小話:春の新色
王宮の昼休み。ミネルとユノとテーナは、休憩室で食後のコーヒーを飲んでいた。昼食には味の濃いものをいただいたので、ミルクなしのさっぱりとしたコーヒーがちょうど良い。
室内には、同じように休憩時間を過ごしている同僚たちの姿がちらほらとある。
「昨日ね、街へ買い物に行ったの」
そんなゆったりとした時間に、テーナが休日での出来事を話し始めた。
「どこもかしこも春色の商品であふれていて、華やかだったわ。春の色って、なんだか見ているだけで心が浮き立つし、好き」
「テーナってけっこう淡い色が好きだものね。なにか買ったの?」
「ええ。新しい下着をね。淡い橙色のものが素敵だったから」
テーナの髪は赤銅色で、つまりは濃い茶色だ。橙色ならきっと似合うだろう。
「……そういえば、人間は下着を使って異性を誘惑するのではなかったかしら。ミネルも素敵なものを探してみたら?」
のんびりとテーナの話に相づちを打っていたミネルは、そこでユノが呟いた言葉に、ちょうど口に含んだコーヒーを噴き出しそうになった。
そういった記事を読んだばかりなのだと言うユノは、にこにこと悪気なく笑っている。そこへさらに、テーナが悪のりしてくる。
「あらあら、それはいいかもしれないわね。可愛い下着を買って、ソールさんを誘惑したら?」
にっこりと笑うテーナは、完全に面白がっている。
なんとかコーヒーを飲み込んで目を白黒させているミネルを放って、ユノとテーナは話を進めていく。
「ミネルだったら、どんなものがいいかしら。ユノはどう思う?」
「そうね、記事に載っていたのは、桃色や水色のような淡い色のものが多かった気がするわ。ミネルなら、髪色と同系色で淡い紫なんかどうかしら。春らしいし。妖精は、そういう季節の要素を取り入れたものに魅力を感じるわ」
「うーん、人間にもそういう趣向はあるけれど。でもソールさんは年上の男性だから、もっと落ち着いた紺色なんかも悪くないと思うのよ」
「落ち着いた魅力で誘惑するのね? それも素敵ねえ」
勝手な提案をするテーナと嬉しそうに頷くユノの会話に、ミネルは慌てて割って入った。
「待って待って。買わないよ!」
「えー、のりが悪いわ」
「そうよ。素敵な恋の感情を私に見せてほしいわ」
妖精であるユノは、恋の感情が大好きだ。だからミネルの恋を積極的に応援してくれているのはありがたいが。
「魅力的な下着で誘惑して恋人に愛されるのは、きっと幸せよ」
「ソールさんに愛される…………」
恋人に愛されるという魅惑的な言葉を囁かれたミネルは、ついうっかりふたりの話に乗ってしまいそうになった。だが、そのとき魔術師長が休憩室に入って来たことで、はっと正気に戻る。
目が合った魔術師長は、三人で顔を寄せ合って話しているのに興味を引かれたのかこちらへ向かって来た。それを見たユノが、ちょうどいいとばかりに微笑む。
「うふふ。せっかくだから、男性の意見も聞いてみましょうか」
「なんの話だ?」
「あのね、人間は身につけているもので異性を誘惑するものなのでしょう? 男性としては、素敵なものを身につけている女性はどう思うのかしら」
少しばかり意味深な視線を向けて、ユノが魔術師長を会話に引き入れる。
ユノは妖精として王宮で働いているので、たとえ相手が上司であっても話し方を変えない。そのおかげで気安い印象を抱くのか、それとも慣れているのか、このような私的な会話でも魔術師長は気負いなく答えた。
「……まあ、着飾った女性は美しく、魅力的だな」
「そうでしょう、そうでしょう!」
我が意を得たりと頷くユノに、テーナも加わる。
「じゃあ、季節を感じるような色合いのものは、どうですか?」
「ああ、春らしいものということか……華やかで悪くないな。もしくは、俺好みのものを身につけてくれるというのも、とてもそそるな」
「なるほどねえ」
「魔術師長はそう言って彼女にいろいろ着てもらうわけですね……」
「そういった姿を独占できるのが、恋人の醍醐味だろう」
なんだか三人で盛り上がっているが、魔術師長は部下たちが指すものが何かを理解しているのだろうか。先ほどのユノの視線から鋭く察して、すべて分かった上で話に乗っている可能性もあるが。
とにかく、再び自分に話が振られないうちになんとか逃げ出せないかとミネルが周りを見回したところで、折よく休憩終了の鐘が鳴った。
その日の夕方。ミネルはいつものようにソールの家を訪れていた。
ソールの作った美味しい夕食を堪能してソファで寛いでいるところへ、ことりとコーヒーを置かれた。つい昼間の会話を思い出し、ミネルは隣のソールをちらちらと見てしまう。
「……どうかした?」
そうすると当然、ソールに気づかれる。
「あの、ソールさん。……淡い紫色と紺色だったら、どっちが好きですか?」
「ん?」
突然の質問に、ソールは目を瞬いた。
そこで深く説明を求められても困るので、ミネルはあわあわと言い足す。
「あの、その、春だし、……新しい髪飾りを買おうかなと思って、」
ミネルが慌ててひねり出した理由に、ソールは、ああなるほどと笑顔で頷いて、ミネルの葡萄色の髪に手を伸ばした。さらりと触れる手つきは優しい。
「そうだなあ。どちらも似合うと思うよ」
「……あの、ソールさんの好みだったら?」
上司は言ったのだ。自分好みのものを身につけてくれるのがいいと。
仕事ができて見目麗しい魔術師長は、女性にとてももてる。そんな人物の言うことだから、軽視はできない。
「うーん、…………」
さらさらとミネルの髪を撫でながら、ソールは少し考えるような素振りをした。
その様子を見ながら、ミネルもなんとなくソールの髪へ手を伸ばす。仕事の間はきれいに結われている卵色の髪が、今は下ろされている。自分の隣でこうして気をゆるめた姿を見せてくれるのは、やはり嬉しい。
「ソールさんの髪、好きだな……」
「ふふ。ありがとう。俺も、ミネルの髪が好きだよ」
ミネルが呟けば、ソールはその器用な指先を葡萄色の中に差し込んで、くるくると指に髪を巻きつけて遊びだした。
ふたりでお互いの髪をいじっている状況がなんだかおかしく思えて、ミネルはくすくすと笑う。
そうしてすっかり油断していたミネルに、ソールは新たな案を提示してきた。
「そうだ。いっそ、俺の髪みたいな色もいいかもよ。淡い黄色だからさ。春っぽいよね」
「っ、ソールさんの髪色……!」
もちろん、その提案に他意がないのは分かっている。ソールはあくまでも、ミネルの髪飾りの色について話しているだけだ。ミネルがそう言ったのだから。
だが、ミネルの意図するものは髪飾りではない。
「………………っ、」
それを身につけている自分を想像してしまって、頬に熱がのぼるのが分かり、ミネルは両手で顔を覆った。
「わ、分かりました…………」
「うん、参考になった?」
「はい……」
「新しいのを買ったら、つけたところを見せてね」
「……………………」
その後、ミネルが何を買い、ソールに見せたのかどうかは、テーナとユノには言わずにおいた。
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