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消えゆくは儚き蝋燭の光  作者: みーなつむたり
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第六話 昭和50年 名もなき者の章 後編


「お母様とお子様と、優先的にどちらの治療を進めるべきか、ご判断願えますか。」


 息を切らせて病院へたどり着いた父親へ、医師は努めて冷静に冷酷な決断を求めた。


 父親は、血が滲むほど唇を噛みしめ、


「…少し、考えさせてもらえますか。」


 絞り出すように出した声は、とても小さかった。


 できるだけ早くご決断ください、と急かされ、父親は一旦病院の外に出て、震える手で煙草をくわえた。


「………っ」


 なぜ、なぜ。なぜ律子達がこんな目に。

 渦巻く赤い感情に圧し潰されそうな顔は苦く歪む。そこへ、


「すみません!佐伯さん!急いで集中治療室に戻ってもらえますか!」


 ライターで点かない火をカチカチ鳴らしていた父親のもとへ、看護師が血相を変えて走ってくる。


「え、あ、はい!え、律子に何かあったんですか!?」


 父親は急いで煙草を投げ捨てると、慌てて集中治療室へと駆け出した。


     ※ ※ ※



『いやぁ、よかったわぁ。あんたんとこの〈ツレ〉が代わりに死んでくれたからさ、俺の〈アレ〉が生き延びられたわ~。これで期限を全うしてくれりゃ、俺もようやく輪廻の輪に戻れるってもんよ!』

『………』

『まあ生まれる前の赤子なんか、あの父親も見捨てるつもりだっただろうしな。あんたの〈ツレ〉が死ぬ方が妥当だよな。なあ!』


 〈其れ〉によく似た濁った〈邪〉が、歪んだ顔のまま、〈其れ〉の元へ戻った〈ソノモノ〉を指差し嘲笑を浴びせる。


『………』


 〈其れ〉は、紡ぐ言葉を見つけることさえ難しく、ただ〈ソノモノ〉を抱き、俯いた。


 目頭が燃えるほど熱い。


『ったくよ。たった一人殺しただけで、どれだけ回り道させやがるんだってんだ!さっさと生き返らせろよなあ!』


 〈邪〉が〈其れ〉に手を伸ばし、歪んだまなこで同意を求める。


 だが〈其れ〉は〈邪〉の手から逃れるように後退し、顔を背けて一心不乱に走って逃げた。




『………』


 〈其れ〉の胸には〈ソノモノ〉がしっかり抱かれている。


(お前は、お母ちゃんを守りたかったんじゃな。ただ、それだけだったんじゃな。優しいなぁ、なあ、)


 走りながらも、ずっと涙が止まらない。

 だが、


『……お母ちゃんを、守りたかった…?』


 ふと、〈其れ〉は立ち止まり、胸に抱いた〈ソノモノ〉をじっと見据えた。


『お前は、お母ちゃんを、救いたかったんか?』


 すると、一つの事実が胸にストンと落ちてきた。


(………。ああ、ああ、俺は、…俺は、ホンマに、取り返しのつかんことをしたんじゃな!)


 途端にガクガクと身体が震え出す。

 寒気が込み上げてきて奥歯がガチガチ鳴り出した。


《どうかこの子だけは!この子だけは助けてください!》

『………あああああ!』


 〈其れ〉は、鉈を振り上げた先の、幼子を庇うように胸に抱いて〈其れ〉を見上げた、あの若い母親の顔をようやく思い出したのだ。そして、


『あああああ!』


 その母親が抱いていた幼子の顔は、幼い頃の典子そのものだった。


『……そんな!』


 〈其れ〉は崩れるようにその場にうずくまり、こうべを垂れた。


 生まれて初めて芽生えたものは、深く重い罪悪感。


『ああ、ごめんな、ごめんな、ホンマに、ホンマに、ああ、ごめんなさい…ごめんなさい…』


 許しを乞う相手もいない虚空へ向けて、〈其れ〉は何度も詫び続けた。


 だがそんな贖罪など、今さら何者の耳にも届きはしない。


 それでも〈其れ〉は踞ったまま、ただ必死に、声の続く限り詫びる言葉を紡ぎ続けた。



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