お年賀話:今年もよろしく
もうすぐ年の暮れというころ。
年末の慌ただしさの中にいるミネルのもとへ、故郷の家族から手紙が届いた。
「え、帰って来るなって……?」
ミネルの故郷は、王都から少し離れたところにある。
魔術で転移するには遠いが、飛竜に乗れば行き来できる距離だ。飛竜はこの国において一般的な交通手段で、乗客の魔力を報酬に飛んでくれる便利な生き物として、大きな都市ではどこでも飼育されている。乗客の魔力の代わりに専用のエサを与えても喜んでくれるので、魔力が少ない人でも利用することができる。
年越しは家族でという環境で育ったミネルは、今年も年末には飛竜に乗って帰省するつもりだった。
そこへ突然送られてきた手紙によれば、どうも実家の方で弟がなにか仕出かして騒動が起きているらしく、帰って来るなと言う。
娘に心配をかけないようにという配慮か、収拾がつくまで説明できないような騒動なのか、詳しいことは書かれていない。
すぐに届く魔術便ではなく日数のかかる通常の手紙で連絡してきた辺り、それほど差し迫った事態ではないのだろうが。
ひとまず了解した旨と、家族の幸いを祈ると認めて返事を出しておいた。
「じゃあ、今年は王都で年越しかあ。…………暇だな」
すっかり帰省するつもりでいたので、なにも予定を入れていない。ぽっかりと時間が空いてしまった。
この国では、新年とは静かに迎えるものとされている。
それは王族も例外ではなく、年末年始の王宮は、国民への挨拶行事以外では門を閉じる。王族の世話をする者などは仕事だが、そういった者たちは王宮内に住み込みだから問題ない。ミネルのように通いで勤務しているような職員は、魔術師長でさえ休みになるのだ。
だから、暇だからといって職場に顔を出すようなこともできない。
仕方がないので、家にこもって魔術書でも読んで静かに過ごそうかなと、このときのミネルは考えていた。
「じゃあ、俺の家に来なよ」
今年は王都での年越しになったという話をソールにしたところ、なんでもないように家に誘われた。
あんまり簡単に言うものだから、ミネルはつい頷いてしまいそうになる。
「え、でもソールさんのご家族、王都暮らしですよね? いろいろ予定があるのでは?」
「んー、うちはそれほどこだわる家族じゃないから、俺がいなくても別に……。あ、よかったら、ミネルがうちの家族にまざる?」
「ひえっ、そ、それはちょっと難易度が高いというか……」
ソールと付き合っているとはいえ、まだ正式に挨拶もしていないのに、いきなり年越しの家族行事に加わるのはミネルの心臓への負担が大きすぎる。
だがそんなミネルの心配をよそに、ソールはさらりと言う。
「うちの家族はミネルのことを知っているから、むしろ歓迎すると思うよ」
「そうなんですか!?」
ソールはミネルと付き合っていることを、きちんと家族に話してくれていたらしい。そういえば妹らしき女性とは少しだけ顔を合わせたことがあるが、ミネルのことを知っていた。
(う、嬉しいかもしれない…………)
その気持ちを疑ったことはないが、ソールはミネルとのことを真面目に考えてくれているのだと改めて実感する。
ふつふつと湧きあがる感情に頬が赤くなるのを感じて、ミネルはそっと俯いた。
そんな恋人の頬を手の甲で撫でて、ソールは言葉を続ける。
「……でもせっかくだから、やっぱりふたりの方がいいかな。うん、俺の家にしよう。そうしよう」
「え、あの、」
「俺の仕事も休みになるし、泊まりでおいでよ。いつから来る?」
ソールがぐいぐい決めていってしまうのに、自分の感情に振り回されていたミネルは押されるしかなかった。ふたりの時間が増えるのは嬉しいことだから、断る理由もとっさには浮かばない。特に最近は、お互いに年末の忙しさで慌ただしく、昼休憩の短い時間でしか会えていないのだ。
だがさすがに年越しは家族と過ごしてほしいとミネルが主張すれば、しぶしぶながら受け入れてもらえた。
こうして、ミネルは思いがけず新年初日をソールと過ごせることになった。
年明け初日の朝。
ミネルはソールの家の台所に立っていた。今は洗面所で身支度を整えているソールのために、ミネルは朝食を作っている。
ソールは昨夜は寝たのが遅かったとかで、ミネルが鳴らした呼び鈴で慌てて起きたらしい。お酒もずいぶん飲んだようなので、胃に負担の少ないものがいいだろうとリゾットを鍋で温めているが、食べられるだろうか。
「いいにおいがするね」
そろそろ出来上がるかなというところで、ソールが顔を出す。
「ソールさん、目が覚めました?」
「うん。……いやあ、ミネルが来るまで起きられないとは思わなかったな」
「ふふ。昨夜は家族で盛り上がったんですね」
昨夜なにがあったのか、ソールは半笑いで頷くだけだった。
きっと家族ならではの楽しさがあったのだろうと判断して、ミネルは鍋に向き直る。後ろでは、ソールが机に皿を並べてくれているらしい音がしていた。
しばらくして火を止めたところで、ソールが背後からミネルを抱きしめて深くため息を吐いた。
「ソールさん?」
「んー、新年の朝からミネルがうちに居るって、いいなあと思って……」
「…………ふふっ」
あんまりしみじみとソールが言うので、ミネルは少しおかしくて笑ってしまう。
それが気に障ったのかどうなのか、ソールがぐりぐりと頭を押しつけてくる。こんな子供のような仕草をするということは、もしかしたらまだ酔いが残っているのかもしれない。
相手は年上の男性だから口には出さないでおいたが、ちょっと可愛いなとミネルは思って、その頭を撫でた。柔らかな卵色の髪が、指の間をさらさらと通る。
「ほら、ソールさん。今日はずっと一緒です。まずは朝ごはんを食べましょう」
ゆったりと朝食を取り、まだ少しだけ眠そうなソールとソファで寛ぐ。
ミネルにとっての新年は、いつも家族とわいわいするのが恒例だった。だが、こんなのんびりした新年もいいものだなと、ミネルはご機嫌でコーヒーを口に含む。
「ごろごろする新年も、いいなあ……」
「だよね。年末の忙しさの後だと、よけいにありがたみが増す気がする」
仕事納めまではそれなりに忙しかったので、その気持ちはよく分かる。
ミネルもソールも年末は仕事と雑事が多く、こうしてゆっくり会えるのは少しだけ久しぶりだ。昼休憩のパン屋での逢瀬はあったが、ほんの短い時間である上にソールは店員としての態度を崩せないから、それだけではミネルはまったく満足できていなかった。
「久しぶりに、ソールさんと一緒だし……」
だからミネルはいくらか甘えたい気分になって、隣に座る恋人へ頭を傾けてみる。
すると、ふふっと小さく笑う気配がして、ソールが頭を撫でてくれた。
「甘えてくれるの?」
「去年はいろいろ頑張ったから、ご褒美です」
「そうだね。よしよし、頑張ったねー」
さらに笑ったソールがぎゅっと抱きしめて頬や目元に口づけを落としてくれるのに、ミネルはきゃらきゃらとはしゃいだ。
そうしてソファの上で戯れているうちに、気がつけばミネルはソールに押し倒されるような体勢になっていた。
じっと見上げれば、ソールが甘く微笑む。その顔が近づいてくるのに、ミネルはそっと目を閉じた。
始めは啄むように何度か触れ、物足りなくなったミネルがねだるように応えれば、ソールは深い口づけを与えてくれた。
「……このまま家に居てもいいけど、さすがに不健全かな」
「……そうですね。午後は、散歩に出かけてみましょうか」
「天気もいいしね。昼食をすませたら街を歩いてみよう」
それでもお互いになんとなく名残惜しくて、つい見つめ合ったまま動かないのに、ソールがくすくすと笑った。
「……だめだ、これじゃあ今日が終わるね」
それでもいいのかなあとミネルは思ってしまったが、ソールはよいしょと起き上がって、ミネルも起こしてくれた。
お昼にしようかと言うソールに、ミネルは怠惰な考えを押し隠して頷いた。
昼食を簡単にすませた後、外に出てみれば冬の寒さが身にしみた。
身震いしたミネルに、ソールが手を握ってくれる。
「うー、こういうとき、本当は魔術で防寒もできたりするのに……」
「そんな便利なことができるの?」
「魔術師長はできるみたいです。私は魔術の細かい操作はあまり得意ではないので、できませんけど」
「ふうん」
少し考えるような間があり、ソールは握った手にぎゅっと力を込めた。
「ミネルはできなくていいよ。こうして俺があたためてあげるからさ」
「う、…………新年からソールさんがすごい!」
「ん?」
空いた方の手で顔をおおうミネルに、ソールは笑う。
今年もこうして、ソールはミネルの感情を激しく揺さぶるのだろう。外気は冷たいが、おかげで心はぽかぽかになった。
王都の街はひっそりと静かだった。
新年は誰もが仕事を休んで新しい年を迎えたことを祝うものだ。王族でさえそうなのだから、どの店もみんな閉まっている。
徹夜明けに歩く早朝の街とも違う、不思議で穏やかな静かさだ。
そのまま歩いていると、噴水広場に着いた。いつもは多くの人でにぎわうこの広場も、今日ばかりは閑散としている。
ここで少し休憩しようかと、ふたりでベンチに腰を下ろした。
ミネルは魔術カバンから取り出した保温容器から、カップにコーヒーを注いでソールに渡す。立ち上る湯気が、目に温かい。
目の前の噴水はしゃらしゃらと水を噴き出しているのに、冷気は流れてこない。温度遮蔽の魔術が付与されているのだろう。ここは公共の広場だから、王宮魔術師の誰かの仕事かもしれない。
そうして見つめていた噴水の向こうに、お馴染みのパン屋が見えた。
「ソールさんのお店も、閉まっていますね」
「うん。こうして外から見ると、なんだか新鮮だな」
こうして噴水広場のベンチに座っていると、ミネルはソールと初めて話をした日を思い出す。
ミネルは、この広場でパンの香りに誘われてソールの店を訪れた。
あのときは相談役が行方不明になって負担が増えていたところに、ユノの事件がとどめとなってミネルの心はすっかり萎れていた。その様子を見かねた上司に無理やり休憩に出されてこの広場へやって来たのだ。
そう考えると、ソールとこうして過ごせるようになったのはユノのおかげともいえるのかもしれない。
「………………」
思わず眉根を寄せてしまったミネルに、コーヒーを飲んで白い息を吐いたソールが不思議そうに顔を向ける。
「いえ、ソールさんに出会えたのはユノのおかげともいえるのかなと考えて、なんとなく釈然としないというか……」
「ああ、妖精の」
ソールのパン屋を訪れたとき、ミネルはユノが引き起こした事件の話をすることがよくある。その被害を訴えて慰めてもらい、午後からの活力にするためだ。
だからソールは、ユノと直接の面識はないのに、どういった人物かは把握している。一方的な情報だけで成り立った人物像ではあるが、それほど間違ったものではないとミネルは思っている。
「じゃあ、ユノさんに会ったら、お礼を言うべきなのかな」
「いや、……というか、ユノと会う必要はないですよ」
ユノは恋の感情が大好きだ。それは妖精としての種族性らしい。
ソールと出会ってからのミネルはユノが好む感情をたくさん出しているらしく、ずっと応援されている。ソールの話をいつも喜んで聞いてくれるのはありがたいが、実際にソールに会わせれば、大興奮するだろうことは想像に難くない。
大興奮したユノなど、なにが起こるか分からない。
「ユノは……、ちょっと制御不能になりそうなので、やめておきましょう」
「ふふ。まあ、会う機会はそうそうないだろうしね」
そこでコーヒーを飲み切ったソールは、ミネルのカップも空になっていることを確認すると立ち上がった。
「そろそろ帰ろうか。家でまたゆっくりしよう」
「そうですね」
カップをカバンにしまうと、ソールが手を差し出してくれた。その手をぎゅっと握り、ミネルも立ち上がる。
「……新年初日からこうしてソールさんと過ごせるなんて、いい年になりそうな気がします」
「ん、そうだね。こうやってたくさん一緒に過ごそうね」
握った手に指を絡めて、ミネルは隣に立つソールを見上げた。
「ソールさん、今年もよろしくお願いします」
「うん。今年も来年も、ずっとよろしくね」




