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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
人間の悪意

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133 聖女と豊穣神の対談

 アリシアがベルを鳴らすと、部屋の扉が叩かれた後、女性が声をかけてくる。


「聖女様、何かご入用でしょうか?」


「少々喉が渇いてしまいまして……お茶を二杯入れて頂けますか?」


「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」


 恐らく、イナリがつい先ほど確認した部屋に控えていた女性だろう。


「ううむ、何度見ても、お主のその口調が忙しく変わる様子は奇妙じゃ……」


「はは、確かに、普通はこんな事しないもんね」


「それ、混乱したりしないのかや?」


「まあ、普段は丁寧語だし、こんな話し方するのはエリスとイナリちゃんの前だけだからね。もはや体に染みついた動作みたいなものだよ」


「なるほどのう」


「寧ろ私は、イナリちゃんの口調が気になるんだけど。……その、のじゃのじゃ、ってやつ」


「お主、我を愚弄しておるのか?」


「いや、馬鹿にしてるわけじゃないよ!かわいいし、良いと思うけど……その、普通に喋ってそれなの?」


「我は昔からこうじゃからな。あいや、意識すれば、お主の言う『普通』の喋り方もできるやもしれぬが……」


「……試しにやってみてもらっても?」


「我はお主に謝罪するために来たとはいえ、それを披露する程親密になった記憶は無いのじゃが?」


「そ、そうだよね。ごめん、忘れて……」


 イナリの返事に、アリシアはやってしまったとばかりに無言になった。その沈黙を破ったのは、紅茶を持ってきた給仕の女性であった。


 あちらからすれば、聖女が一人で二杯のお茶を飲むという、若干不思議な状態として認識されているはずだが、女性はテーブルにお茶を二杯置くと、聖女に向けて一礼して部屋を去っていった。


「さて、我が持ってきた菓子はこれじゃ。オリュザを使った菓子らしいが……具体的なところは知らぬ」


「私も説明されてもあまりわからないかも。……あ、美味しい」


 アリシアが菓子を一つ摘んで端的な感想を述べる。


「……もしかして、とは思っておったが。お主、外界から隔絶されておるよな」


 神官がやたらと警備を固めていて、お茶を淹れることすら他の者の手を借りなくてはならず、「外のお菓子」を滅多に食べられないと言う。少なくとも、それが人間として通常であるとは思えなかった。


「うん、そうだね。大体はここの教会で過ごしてるし。だから、エリスに会えるのも回復術師として仕事をするときだけなの。だから、イナリちゃんが居たときはものすごい混乱してたんだよ」


「お主が我に、聖魔法とやらをぶつけようとした時点で想像に難くないのじゃ」


「その節は本当にごめんね……」


「謝罪は既に受けた故、それ以上の謝罪は不要じゃ」


 イナリは紅茶を啜り、オリュザ菓子を一つ手に取って口に含んだ。せんべいに近い物のようで、異世界の米の味がした。


「人間がこのような場所にずっと留まっていて、辛いとは思わんのかや?」


「そこまで悲観的には思ってないよ。私はなろうと思って聖女になったわけだし、今の立場に不満もない。人類に必要な役目だしね。ただ……エリスと街を回ったりしたいとは思うかな」


「なるほどのう」


 イナリは神として、特に理由はなく一つの場所に何千年と留まっていた一方で、アリシアは使命と確かな意思の下にこの教会に留まっている。理由や身分に違いこそあるが、とはいえ、イナリはアリシアとどことなく重なる部分を見出し、僅かながら親近感を感じた。


「ところで、エリスはイナリちゃんの事をよく話してたけど、イナリちゃんから見たエリスはどう?」


「うーむ……たまに身の危険を感じる……?」


 イナリは椅子の背もたれにもたれかかって天井を見つめながら呟いた。


「……えっ、エリスってイナリちゃんの保護者だよね?どんな感じか聞いた第一声がそれって大丈夫なの??」


「もしかしたら、神たる我と人間の間の感覚の違いによるものやもしれぬ……」


「あぁ、価値観の違いってやつかな。具体的な話とかある?」


「そうじゃな、例えば夜、一緒に寝るときはずっと抱きしめられておるな」


「え、いいな……じゃなくて。仲良しで良いんじゃない?」


「隣で食事をしているとものすごい視線を感じたり……」


「んんんー……い、イナリちゃんが心配なのかもね?」


「我が寝ている間に尻尾に顔を埋めたとか、毛を使ってお守りを作っていたとか……」


「……す、スキンシップかな。文学作品では、大切な人の髪の毛を切って交換したりすることもあるし。寝ている間にっていうのは聞かなかったことにするね」


「あと、知らぬ間に尻尾や耳の長さを測られていたらしいのう」


「ん、んんー……」


「あ、それに、我を揶揄おうとして一回兵士に連行されておる」


「……エリス、何やってんの……」


 フォローの限界が来たアリシアは嘆くように呟いた。


「イナリちゃん、それで大丈夫なの?嫌なことはちゃんと嫌って言うんだよ?」


「うむ。身の危険を感じるとは言ったが、今の所本当に嫌なことはされておらぬからの。寧ろ、エリスをはじめ、我を保護している皆には十分すぎるほどに良くしてもらっているし、感謝しておるのじゃ」


「……そっか。ならよかった……のかな。ごめん、ちょっと、私にはわからないや」


 アリシアは悟ったような目で紅茶を一口飲んだ。


「さて、お主が聞きたいエリスの話はそういう話ではなく、森での活躍とか、そういう話を聞きたいのじゃろ?」


「そうだね、そういうのを想定してたよ。こう……頼れるかっこいいお姉さんみたいな感じを想定してたからさ……」


「うーむ、お主が聞きたい類の話となると……」


 イナリは一旦腕を組んで、エリスに関する記憶を探る。


 初対面時、結界に弾かれた後、教会に連行された。魔の森探索時、テルミットペッパーを一緒に潰したり、突然結界を展開して地面に叩きつけられたりした。確か、魔の森の一件で、エリスだけ大した活躍が出来ていないとへこんでいた気がする。


「……すまぬ、お主が期待しているような記憶を、我は持ち合わせておらぬ。寧ろ、本人の名誉のために、何も言わんほうが良い気がしてきたまであるのじゃ」


「何で?エリス、何かいかがわしいことでもしたの……?」


「いや、そういうわけでは無いのじゃが……こう、映える活躍が無いのじゃ。所謂、裏方仕事でパーティの支援に徹していたわけじゃな」


「ああ、なるほど。エリスらしいね」


 イナリの捻りだしたような回答に、アリシアが頷く。どの辺がエリスらしいのかは知らないが、ともあれアリシアの納得いく回答にはなったようだ。


「ところで、お主はエリスと共に育ったと聞くが、エリスはどのような者だったのじゃ」


「うーん、世話焼きで、いつも落ち着いてて、真面目なようで意外と冗談とかも言うタイプ、かな。私がまだ幼かったころ、夜に訓練の辛さに泣いてた時、私が眠れるまで話を聞いてくれたりしたの。多分、今もそんなに変わってないと思う。……ああいや、最近はちょっと、変わったのかもしれない」


「……やはり我が、あやつを狂わせてしまったというのか……」


「ちょっと私も、今度会った時気にかけてみるね……」


 二人は再び紅茶に口をつける。そろそろ中身も底をつきそうだ。


「……雑談を途切れさせるようで悪いのじゃが、神器の件はどうなっておるのかや」


「ああ、その件についてなんだけど……そもそも、その、イナリちゃんの神器っていうのが教会に認識されてないみたいで、私が出る幕が無かったよ」


「む?」


 イナリは首を傾げる。エリスの考えが正しければ、あの短剣は神器のはずだが、それが認識されていないとはどういう事だろうか。


「昨日、あの後、副神官長にそれとなく話を聞いてみたんだけどね。曰く、『神器が街に持ち込まれれば絶対にわかるが、ここ最近、近辺で神器は見つかっていない。冒険者ギルドの報告書で神器らしいものを使って魔王を討伐したと言うが、魔王は依然としてこの地に影響を及ぼしていて、弱まっている気配もないので、冒険者の誤認として判断した』……だったかな?そんな感じの事を言っていたよ」


「なるほどのう。それで報告書が捨てられていたわけか」


「え、報告書捨てちゃってるの?それはダメじゃないかな……」


「その辺は我の与り知らぬところじゃから、お主らに任せるのじゃ。我は、我の神器が無事ならそれでよいのじゃ」


「そ、そう……」


「それにしても、我の神器を持った時、エリスは確かにそれを神器と言ったのじゃが。一体これはどういう事かや?昨日はこの教会に神器が確かにあったわけじゃし、単なる見落としという線は無いのかや」


「うーん、流石に神器じゃない物を神器と言うような神官はいないと思うし、見落とすなんてことも無いと思うけど……何でだろう?イナリちゃん、今神器持ってる?」


「あいや、生憎、家に置いたままじゃな」


「うーん、そっか……」


 アリシアはそのまま黙り込んでしまったので、イナリは悠々と紅茶に口を付けた。


 しばらく待った後、アリシアが口を開く。


「ごめん、すぐには答えを出せそうにないや。今度、神器を持ってきてくれる?」


「……そう言って、神器だと分かるや否や我から神器を奪い取ったりしないじゃろうな」


「いや、エリスに嫌われちゃうし、そんな酷いことしないよ」


「……そういう事なら、今度持ってくるとするのじゃ。あまり気は進まぬがの」


「そんな警戒しなくても……エリスも一緒でいいから」


「ううむ……」


 寧ろ、アリシアはエリスと会いたいだけなのでは?そう思ったイナリは何とか言葉を飲み込んだ。

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