小話:どれだけ好きなのか分かってほしい
噴水広場のパン屋で働くソールには、数日前に恋人ができた。
その人は、王宮魔術師として魔術を扱う様子は格好いいのに、仕事以外の時間はどこか抜けていて可愛くて全力で好意を伝えてくる、ソールの心を鷲掴みにして離さない女性だ。
初めてミネルを見たのは、ソールが店長の故郷に呼ばれていたときだった。
ソールはほとんど魔力を持たないので、魔術は使えない。だから魔術には密かに憧れがあったのだが。
そこでミネルは、想像もできないような大きな魔術を大胆に扱い、あっという間に魔獣を討伐してしまった。自分の魔術に自信を持って仕事をしているその様子に、とても格好いいと思った。
それからしばらく後、ソールが働くパン屋に偶然ミネルがやって来たことをきっかけに、交流を持つようになった。
以前に見かけたときとあまりに印象が違うので、別人かと思ったこともあるが、王都で仕事中のミネルを見かけて確信した。やはりあのときの魔術師だと。
印象が違うというのは、悪い意味ではない。初めて見かけたときは凛々しく格好いいと思っていたのに、店で会うミネルはなぜかソールにとても懐いてくれて、全力で好意を伝えてくるのだ。懐いたミネルはとても可愛い。最初の格好いいところからのこの可愛さで、もうソールはすっかりミネルに夢中になっていた。
おかげで、他の店員を牽制していたことを店長にからかわれたりした。
なにかきっかけが欲しいとソールが考えていたとき、ちょうど市場でミネルと出くわしたので、思いきって一緒に買い物をしようと誘った。
なぜか兄妹という設定で過ごすことになったが、結果的に随分と距離を縮められたと思った。
だがその後、まったくミネルが店にやって来なくなって、ソールはかなり焦った。
はじめは、仕事で何かあったのかと心配していたが、気になるような王宮の噂は聞こえてこない。そのうちに、自分が何かして嫌われてしまったのではないかという考えが頭を占めだした。
そんなある日、ソールは店の近くでミネルを見かけた。同じローブを着た同僚らしき魔術師と一緒で、すぐに慌ただしく立ち去ってしまった。
その姿を見て、やはり直接会って話したいと思い、店の配達を理由に王宮まで出向いた。そこで久々に対面したミネルは元気そうで、いつものように真っ直ぐな好意を示してくれたことで、心底ほっとしたのだった。
そうしてきちんと思いを伝えあい、今日はその恋人とデートの日。
ソールが王宮へ行った日からそれほど経たずにミネルは店へやって来て、次の休みに会いたいというので二つ返事で了承した日が今日だった。
「ソールさん」
やって来たミネルは、常に身に着けている王宮魔術師のローブではなく、華美すぎない程度にふんわりとした可愛らしいワンピースを着ていた。足下も、いつものブーツではなく、少し華奢な靴を履いている。そしてきれいに編み込まれた葡萄色の髪には、ソールが贈った髪飾り。
ソールのためにお洒落をして、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる恋人は、文句なしに可愛くて、思わず頬が緩む。
「ミネル。すごく可愛いね」
「かわっ、いい!……あああ、ありがとうございます!」
だからソールは思ったことをそのまま口にしたのだが、ミネルの挙動がおかしくなった。この恋人はたまにこういう風になるのだ。だがそういうところも可愛いので、気にせずにその手を取って、目的のカフェへ向かうことにした。
カフェで落ち着いたところで、気になっていたことを聞いてみた。
「こうして休日があるということは、仕事は落ち着いたの?」
「はい、上司がなんだか頑張ってくれたみたいで」
「そうなんだ、さすが魔術師長さんだね」
「はい!」
ミネルは上司の魔術師長を尊敬しているようで、話題にのぼると嬉しそうに話す。
魔術師長は非常に容姿の整ったエリート中のエリートであるので、ソールとしては少し複雑な気分だった。だが、その上司は魔術師として突出しすぎていて、ミネルにとってそういった対象にはならないとのことなので、無暗に嫉妬はしないようにしている。純粋に上司を尊敬しているミネルの気持ちを尊重したい。……ただ、複雑ではある。
「あの、こういう風に会いたいなんて言って、迷惑ではなかったですか?」
「え?まさか。ミネルの仕事がいつ落ち着くのか俺には分からないから、誘ってもらえて嬉しいよ」
ミネルは王宮勤めなので、その予定はソールには分からない。
仕事の邪魔はしたくないので、ミネルの予定が空いたときに会いたいと思い、自宅の住所を渡したのだが。今のところ、まだミネルが訪れたことはない。
「……あの、今日は私にとっては、その……恋人、とのデートなのですが、」
「うん。俺にとってもそうだよ」
ミネルが「恋人」ということばを言うとき、恥ずかしそうにするのに、ソールの笑みが自然と深まる。可愛い。
「私、かなり緊張しているのに、ソールさんは余裕そうですね」
「ん?」
「まあ、年上の方なので、仕方ないかもしれないですけど」
不満そうに口を尖らせるミネルもやはり可愛いと思いながら、ソールは少しだけ考えてから口を開いた。
「うーん、あまり見せないようにしているだけで、そこまで余裕ではないかもしれないよ?」
「ええ?」
「そうだなあ。……例えば、そんなことを言い出す君が可愛すぎて、今すぐ抱きしめたいと思っているとか」
「は?」
「そう。そのぽかんとしている顔も無防備で可愛いから、思わずこの腕に囲いたくなるとか」
「へあ!?」
「ふふ、慌てなくても、外でそんなことしないよ。でも、そんなことばかり思っているから、それなりに大変なんだよ?」
あたふたするミネルは面白くて可愛いので、見ていると触れたくなってくる。
ちらりと周りをうかがうと、隣の席は空席で、二人が座っている席は他の客からいくらか距離があった。
であれば、少しくらいならいいかなと、ソールはそっと手を伸ばした。
「髪飾り、着けてくれたんだね」
「……は、はい。お気に入りなので」
髪に触れられたことにミネルは驚いていたが、嫌がってはいないようだ。その様子に、ソールは口元がほころぶ。
引き寄せてもっとしっかり触れたくなるが、机があるのでできない。失敗したなと思った。
だが、表情にはもちろん出さない。
それからは、たわいないお喋りをしてその日は終えた。
ひとまずミネルの仕事は落ち着いたらしいので、またパン屋に来てくれるそうだ。そのときのために、ミネルにすすめるパンを考えておかなければならない。仕事で疲れても元気になれるような、美味しいものを選びたい。
ソールは、どうにもこの恋人を甘やかしたくて仕方がないのだ。ミネルにはまだ遠慮があるようだが、もっと自分からも甘えてくれるようになるといい。
それに、ソールがどれだけミネルのことを好きなのか、もう少し理解してもらいたいとも思う。
とりあえず、これからも思いっきり甘やかしていこう。
本日はもうひとつ小話を同時投稿しています。




