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噴水広場のパン屋にて  作者: 鳥飼泰
番外編
20/24

ファンからの贈り物

王宮の休憩室。

ミネルはコーヒーのお供にと、ソールの手作りお菓子を取り出した。

ソールはよくこうしてミネルに手作りのお菓子を持たせてくれる。俺以外のお菓子に満足できないようになればいいな、と冗談めかして言われたことがあるが、すでにそうなっている気がする。


「今日はね、シフォンケーキだよ」

「まあ、美味しそう」

「ほんと、ソールさんっていつもすごいわね」


箱を開ければシフォンケーキの優しい香りがふわりと鼻をくすぐり、テーナとユノの目も輝いた。お菓子はテーナたちと一緒に食べているのだとミネルが話したことで、ソールは多めに作ってくれるようになっている。

中には、ふわふわのシフォンケーキがきれいに並んでいた。それらは当然のように食べやすい大きさに切り分けられ、さらに手が汚れないようにかそれぞれが紙で簡易包装されているという気遣いぶり。

ミネルの恋人は、本当に素敵なひとなのだ。


ではいただきますと三人がシフォンケーキを手に取ったところへ、上司の魔術師長がコーヒーを片手にいそいそと近寄って来た。


「俺も仲間に入れてくれ」

「どうぞ」


魔術師長は部下と交流するのが好きだから、こうして休憩中に一緒にコーヒーを飲むのは珍しいことではない。

ありがとうと礼を言って隣の席へ腰を下ろす上司に、ミネルはシフォンケーキをひとつ手渡す。たまに魔術師長が同席することもソールは知っているので、気遣いの恋人は余分も入れてくれている。


「……美味いな。これも、ミネルの恋人が作ったのか?」

「はい、お菓子を作るのが好きなひとなので」


しばらくシフォンケーキとコーヒーを味わっていた魔術師長が、不意にミネルに聞いた。


「お前の恋人、名前はなんだったか……」

「え、ソールさんですか?」

「ああ、ソールか。これをソールに渡してくれないか」

「は?」


どこから取り出したのか、魔術師長は見慣れたカバンを差し出してきた。

見た目は普通のカバンと変わらないそれは、ミネルたち王宮魔術師に支給されている魔術カバンとそっくり同じに見える。


「あの、これは…………?」

「何度かお前から、ソールの菓子をもらっただろう。その礼だ」

「え、そんな、お気になさらず」


魔術カバンはその名のとおり、魔術を施したカバンのことだ。見た目は普通のカバンと変わらないが、その容量は魔術によって増幅されている魔術道具。一般人にはなかなか手が出せない高級品で、そもそもが高価である上にその容量によって値段はさらに跳ね上がる。

王宮魔術師に支給されているそれらは、魔術師長による手作りの品。だからミネルはその容量の大きさも知っている。目の前の魔術カバンが同じものなら、一般人の給料三年分はくだらないはずだ。


「こんな高価なものを渡したら、ソールさんがびっくりしてしまいますよ」

「ああ、そう思って容量はかなり控えめにしておいたから大丈夫だ。小麦袋十個分くらいだ」

「……まったく大丈夫じゃありません。それでも一般のひとはびっくりしますよ。こんなもの渡せません」


どうだと得意げにしているところを申し訳ないが、魔術師長は飛び抜けた魔術師であるために一般人の感覚を分かっていない。

ソールは奇跡的な巡り合わせで王宮魔術師のミネルと付き合ってくれているが、自身はほとんど魔力を持たないひとだ。はじめての市場デートで魔術カバンを見せたときも驚いていたから、贈り物だと言って渡せば顔を引きつらせるだろう。


「そうか…………」


そう説明すれば、上司は残念そうに肩を落としてミネルの心をちくちくと突いてくる。だが恋人の心の安寧のためにと、ミネルは受け取ろうとしなかった。

すると、向かいに座って話を聞いていたユノが口を挟んだ。


「あら、じゃあもっと小さなものにしたらいいじゃない」

「小さなものというのは、例えば何だ?」

「そうねえ……ポーチくらいのサイズだったら、ミネルの恋人も気軽に受け取ってくれるのではない?」

「なるほど、一理あるな」


ユノの言葉に、魔術師長はふむふむと頷いている。

部下の意見に真摯に耳を傾ける上司は素晴らしいが、ユノの意見はほどほどに流してほしい。

たとえ魔術カバンの見た目だけを小さくしても、容量が大きいままであれば逆に価値が上がってしまう。それだけ作るのも難しくなるが、魔術師長ほどの実力があればきっと作れてしまうだろう。


「え…………。テーナ、助けて」

「無理よ。諦めなさい」


無関心を貫いてコーヒーを飲んでいる友人へ助けを求めるが、すげなく断られた。

ミネルが止められないままに魔術師長とユノは盛り上がり、けっきょく小さな魔術ポーチを作ってソールに渡そうということになってしまった。容量だけはもっと控えめにしてもらうよう説得はしたが、それが限界だった。



それから数日後。

ミネルはソールの家で、小さなポーチを手にソールのうしろに立っていた。

こぽこぽとお湯を注ぐ音がして、ふんわりと立ち昇るコーヒーの香りにソールが微笑む。

せっかく楽しそうな恋人を驚かせることになるのが申し訳ないが、上司から預かってしまったものは渡すしかない。


「あの、ソールさん、」

「ん、なに?」


笑顔で振り返る恋人に、ミネルはおそるおそる魔術ポーチを差し出す。


「これ…………うちの上司から、ソールさんへの贈り物です」

「え?」

「あの、魔術ポーチです。魔術カバンの小さいものというか」

「魔術ポーチ、」


ちょうど手のひらくらいの大きさの、小さなポーチ。表面の布地にはユノの発案によりパンの刺繍が施されていて、まさにソールへの贈り物という気合いがひしひしと伝わってくる。

テーナはこれを見たとき、これだけ小さい魔術カバンって作るのは相当に難しいわよと、呆れたように呟いていた。だがそれは聞かなかったことにしたい。テーナは道具へ魔術を付与するのが得意だから、その難しさがよく分かるのだ。


そんな裏事情はともかく、ソールはこれを渡される理由がさっぱり思い当たらずに目を瞬いている。

それはそうだろうなと、ミネルは説明を始めた。


「えっと、魔術師長は料理を趣味にしていますけど、」

「ああ、うん。まえにケーキをいただいたことがあるよね…………」

「それで実は、ソールさんのお菓子のファンみたいで……」

「え?」


魔術師長は料理を作るのが、趣味といえるくらいに好きだ。

だが魔術師長の作る料理は、見た目はとても美味しそうなのになぜかとても個性的な味がする。本人もなぜそうなるのか分からないようで、毎回首をひねっている。

以前にケーキを渡されたときにソールの家へ持ち帰ったことがあるので、ソールもその味の凄まじさは知っていた。


そんな魔術師長は、たまにお裾分けされるソールのお菓子の美味しさに強く心を動かされたらしい。


「ソールさんのお菓子がとても美味しいから、感動したとかで」

「はあ、それは光栄だけど…………」


魔術ポーチを手にしたソールは、困惑しきった顔で助けを求めるようにミネルを見つめた。

だがミネルも上司の希望ということがあり、なにも言えずにソールと顔を見合わせることしかできない。


「えっと、……これ、受け取らないと駄目かな?」

「私がたまにソールさんのお菓子をお裾分けしているので、そのお礼の意味もあると思います。けっこう頑張って作ってくださったみたいなので、受け取ってもらえると……」

「王宮の魔術師長が、頑張って、作った魔術道具…………」


まじまじと魔術ポーチを見つめるソールに、今のは言い方がまずかったなとミネルは反省した。それが事実であっても、もう少しソールが受け取りやすいように言うべきだった。


「あ、あの。魔術師長はすごい魔術師なので、そういった小さいものを作るのは逆に難しいだけで。本当はそんなに大したものではなくて、」

「そうなの?」

「はい。その魔術ポーチは、私たち王宮魔術師が持つものほどの容量はなくて。小麦袋ひとつ分くらいだそうです」

「へえ、小麦袋ひとつ分…………」


身近な例えで説明したおかげか、ソールの態度が軟化した。

ミネルはここぞと押していく。


「何を入れても重さは関係ないので、普段の買い物なんかで重いものを持ち帰るのにちょっと便利かなっていうくらいの小物です」

「ふうん、それは確かに便利かもしれないね。小麦や油はよく買うし」

「ですよね!」


ソールはいろいろ作るのが好きであるし、最近はしばしばミネルが食べに来るので、食材の買い出しは多いのだ。


「ちょっと便利な道具としてソールさんが使ってくれたら、魔術師長は喜びます」

「………………うん、」

「上司が喜べば、部下として私も嬉しいです」

「…………うーん、じゃあ、いただこうかなあ」

「是非!」


本当はこの魔術ポーチは相当に大したものなのだが、それはソールが知らなくていいことだ。

知らないままでソールが気軽に使って喜んでくれれば、上司も嬉しいし、みんなが平和でいられる。


こうして、ミネルはなんとかソールに魔術ポーチを受け取ってもらうことに成功したのだった。


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