やはりここは克服するためにも、行くべきか……」
「イナリさん、先ほど私が言ったこと、覚えてますね?」
「……うむ」
イナリを覗き込んで笑顔で念押ししてくるエリスに対して、イナリは目を逸らしながら小声で返事を返した。
「あとは『ヒイデリマウンテンパフェ』……これも良くないのじゃったか」
「そうですね。量もそうですが、値段もすごいです」
「なるほどの。あとは『酒』……酒か……」
「イナリさん、子供がお酒はダメです。成長に悪いですよ?」
「我は子供ではないし、昔からこの姿じゃ。それに我は既に、奉納された酒を飲んだことがあるのじゃ。しかし……」
イナリは顔を顰めて続ける。
「酒、どれだけ飲んでも酔うことが無くての……良さがあまりわからんのじゃよな……」
「あら……」
エリスはイナリの頭を撫でた。後ろから聞こえる酔っ払いの騒ぐ声が煩わしかった。
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