136 毒を食わば皿まで? ※別視点あり
「ひとまず画家の人に似顔絵は作ってもらうことにしようか」
「そうですね。私が明日、イナリさんと一緒に行ってきましょう」
「うん、よろしく。この絵は……どうする?」
エリックは男が描かれた紙を手に持ってイナリに問う。
「別に思い入れが無いどころか、思い出すだけでムカムカするから処分して良いのじゃ」
「そう?……ああでも、一応参考用として提出するぐらいはしてもいいかも……」
「イナリさんを攫おうとした男の絵など即刻処分したいところですが……念のため持っていきましょうか」
エリスは絵を畳んでテーブルの端に置いた。
「ひとまずこの話は十分かな。何か抜けているところとかはない?」
「現時点では十分じゃないか。また情報が集まれば色々話すことになるだろうし」
「……では、順番が前後してしまったのですが、イナリさんの神器の話の方に移っても良いでしょうか」
「んじゃ、俺は飯の準備するわ」
「あ、リズも手伝うよ」
ディルの発言を最後に不審者に関する話は終わり、神器に関する話題に移行すると、あまり話題に関わる必要が無さそうだからか、ディルとリズは夕食の準備を始めた。
「イナリさん、貴方の神器は……ええっと、神器でしたよね?」
「わからぬ。我にそれが神器か否かの判別は出来ぬし、アレが神器と言うのも、お主が言い出したことであろ」
「確かに、そうなのですけれども……」
現時点では、エリス以外にイナリの短剣を神器だと主張している者は存在しない。
「ここはひとつ、改めて確認してみるとするかの」
イナリはエリスの膝の上から降りて、自室から短剣を持ってきて渡した。
「……どうじゃ?」
「うーん、やっぱり神器だと思うのですけど……」
神器を手に持ったエリスは不思議そうに首を傾げる。やはりエリスの勘違いなどではないようだ。
「……謎じゃな。気は進まぬが、やはり聖女にあたるしかないのかの……」
イナリはエリスから神器を受け取り、テーブルに置く。
「私だけでは何とも言えませんし、聖女様にも確認してもらいたいですね。……私が聖女様と次会える日も未定ですし、またイナリさんに聖女様の私室まで訪れて頂くのが、一番良さそうです」
「しかしのう、我はまだ聖女を信用しきれぬ故、エリスも共に居てほしいところじゃ」
イナリのこの言葉に、エリスは手で口元を抑えて感激していた。よくわからないが、何かが琴線に触れたらしい。
そんなエリスを放置してイナリが隣の椅子に座ると、エリックが口を開く。
「個人的には、イナリちゃんが見つけた、ゴミ箱の中の報告書が気になるかな」
「それについては聖女も不思議がっておったのう。やはり普通ではないのかや」
「そうだね。もしかしたら事情があるのかもしれないし、軽くリーゼさんに聞いてみるつもりだけど」
「普通、報告書を捨てる事情なんてありますかね?」
エリックの言葉にエリスは首を傾げる。
「ごく稀にあるかな。例えば報告書の訂正版が提出されて、訂正前のものが不要になったとか」
「ああ、確かに、それならありえますね……」
「ついでに、イナリちゃんが報告書を見つけた部屋について、エリスは何となくわかったりする?」
「ええっと……片方の部屋が留守で、神官長の部屋だったのですよね?で、その隣なので……副神官長の部屋ですかね。何回か行ったことがあります」
「副神官長か……どんな人かあんまり知らないな」
「そうですね……簡単に言えば、冒険者ギルドのギルド長の性格をマイルドにして、賢さとやさしさを足して割った感じの人ですかね」
「な、なるほど……?」
それはもはや別人なのではないかとすら思えるような表現に、エリックは曖昧な返事を返した。
「我が部屋に入った時は寝ておったからのう、是とも否とも言い難いのじゃ」
「少々ご高齢ですし、今は神官長の仕事を代行してますから、疲れが蓄積しているのでしょうね……」
そんな話をしているうちに、リズの手によって食事がテーブルの上に並べられる。この家では定番である、パン、シチュー、サラダの組み合わせである。
「とりあえず堅い話はこの辺にして、ご飯を食べましょうか」
「うむ」
食事を終えた後は家の裏の井戸で体を洗い、各々自室で過ごすことになった。
そして今、寝室でリズは机に座って魔石を並べて眺め、イナリはベッドの上に座り、エリスに髪や尻尾を梳いてもらっている。
「イナリさん、先ほども少し話しましたけど、明日は画家の方に会いに行く予定なのですが」
「ふむ。そこでまた、あの男の特徴を述べていけば良いのじゃよな」
「そうです。……先ほどは勝手に決めてしまいましたが、男の顔を何度も思い出すのは嫌な事だと思うのですが……大丈夫でしたか?」
「うむ、我は子供ではないし、必要な事とあらば拒否などせぬよ。それに、単純に、あの男に灸をすえる上で必要な事でもあるからの」
「……確かに。イナリさんを害する輩は全て始末しないといけませんね」
「そういう事じゃ。そもそも我は毒を飲まされておるわけじゃし。ええと……毒を食わば皿まで、とも言うしの」
「イナリちゃん、それは犯罪者側が言う言葉だよ……」
イナリの発言に対してリズがツッコミを入れる。
「な、何でも良いのじゃ。とにかく……悪が滅べば良いのじゃ!」
「そう……。ところでエリス姉さん、画家のあてはあるの?」
「はい。イナリさんの姿絵を描いてもらおうと思って、前々から職人街を探していたのですよ」
「あぁ、なるほど。リズ、明日暇なんだけどついて行ってもいい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「やった、ありがとう!」
エリスとリズが会話をしているのを聞いていると、エリスが尻尾をゆっくりと梳いてくるのも相まってか、イナリは眠気に襲われた。
「……何か、眠くなってきたのじゃ……」
「イナリさん、今日は大変でしたからね、きっと疲れているのでしょう。少し早い気もしますが、寝ちゃいましょうか」
「うむ」
「りょーかい!」
エリスの言葉に、リズは机の魔力灯を消してベッドに飛び込んだ。
「あ、リズさん、魔石をちゃんと片付けてから寝てくださいね」
「……了解……」
<???視点>
薄暗い地下室の中、二人の男が会話している。
「状況はどうだ?」
「物資はそれなり、人は八人。もう少し集めたい」
「いい感じだな。多少警戒され始めているが、今のペースなら全然余裕だろ」
するとそこに、一人の男の叫びながら部屋へと乱入してくる。
「おい、どういうことだ!?僕は安全な役回りだって聞いたから引き受けたのに、話が違うじゃないか!」
「はあ?何言ってんだお前。そもそもこんなことやってるのに、完璧に安全な話なんてあるわけねえだろ。何だ、野良犬にでも噛まれたか?」
「違う!……子供に逃げられたんだよ……」
「は?クソしょうもない話だな。そんだけかよ」
「しょうもない?……違う!例の飴を食べさせたのに、眠らなかったんだ!適当なものを寄越して僕を貶めようとしたのか!?」
「被害妄想もそこまで行くと滑稽だな。普通にお前がヘマしたんだろ?」
「そんなわけ無いだろ!ああ、警戒されてしまったし、顔も見られてる。もうこの街にはいられない」
「はぁ、ガキ攫ってくることすらまともにできねえとはな。ちゃんと獲物は見極めろって言ったよな?」
「ちゃんと見定めた!獣人の割に弱そうな子だった!この街にいる獣人なんて孤立しているに決まってる!」
「いやあ、獣人って時点で目立つだろうしもうダメだろ、お前才能ねえなあ。とりあえずお前は朝になったら、手配書が出回る前にさっさとこの街から出な」
「あの森の近くで待機しろってことか!?正気じゃない……」
「おいおい、それをあっちの連中に言ってみろ?殺されちまうぞ、お前」
「……どうにかならないのか?」
「どうしろってんだ、そのガキを始末しろってか?リスクが高すぎるし、やるんなら一人でやってくれや。あと、一応言っておくが、万が一捕まって計画を漏らしたりしてみろ?二度と歩けない体にしてやるからな」
「……クソッ!」
激昂していた男は捨て台詞を吐きながら部屋を出ていった。
暗い部屋の中、部屋に残された二人の男達は、小型の魔力灯一つの明かりに照らされつつ、机に計画書を広げて呟く。
「ったく、あいつのせいで計画を巻かないといけないかもな。もうちょい粘れねえかな……」
「もう注意書きが出回ってるし、そろそろ街での行動は危険。あと、一応教会の方で遅延程度の細工はしたけど、さほど意味はない」
「そうか、んじゃ、あと一日二日くらいで街の方は引き上げるか」
「それがいい」
「……それにしても、獣人か。この前、そこそこ身なりのいい狐のガキが居たんだが、わかるか?」
「わかる」
「……どうせもうここに戻って来ないんだ。最後にそいつを攫わねえか?きっと金になるぜ」
男は暗い笑みを浮かべて呟いた。
 




