表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
噴水広場のパン屋にて  作者: 鳥飼泰
番外編
11/24

小話:俺と所有者のある日の会話

本日の投稿、前話に続いてふたつめです。

はじまりのときのことはよく覚えていない。ただぼんやりと、意思が宿った。

そのうちにだんだん自我がはっきりしてきて、自分が魔石に宿るものだということが分かってきた。

その魔石は人間の魔術師の家系に受け継がれ、長い間たくさんの人間を見て過ごした。


あるとき、アイギスという名前を与えられた。

名付けを行ったのは随分と力のある魔術師だったようで、魔石はそれ以来アイギスという名前に縛られている。

そしてこの名前を与えた魔術師が、現在の所有者だ。




「アイギス」


暇を持て余してなんとなく昔のことを思い返していると、名前を呼ばれた。


ぼんやりと辺りに漂わせていた靄のようなからだを寄せ集め、人間の姿をとる。アイギスは靄のままでも意思疎通に不便はないが、ひとりごとを呟いているようで嫌だと所有者が言うので、こうして実体化する。

アイギスの所有者は国の魔術師長をしているので、いろいろ体裁を気にするらしい。

その男は、アイギスが完全に人間の姿を成したところで待ちかねたように質問してきた。


「お前、あいつがどこに居るか分からないか?」


所有者が言うあいつとは、人間らしからぬ黒髪を持つあの魔術師のことだろう。アイギスはこの所有者が幼いころからの付き合いなので、当然、魔術学校時代の同期であるあの魔術師のことは知っている。


「あの人間は、俺でも理解を超えている。無理だ」


アイギスのような存在は、偽りを言わない。事実として不可能だから、無理だと言った。

それが分かっている目の前の男は、小さくため息を吐いて顔を伏せた。人間にしては見事な暗さのある赤髪が、その肩を滑り落ちる。


「……やはり無理か。くそっ、どうして通信を取らないんだ、あいつは!」


アイギスは常に所有者の側にあるが、人間の事情には興味が無い。この所有者に対してだけは、長く見守っている相手であるので保護者のような気分ではあるが。


そのアイギスのぼんやりした理解によれば、黒髪の魔術師が連絡を寄こさなくなって久しい。この男はたまに黒髪の魔術師に仕事を依頼していたので、困っているようだ。


「そもそも、あの人間がお前の意図通りに行動したことなどないだろう」

「まあ、そうだが。それにしても不在の期間が長すぎる。おかげで俺の部下たちが日に日に荒んでいくし、俺もいい加減休みたい!」


この男は部下を大切にしている。

先日も、部下が失敗して落ち込んでいるのを見かねて、無理やり王都へ休憩に行かせていた。その後、部下の様子を見に行ったこの男が安堵したように笑っていたので、その配慮は良い方向に働いたのだろう。



そこへ、執務室の扉を叩く音がした。


アイギスはするりと姿を解き、所有者の耳についている魔石に入る。アイギスの本体は杖についている魔石だが、この所有者は滅多に杖を出すことはないので、最近はこちらに入っている。しまわれている杖よりも、こちらの方が外界が見られて退屈しないのだ。


アイギスが消えたのを確認した男は、来訪者へ入室の許可を出した。

入って来たのは、他部署の文官のようだ。


「魔術師長、お願いします」

「ああ、すぐに処理するから、そのまま待ってくれ」


書類の決裁を待っている間、文官は頬を染めてアイギスの所有者を見つめている。

この反応はよく見られるもので、アイギスには人間の美醜はよく分からないが、この男の容姿はとても優れているらしい。

だからこの男の気が乗れば、異性に不自由している様子はない。あまり長く続かないが。


今も、文官から食事に誘われている。少し考えるそぶりを見せたが、仕事が立て込んでいることを理由に今回は断ったようだ。



残念そうに退出していく文官の気配が消えたことを確認して、アイギスは再び人間の姿をとった。


「久しぶりの誘いだろう。行かなくていいのか?」

「……馬鹿言え。この状況で悠長にデートなんかできるか。くそっ、それもこれも、あいつのせいだ。戻って来たら山ほど仕事を押し付けてやる」


所有者はぶつぶつと恨み事を呟くが、きっとその決意は果たされないだろう。黒髪の魔術師が仕事を受けるかどうかは、完全にその気分に左右されるからだ。この男の希望など勘案されない。


「…………」


深く暗い赤色の髪からも分かるように、この男は人間にしては大きな力を持つ魔術師だ。おかげでアイギスも名前で縛られている。

普通の人間たちの間でなら、希代の魔術師としてもてはやされ、心穏やかに過ごせるだろうに。なぜ振り回されることが分かっていながら、わざわざ自分が敵わない相手に近づくのか。

いつも苦労している様子を見て、アイギスは不思議に思って聞いてみた。


「ん?友人だからな」

「…………」


はたして向こうもそう思っているかは大いに疑問だが、あの魔術師を友人と言い切るくらいに、この男は意外と大物なのかもしれないと、アイギスは頷いた。


相談役のことを友人だと言い切れるのは魔術師長くらいです。相談役がどう思っているかは、また別の話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ