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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
人間の悪意

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132 潜入!メルモート教会

「さて、教会に来たのは良いが……聖女にどのように会うのかは考えておらんかったのう」


 現在、イナリは教会を、菓子が入った小箱を片手に見上げていた。


「エリス曰く、聖女の私室とやらがあるのじゃよな……。その辺の道筋もちゃんと伝えてほしいものじゃ。さて、どうしたものか」


 イナリが教会の入り口で立ち尽くしていると、それに気がついた神官の男性がイナリに話しかけてくる。


「そちらのお嬢さん、何かお困りですか?」


「んん-、そうじゃな。聖女……様を一目見てみたいと思ったのじゃが、どうしたら会えるかの?」


 イナリは一旦、ただ聖女を見たいだけの少女を演じることにした。


「ああ……。申し訳ございません、聖女様は忙しいお方ですので、そう簡単に会えるお方では無いのです」


「話すとは言わずとも、一瞬見るだけで良いのじゃ」


 見つけさえすれば、あとは不可視術を使って尾行していけば良いのだから。


「そう言われてもですねえ、安全対策的なところもありますから……申し訳ございません」


「ふーむ。残念じゃ。そういう事なら仕方ない、我は行くのじゃ」


 ……聖女の私室に、であるが。


 イナリは神官の男性に手を振った後近くの物影に隠れ、不可視術を発動した。そして悠々と先ほどイナリと話していた神官の横を通過し、教会の奥の通路へと移動した。


「さて……流石に全ての部屋を隅から確認するのは骨が折れるのう」


 教会の部屋の扉は非力なイナリでも開けられる扉が多い。しかし、それを全部開けていくのは大変な作業である。


「ここはひとつ、聖女の居場所を絞ってみることとしようかの」


 聖女の私室は、聖女が特権的な立場であることや、神官から安全上の配慮をされると考えれば、少なくとも入り口から入ってすぐのような場所にはないはずだ。それに、イナリが過去に入った部屋を思い出せば、儀式を行う部屋の隣にあるということも無いだろう。


 ともすれば、私室には扉からして他の部屋と一線を画すような差異があるとか、教会の最奥にあるという可能性を見込んだ方が良さそうだ。


 幸い、教会の造りはそう複雑ではない。


 教会の入り口に繋がって広い聖堂があり、その奥の両側に殺風景な通路が繋がっており、そこから儀式用と思われる部屋に繋がる扉が並んでいる。昨日、イナリが窓から外を眺めていた限りだと、部屋は中庭を囲むように、二階建てで配置されていた。


「ひとまず奥に行くかの」


 イナリは辺りに注意を配りつつ、昨日回復術の様子を見学した部屋と破邪魔法を受けた部屋を通過した。通路は左に直角に曲がる。


 それに沿って進むと、左手には中庭に出る扉が、そして右手には階段が目に留まった。


「ほほう、我の勘が聖女はこちらだと囁いておる」


 イナリは自信にあふれながらU字型の階段を上る。相変わらず、階段まで徹底してひたすら白い意匠だ。その光景には、掃除が大変そうなどと場違いな感想すら抱くほどである。


 そんなことを考えながらイナリが二階に上がると、殺風景な通路に代わって、左右に扉が現れた。それぞれの扉に一人ずつ神官が立っていて、いかにも部外者が入る場所ではない雰囲気である。


「ふーむ、恐らくこのどちらかじゃろうな。ううむ……」


 見たところどちらの扉にもこれといった差異はない。悩んでいても仕方がないので、イナリは一先ず、向かって左の扉から開けることにした。不可視術を発動している状況下では、イナリの行動もしっかり無かったことになるので、イナリは堂々と神官の横を扉を押して通過する。


 結論から言えば、その扉の先には部屋が二つあり、通路の突き当りは教会の聖堂を高所から見下ろせる場所になっていた。


 それを確認したイナリは奥の部屋から順に入っていく。


「ここは……誰も居らんのかや。……それに暗いのう」


 部屋の窓掛けが閉められており、部屋の中は薄暗かったのだ。


 それに僅かに困惑しつつ辺りを見回せば、大量の本で埋められた本棚や、冒険者ギルド長の部屋にあったような、高級そうなソファが向かい合うように配置されている。


 部屋の内装を確認しつつ、部屋の奥の机の上を見れば、いくつかの書類が放置されている。


「ふむ、宛先は……神官長。なるほど、神官長とやらの部屋なのじゃな」


 しかし、見たところこの部屋の主は現在留守のようだし、あまり得られるものは無さそうだ。


 イナリは神官長の部屋を早々に立ち去り、隣の部屋に移動した。


 そちらも神官長の部屋とほぼ同様であったが、違いを挙げるならば、部屋の中が明るく、一人の男が居たことだ。


 その男は椅子に腰かけて居眠りをしていた。


「こやつは誰じゃろうか」


 イナリは神官長の部屋の時と同様に机の上を覗き見てみるが、そこには予定表らしきものしか確認できず、今居眠りしている男が何者か特定するには至らなかった。


「うーむ、どうしたものか」


 わからないまま立ち去るのも気持ちが悪いので、イナリはもう少し足掻いてみることにした。


 本棚、衣装棚、応接用の机の上、備え付けの甘くておいしい茶菓子、観葉植物、窓の外を通りかかった蝶、棚の下、男の足元にあったゴミ箱と色々な場所を覗いていく。


「ん?これは……」


 イナリはゴミ箱の中に、「冒険者ギ」という文字が覗いている紙が目に留まった。何となく、イナリはそれを手に取って広げてみる。


 魔の森の魔境化に関する報告と題された紙には、以前冒険者ギルドでエリック達が説明したであろう事柄が仔細に書かれていた。そこにはイナリが思いつきで告げた、イナリの力の一部を取り込んだトレントを神器で倒して、それが樹侵食の厄災である可能性があるという話も記載されている。


 報告書の最後には、「あくまで依頼を遂行した所属冒険者の仮説であるので、この情報の真偽の精査並びに取り扱いは教会へ一任する」と書かれて締められている。


「ふむ……」


 イナリはその報告書の記述をしっかり覚え、再び丸めてゴミ箱に戻した。


 報告書も教会宛となっており、この居眠りしている男が何者かはわからずじまいだが、少なくとも得るものはあった。聖女の私室を探していただけのはずが、思わぬ収穫であった。


 イナリは部屋を出てそのまま階段前まで戻り、先ほど入らなかった方へと移動する。


 扉の前で警備している神官を抜けて扉を開けると、そのすぐ左に部屋があった。


 扉がついていないのでそのまま足を踏み入れると、調理魔道具や食器棚、食材が積まれた籠などが見受けられた。また、椅子に腰かけて休憩している女性が一人いる。


「これは恐らく、台所というやつじゃな。しかし何故ここに……?」


 イナリは首を傾げつつ部屋を出て、再び通路に沿って進む。突き当りは反対側と同じく聖堂を見下ろせる場所で、その道中には二つの部屋があった。


 見たところ、そのうち片方が明らかに他の部屋と違う様相であったので、イナリはここが聖女の私室であると判断した。


「ううむ、この程度ならばエリスも説明はしないよの……」


 思ったよりあっさり聖女の部屋を発見し、イナリは一つため息をついた後、聖女の部屋の扉を開け、口を開いた。


「聖女よ、我が来たのじゃ」


 聖女は庭を眺めていたらしく、突然現れたイナリに肩を跳ねあがらせて振り返った。


「えっ、イナリちゃん!?な、何でここに!?警備の人は!?」


「フフフ、我には不可視術があるからの。……お主には効かぬが」


「あ、あぁ、そっか……。で、何の用?」


「お主には、特に神器の件で少々良くない態度を取ってしまったからの、その謝罪に来たわけじゃが……」


 イナリは一呼吸置いてから口を開く。


「何故、口調がエリスに話す時と同じようになっておるのじゃ……」


「ああ、それは、昨日、二人が帰った後よく考えた結果……私もエリスと同じく、イナリちゃんをイナリちゃんとして認識することにしたんだ。そうすれば、私の世界観と競合せずに済むから」


「ん?ああー……。んん?」


 聖女のよくわからない理屈に、イナリは混乱の声を漏らす。


「とりあえず、私の中の葛藤が解消したと思ってくれればいいよ。というわけで、イナリちゃんも私のことはアリシアって呼んでいいよ。……あ、私がこういう口調の時だけだよ?」


「ううむ、漸く我を神として扱う者が現れたと思っておったのじゃがなあ」


 イナリは頭を抱えて残念さをありありと表現したが、アリシアは微笑んだままであった。


「とりあえず立ったままも何だから、座ってよ。私は今日はずっとここにいる予定で暇なの」


「うむ」


 ベッドに腰掛けるアリシアに促されて、イナリは部屋に一つだけ備え付けられた椅子を押して、アリシアに向かい合うように動かして座る。


「……まあ、何じゃ。改めて、昨日の我の態度について謝罪しよう。あの時はあのようにするのが一番良いと、我は思ったのじゃ」


「まあ、昨日は驚いたけどね。イナリちゃんは自分の神器を守ろうとしてたわけでしょ?ならまあ……わからないことは無いかな」


「もっと色々言われるかと思っておったが……案外あっさり受け入れるのじゃな?」


「うーん、まあ、エリスのフォローがかなり効いてると思う。だって、私がある程度落ち着いた後は、殆どずーっと、イナリちゃんが普段あんな風じゃないってことを力説されたんだからさ」


「……想像に難くないのう……」


「というわけで、その謝罪を受け入れます。寧ろ私も、いきなりイナリちゃんを否定するようなことを言ってごめんなさい」


「うむ、我は寛大じゃから、赦そうではないか」


「イナリちゃん、そのフレーズよく使うよね。……とりあえず、お茶でも淹れようか」


「うむ。我、菓子を持ってきたのじゃ。併せて食べようではないか」


「本当!?外のお菓子なんて滅多に食べられないから嬉しいよ!」


 アリシアはイナリの言葉に喜んでから、ベッドの隣に置かれていたベルを手に取って鳴らした。

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[一言] この柔軟さはエリスの友達なだけのことはあるな
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