妖精のお土産
妖精の同僚ユノは、年始休みの間に里帰りをしていたらしい。
妖精の里がどこにあるのかミネルは知らないが、そこへは妖精が同伴していないと行くことはできないと聞いたことがある。妖精は独特な種族なので、他種族が単独で行くのは危険なのだろう。いろいろな意味で。
そんなユノが、妖精の里のお土産を持って来た。
「これ、お土産」
休憩室の机の上に置かれたのは、小さな透明の瓶。中には色とりどりの飴が入っていた。
ミネルとテーナ、それに妖精の里のお菓子に興味を持った魔術師長が、なんだなんだと見つめている。
見た目はきれいだし興味はあるが、誰も手を出さないのは、それが妖精の里のものだからだ。ユノを知っていれば、妖精が作ったというだけでまず警戒してしまう。
そんな空気の中、ユノが瓶の蓋を開けて飴を取り出し、説明する。
「妖精の冬飴というの。口に入れると、冬にまつわるものを楽しめるわ」
そう言ったユノの手にあるのは、氷の結晶の形をした紫の飴。本物の氷のようなつるりとした表面に、濁りのない透き通った色。さすが妖精の作ったもので、細工が細かく見た目で美しい。
「どんな効果なのかは食べてみないと分からないけれど、そこが楽しいのよ。たとえばこれだと、」
ユノがぱくりと飴を口に入れると、なにかの魔術が立ち上がる気配がする。
「近くにいれば、一緒に楽しめるわ」
嬉しそうに笑うユノが食べた飴の効果は、この場にいる四人に及ぶらしい。
隣の上司から静かな興奮が伝わってくるのを感じながら、ミネルは、とはいえユノの持ち込むものだからとまだ少しだけ警戒していた。
すると、さあっと辺りの景色が変わり、雪に覆われた一面の銀世界が現れた。太陽の光をきらきらと反射して、その眩しさにミネルは目を細める。足下の雪の感触も、吹き抜ける風の冷たさも、しっかり感じる。ただの幻ではない、なかなか手の込んだ魔術だ。
見渡すかぎりの滑らかな雪原に、もこもこと高くそびえているのは雪の塔かなにかだろうか。あまり見覚えのないものにミネルが首を傾げていると、魔術師長が説明してくれた。
「……樹氷だな」
「じゅひょう?」
「霧が木に付着して凍りついたものだ。どこの景色を切り取ったのか知らないが、ここまで木の全面が覆われている見事なものは珍しい」
「へえ、あれは木なんですね」
テーナも知らなかったのか、感心したように呟く。
この風景は、上司が言うようにおそらくどこかに実在するものなのだろう。それを魔術で再現して見せているのだ。
そんな、世界のどこかにあるらしい樹氷というものに興味がわいたミネルは、少しだけ触ってみようと近づいてみた。だがそこで、ふっと銀世界は消えてしまい、あれっと声を上げる。
「飴が口の中からなくなったら、おしまいよ」
どうやらユノは飴を食べ終えてしまったらしい。
つまりこの飴の効果は数分ほど。早く終わらせたいときは、飴をかみ砕いてしまえばすぐに終わるとのこと。
これは面白そうだと、人間の王宮魔術師たちはわくわくした。
妖精の作ったものというのは一般には流通せず、妖精からしか入手できない。だからこの冬飴は、ユノには日常のお菓子であっても、人間にとっては滅多に出会えない珍しいもの。そしてこんな風に魔術を巧みに扱ったものに、王宮魔術師たちは興味津々だった。
当然、次の飴を試してみようとなった。
まず魔術師長が手を伸ばし、黄色の雪の結晶を口に入れた。
「……美味いな、これ」
「うふふ。お菓子だもの、味も妥協しないのよ」
口の中の飴を転がしながら意外そうに呟く上司に、妖精は得意げに微笑む。
再び魔術の立ち上がる気配がして、今度はそれがどんな魔術であるのか見極められないかと、ユノ以外の三人は注視していた。
そして現れたのは、湯気の立つ温泉だった。
「あら、こういうのもありなのね」
「匂いまであるのか。興味深いな……」
「え、もしかして温泉に入れるの?」
「入ることはできるけれど、飴が終わったら消えてしまうわよ」
各々が興味を示しているうちに、温泉は消えてしまった。
「なるほど。これはただの飴のように見えて、相当な魔力が込められているな。さすが妖精の作ったものということか。でたらめだな……」
実際に食べてみて感じるところがあったのか、魔術師長が呆れたように飴の瓶を見ている。
妖精は人間に比べてはるかに多くの魔力を持つ。単純に魔力の量だけでいえば魔術師長よりもユノの方が多いだろう。だが魔力の使い方が違うので、どちらがより優れた魔術なのかは比べられないものだ。
今も、ミネルは目を凝らして立ち上がった魔術を見ていたが、やはり妖精の魔術は簡単には理解できなかった。
「次、いいかしら」
今度はテーナが試してみることになり、赤色の飴を選んだ。
さあっと広がるのは、再びの銀世界。やはり冬にまつわるものということで、雪の関係が多いのだろう。
今度はなんだろうかと四人が様子をうかがっていると、やがて微細な氷の結晶がきらきらと風に舞った。やわらかな太陽の光を反射して、空中を踊る氷晶がまるで宝石のように輝く。
「これも、どこかにある景色なんだろうね」
「きれい…………」
うっとりと呟いたテーナは、自分の選んだ飴に満足したようだ。
消えてしまった景色に、名残惜しそうに口元を押さえている。
最後に、ミネルが選んだのは青色の飴だった。
薄い青のその飴はまさに氷の結晶のようで、口に入れるのがなんだか楽しい。それに、とても美味しかった。
そして現れたのは、葉もすっかり枯れ落ちて枝ばかりがのぞく、寂しい冬の森。雪に覆われているわけでもなく、味気ない色味の木々がただ立ち並んでいる。
「……え、これだけ?」
「まあ、確かに冬にまつわるものではあるな」
がっかりしたミネルが肩を落としたところで、不意に強い北風が吹いた。
「寒っ!」
「……あ、もしかして木枯らしじゃないの、これ!?」
「あらまあ、そうかもしれないわね」
「おい、さっさと飴をかみ砕くんだ」
ユノだけがおっとりと感心する中、上司に言われて、ミネルは慌てて口内の飴を砕いた。
すると周囲は冬の森から王宮の休憩室に戻り、吹きすさぶ木枯らしも消えた。
「なにあれ……」
「ふふふ、あれはハズレね」
「え、ハズレなんてあるの?」
「もちろんよ。その方が楽しいでしょう?」
嬉しそうに笑うユノは、やはり悪戯好きの妖精だった。
だが、これくらいの悪戯ならまだ可愛いものだ。ミネルは、この美味しくて楽しい飴をソールにも食べてもらいたくなった。
「ユノ。これ、ひとつもらってもいい? ソールさんにあげたいな」
「ええ、もちろんいいわ。ふふふ、相手を思うその気持ち……素敵な恋の感情ね」
うっとりと微笑むユノから飴を分けてもらうミネルの横で、魔術師長も欲しいと申し出ていた。込められている魔術をもう一度じっくり見てみたいらしい。まったくもって魔術師らしい欲求だ。
その日の仕事を終えて、ミネルは足取り軽くソールの家を訪れた。
「やあ、ミネル。いらっしゃい」
今日も癒やしの笑顔で迎えてくれる恋人に、ミネルも笑顔を向けた。
家の中へ上がり、前を歩くソールの腰に後ろから抱き着く。
「えへへっ」
「ふふ、どうしたの?」
腰に回した腕を撫でてくれるソールに、ミネルは言う。
「新年はずっと一緒に過ごせていたので、仕事が始まってしばらくは……なんだかちょっと寂しかったなあと思って」
その言葉を聞き、くるりとこちらを向いたソールが正面から抱きしめてくる。
「うん。俺も、寂しかったよ」
ぼんやりしすぎだって店長に指摘されたくらいだよとぼやくソールに、ミネルはくすくすと笑った。
それを咎めるように抱きしめる腕に力が込められたので、ミネルは笑いを収めて顔を上げ、謝罪を込めて、ちゅっと口づけをした。
するとソールはふんわり微笑んで顔を寄せ、しっかりと口づけを返してくれた。
ひとしきりソールを補給した後、ミネルはユノの飴のことを思い出した。
「ソールさん。同僚がお土産でくれたんです。妖精の冬飴っていうお菓子なんですけど、どうですか?」
「へえ、氷の結晶の形をしてるの? 細かい細工だね……」
ミネルが取り出した飴を感心したように見ているソールに、それを食べると冬にまつわるなにかを楽しめるのだと説明する。
「ふうん。面白そうだね」
「はい。しかも、すごく美味しいです」
「ふふ。それはますます楽しみだな。じゃあ、いただきます」
ソールは緑の飴を口に入れた。
ふっと、周囲の景色が白に染まる。
「わっ、すごいね。周りの景色が変わるんだ」
「どこかの雪山みたいですね」
今回は雪原ではなく、起伏の激しい山の中腹のようだった。地面も木々も、こんもりと雪を積もらせている。だが、目立って特徴的なものは見当たらない。
この景色が飴の効果なのかなとミネルが首を傾げていると、山頂の方から、なにか大きなものが動くような音が響いてくる。
だんだんと近づいてくるその音に、もしやと目を凝らせば、粉雪を舞いあげて迫り来る雪の洪水が見えた。
「雪崩!?」
状況を把握したミネルは素早くローブを脱ぎ、ソールと自分を覆う。王宮魔術師のローブは特殊な素材でできているため、多少のことでは損なわれない。ただの雪であれば、防いでくれるはずだ。あとは吹き飛ばされないようにと、ミネルは急いで魔術を編み上げる。
ソールがローブの下でミネルを守るように抱きしめてくるのに、はっと気づいて叫んだ。
「ソールさん、飴をかみ砕いてください! 口の中からなくなれば効果も消えるはです!」
すぐに、耳元で飴をかみ砕く音がする。
ごうごうと音を立てて雪の洪水がふたりを覆い始めたところで、ソールがなんとか飴を食べきったらしく、周囲の雪が消え去った。
「………………」
そろりと顔を出して安全を確認し、大きく息を吐きながらローブの下から出る。
「ソールさん、大丈夫でした?」
「……うん、ありがとう。ミネルは大丈夫?」
「はい、ローブがあってよかったです……」
このローブがなければ、ふたりとも雪崩に埋もれていただろう。さすがに死ぬことはないだろうが、相当に寒かっただろうことは間違いない。なにせ、妖精の作ったものだからだ。人間とは加減が違う。
「冷たい…………」
ローブで防いでいたとはいえ、やはりあちこちはみ出ていた部分、特に下半身や髪の毛は守りきれずに濡れてしまっていた。ソールを見てみれば、同じく被害を受けている。
「ソールさん、このままでは風邪をひいてしまいます。お風呂に入りましょう」
「ん、そうだね。すぐに用意するから、先にミネルが入っておいで」
「いやいや、ソールさんが先ですよ。私をかばって、たくさん濡れてるじゃないですか」
それから、どちらが先に入浴するかでふたりは揉めた。その言い合いは、ミネルがくしゃみをするまで続いたのだった。
後でユノに聞いたところによると。
あれは、ハズレの中でも大当たりで。少し変わった効果のものが入っているのは分かっていたが、そんなことになるとはユノも知らなかったらしい。
「へえ、そんな効果のものがあったの? ……たぶん、作った妖精の悪戯じゃないかしら。妖精は楽しいことが大好きだから」
ふふふと美しく笑うユノに、ミネルはなるほどなと頷いてしまった。
やはりユノの持ち込むものに警戒を解いてはいけなかったのだ。
今年もユノはこういう同僚なのだろうなと、ミネルは諦めて笑った。




