そんなたられば
だからこそ、そんな子供達が羨ましいとも思ってしまう。
そしてそんな子供達の中に見知った男の子がいる事に気づく。
「お久しぶりです、真奈美ちゃんママさん」
「お久しぶりです、達也くんパパさん」
どうやら私がその事に気づいている様に相手も気付いていたらしく達也くんの
パパさんが挨拶をしに来てくれる。
公園に知ってる親御さんがいるのは心強いものである。
「子供達は無邪気で良いですね。大人になるとこうもいかない」
「本当、その通りですね」
そして達也くんのパパさんも私と同じ事を思っていたらしく二人揃ってしみじみと子供達を見る。
小学生高学年と思われるお姉ちゃんお兄ちゃんから保育園児である私達の子供達が一緒になって分け隔て無く遊んでいる光景は何だか微笑ましくも思う。
鬼ごっこもよくよく見ればルールが変わっているみたいでどうやら私達の子供達も平等に遊べる様なルールになっているみたいである。
見た感じどうやら真奈美と達也くんを触れている間は無敵時間というルールの様だが真奈美と達也くんはその事を理解していないらしく普通の鬼ごっこの様に縦横無尽に逃げまくっている。
これではいくら無敵時間スポットと言えど触り続けるのは至難の技である。
流石子供特有の柔軟な発想と言える。
その光景を見て私の子供時代はどうだっかとと思い出してみたりする。
鮮明な記憶こそ思い出せないのだが、なんだかんだで毎日公園に遊びに行っていたという事はつまるところそう言う事なのであろう。
そして私と達也くんパパさんは近くのベンチで腰を下ろして世間話しながら子供達を見守る。
時に喧嘩したり、時にコケて泣いたりしながらも基本的には楽しげな声が聞こえて来る。
こうやって喧嘩もしながら社交性を培って行くのであろう。
よっぽどでなければ助けに行かないし真奈美も達也くんも親の元へと泣きついて来ないのならば彼らの自主性を大切にしてあげたいと思っているのは、私と同じく助けに行こうとしない達也くんパパさんも恐らく同じ価値観なのであろう。
今日も今日とて洗濯が大変そうだ。
それに私達が行かなくても、コケて泣いてもお姉ちゃんやお兄ちゃん達があやしてくれるし喧嘩も仲裁してくれるので頼もしい限りだ。
真奈美には兄弟姉妹がいないのできっと良い経験だろう。
もし不倫しなければ真奈美にも弟か妹が出来たのかもしれない。
そんなたらればを思ってしまう間にどうやら子供達はいつの間にか鬼ごっこから隠れんぼに遊びを変えたみたいである。




