表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
人間の悪意

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

141/442

140 飛んで火に入る狐

 ウィルディアが紅茶を淹れている間、イナリは部屋をぐるりと見回す。ウィルディアの部屋の部屋をしかと眺めるのは初めてかもしれない。


 ウィルディアの部屋は、学者というだけあって、棚に保管された書物が多い。リズがかつて撃とうとしていた「終焉究極極太暗黒ビーム」とやらに関する記述もここのどこかにあるのだろうか。


 壁には魔法陣の描き方の図が掲示されていたり、何かの標本が飾られていたり、ウィルディアが着ている白衣と同じものが何着か掛かっている。


 そして部屋の隅には毛布とマットを寄せ集めて作ったであろう即席のベッドが。……あまり寝心地は良くなさそうだ。


 ウィルディアが普段座っている机の上には大量の書物が積まれている。気になって少し覗いてみれば、紙の端には「課題」の二文字が書かれていた。


「……うわ、魔法陣を描く課題だ、昔やったなあ。単純作業でひたすらダルかった記憶しかないや」


「リズ君にとっては退屈だったかもしれないが、魔法使いを目指す者にとっては初歩的なものですら大変なんだよ」


「リズには理解できないや。基礎も基礎なのに。そもそも、魔法学校なのに魔法陣に関する授業の大半が任意受講って意味わからないよね」


「この学校は魔法使いの輩出に重きを置いているからな、仕方ない。魔術研究を進める上では、あまり健全とは言えないがね」


「お主らの言ってることがよくわからんのじゃ……」


「簡単に言えば、この学校に来る学生の多くは魔法を扱えるようになることが目的であって、新たな魔法や魔術の研究は二の次、ということだよ」


「……なるほどの、何となく理解したのじゃ」


 要するに、魔術文明の発展に寄与しないということだろう。声には出さないが、神陣営としては大歓迎である。


「全く、アルテミアの魔法学校は転移術について大きな進展がありそうだというのに、うちは何をしてるんだか」


「転移魔法理論の確立だっけ?家にあった新聞で読んだよ。あれが本当なら絶対すごいことになるよね!」


「そうだな。しかもテレポートだけでなくアポートまで現実的だというから驚きだ」


「お主らは、その魔術によってどのような影響があると考えておるのじゃ?」


 転移魔法が大きな影響を及ぼすのは想像できるが、具体的なところは現地人から聞いた方が確実だろう。そう考えたイナリは二人に問いを投げかけてみた。


「手間とか消費魔力次第ではあるけど、人の行き来についての影響は言うまでもないよね。最終的に馬車の出る幕は無くなりそうだし」


「どうだろうか。転移ともなると、技術的に誰でも十全に使えるような魔法では無いだろう。それに、きっと事故や転移を利用した犯罪行為も増えるだろうから、何らかの制約が掛かる可能性もある。ともすれば、馬車について一定の需要は残り続ける可能性もあるだろうね。縮小は免れないだろうが」


「うーん、それもそうだ……あとは荷物の輸送も簡単になるだろうね」


「それは間違いないだろう。魔法理論の汎用性次第では転移を魔道具で行えるようになる可能性も大いにある。現に、この街の井戸の一部は地下水を転移させているしな」


「ああ、我らの家にある井戸がそれじゃよな。しかし、それとこれとは何が違うのじゃ?」


「今回の転移魔法理論についてはまだ論文が届いて無いし、新聞しか確認していないから何とも言えないのだが、きっと転移魔法における重大な問題をクリアしているのではないかな」


「重大な問題、とな?」


「以前イナリちゃんに一回話したことがあるかもしれないけど、転移魔法は座標の計算が凄い大変で、魔法陣を描いて、その魔法陣が向いている方向を縦軸、描かれている面を横軸として転移先の座標を指定しないといけないんだけど、少し間違いがあるだけでとんでもないことになるの。だから現時点ではそこまで遠くへの転移は出来ないし、魔法として使うにしてもいちいち移動先の座標なんて計算してられないから、魔法陣を用意して、魔道具として固定して使うしかないってこと」


「……な、なるほど???」


「つまり、現在の転移術は移動先を相対座標で計算しているということだ。恐らく、それが絶対座標で指定できるようになるということだろうと読んでいるよ」


「あ、頭が破裂しそうじゃ……」


 イナリは、リズは魔法や魔術の話になるとものすごい分量にして返してくるということを失念していた。きっと、それをウィルディアはかなり簡潔にまとめてくれたのだろうが、結局よくわからないままであった。とりあえず、何かすごいらしい。


 自分で話を振っておいて何だが、この話はこの辺にしておきたい。イナリはウィルディアの机の上を見て、何か他に話の種になりそうなものを探した。


「これは……手紙かの?」


「ああ、それか。アルテミア魔法学校からの招待状だな。意見交換会などと銘打っているが、実態は転移術のお披露目会だろう」


 イナリは密かに眉を顰めた。話題を変えようと思ったが、どうやらこの話題からは逃れられないらしい。


「先生はいかないの?」


「行ってもいいが……長距離の移動は好きではないし、学校側に休暇申請を出すのも面倒だし……見送ろうかと思ってるよ」


「ええ、そんな勿体ないよ!」


「いやしかし、あちらに仲のいい知り合いも殆どいないからな……。ああ、では、リズ君も来るなら行くとしようか。……ふふふ、君は冒険者の仕事があるから難しいだろう?」


「いや、皆に話せば休ませてもらえると思う!行きます!!!」


「…………そうか…………」


 大きく肩を落とすウィルディアの様子からするに、リズがアルテミアへ着いてくることは無いと見越して打診したのだろうが、どうやらその見通しは甘かったようだ。


 ともかく、リズとウィルディアのアルテミア行きが決定した。


「……はあ。まあ、教え子との長旅と考えれば悪くは無いか。上手く日程を調整しておこう。出る日は追って伝えるよ。……さて、待たせたね」


 ウィルディアがポーション瓶に入った紅茶を差し出してくるので、イナリはそれを受け取って一口啜る。湯呑やコップではない容器で紅茶を飲むというのは、なかなか奇妙な体験である。


「で、既に色々と長話をしてしまったが。今日はどうしてここに?」


「リズ達、しばらく先生に会ってなかったから来ることにしたの。特に何かあったとかは……無いよね?」


 リズがイナリに首を傾げながら問いかけてくる。


「……無いはずじゃ。……多分」


「そうか。時にイナリ君、きみはどうして森の魔境化を進めたんだい?ここ数日の魔境化騒ぎは君の仕業だろう?」


 ウィルディアが椅子に座り、手すりの片側に体重を預けながら問いかけてくる。その目は明らかにイナリを怪しんでいた。


「……えっと、家の作物を育てようと思うたら、思ったより影響が強くての……」


「……イナリ君、きみは、もうちょっと自分の力と、その影響力を理解しておいた方が良いのではないか」


「返す言葉も無いのじゃ……」


 ウィルディアは呆れた様子でイナリを見た。


「ま、まあほら、おかげでトレントも軒並み討伐したし?結果オーライじゃない?」


「……そういうことにしておこうか」


「それで頼むのじゃ。あ、そういえば一つ、お主に聞きたいことが」


「ん、何だね」


「この前、リズが詠唱しようかと検討していたものなのじゃが……『終焉究極極太暗黒ビーム』とは何じゃ?リズ曰く、遺跡に刻まれていた呪文とのことじゃが……」


「……何だそれは?」


 イナリの問いに、ウィルディアは怪訝な顔をする。やはりリズの時と同様、イナリの考えている言葉と、実際に発声されている呪文には差異が生じているようだ。


 リズもまたぽかんとした表情になったが、すぐにイナリの問いの意味する所を察して声を上げる。


「……あ、先生!多分アレだよ!先生の遺跡研究でメモしてた呪文の一つ!」


「……何!?君、魔法言語わかるのか!?」


 ウィルディアは今までにない程興奮した様子でイナリに迫った。


「え、な、何じゃ急に……」


「あ、そういえばリズ、聞き忘れてたんだった。イナリちゃん、何で魔法言語がわかるのかな~?」


 リズもまた、ゆらりとイナリの方を向いて呟く。どうやら、イナリは自ら面倒な話題に踏み込んでしまったようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 転移の座標設定か。 個体同士で重なると下手すると核融合、そうでなくても超圧縮状態だから大爆発の可能性が。 そこに魔法語がわかるイナリ。 滅びの道は選ばれた! [一言] マジで爆発エンドで…
[一言] テレポートの事故といえば[*いしのなかにいる*]しかあるまい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ