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1. 王宮魔術師たちの混乱

足取り軽く、ミネルは噴水広場を抜けてゆく。

職場へ戻れば仕事は山積しているが、この休憩時間のためならいくらでも頑張れた。

目的の店の少し前で一度立ち止まり、ぱたぱたと軽く身だしなみを確認し、淡い紫の髪をつまみ、深呼吸。


「よし」


ミネルは意を決して、パン屋の扉を開けた。


「いらっしゃいませ。……やあ、ミネルさん」

「こんにちは、ソールさん」


店に入った客に笑顔を向けた店員ソールは、それがミネルだと認識して笑みを柔らかくしてくれる。自分個人に向けてくれるその笑顔だけで、もうミネルは仕事の疲れが吹き飛ぶ思いだった。


王宮魔術師のミネルは、このパン屋の青年店員に恋をしているのである。




パン屋で癒やしのひとときを終えたミネルは、急いで王宮へ戻る。本来であれば、王都へ出て休憩するほどの余裕はないのだ。

王宮魔術師はこのところ、忙しさで大混乱に陥っていた。



「あ、ミネルお帰り」

「テーナ」

「……元気そうね」

「うん。体力的には限界だけど、癒やしを補給してきたから元気いっぱい」

「はいはい」


嬉しそうに微笑むミネルに、同僚のテーナは呆れたような目を向けてくる。

今は疲労で荒んでしまっているテーナだが、ミネルの恋を応援して相談に乗ってくれる頼もしい存在だった。


「ミネル、髪がそのままになっているわよ」

「あ、そうだった」


言うと同時に、ミネルは髪にかけていた擬態の魔術を解いて髪色を本来の濃い葡萄色に戻す。

ソールに会うとき、ミネルは常に淡い紫の髪に擬態するようにしている。初めて出会ったとき、事情があってその色だったからだ。擬態の魔術は得意な方なので、長時間かけていてもそれほど負担はない。


本来の姿に戻ったミネルは、肩からこぼれてきた髪を背中に払って小さく息を吐いた。

ソールのおかげで心はとても元気だが、やはり体に溜まった疲労はごまかせない。

そして疲労困憊なのはミネルだけではない。現在の王宮魔術師は、みな同じ状態になっている。



「相談役様、まだ連絡がつかないのかなあ」

「魔術師長が再三呼び出しているみたいだけどね」


相談役というのは、魔術師長直属の役職である。

異例の若さで魔術師長に就任した上司が、周囲の反発を力業で抑えようと、ある人物の力を借りるためだけに設置したものだ。

その人物は非常に気紛れで、依頼を引き受けてくれるかどうかはそのときの気分次第。しかし、引き受けた仕事はどれほど困難なものでも必ずこなすという、驚異的な魔術師。


王宮には用事があるときしか来ていなかったその相談役を、ミネルは何度か見かけたことがある。


(人間とは思えないくらい黒い髪だったなあ……)


髪の色が暗く黒に近いほど魔力保有量が多いとされるこの世界において、その髪は恐ろしいほど黒く、ミネルを含め王宮魔術師たちはいつも遠巻きに見ているばかりだった。相談役と対等に話ができるのは、魔術師長くらいだ。

ミネルの上司である魔術師長と相談役は魔術学校の同期だという話だが、そのような人物を招くことができた上司はさすがだと感心した。



だが、その相談役が、ここ最近はまったく姿を見せなくなってしまったのだ。



魔術師長が何度も通信をかけているが、一向に応じる気配がないらしい。

相談役がもしも本気で姿を消そうと考えたなら、王宮魔術師といえどもその後を追うことは不可能だった。

現魔術師長は史上最年少で現在の地位に就いたほどの魔術の才を持つが、相談役は、その魔術師長でさえも及ばないほどに規格外の存在なのだ。


「死んじゃったのかな?」

「あの人が死ぬって、想像できないけれど……。だから魔術師長も諦めずに通信をかけているのだろうし」

「まあね。それにしても、間が悪いよね」


もともと相談役はそれほど頻繁には仕事を受けてくれなかったので、多少の不在は問題ないはずだった。

だが、不幸なことに、先日から立て続けに困難な案件が舞い込んできていた。


まず、ミネルたち数名が担当している、王宮の中庭にある噴水の異変だ。

ふだんは澄んだ水を優雅に噴き出すただの憩いの場だが、今は違う。なぜか、水の色がきらきらと七色に輝くようになってしまっていた。美しくはあるが、異常事態である。

王宮内ではささいな異変も原因を究明しないわけにいかないので、王宮魔術師に仕事が回ってきたのだが、場所が王宮の中庭である。近くに王族たちの行き来があることから、うかつなことはできず、慎重な調査が求められる。なかなか困難な案件だった。


そして、テーナたち多くの王宮魔術師が担当する案件もまた別にあった。そちらはそちらで、王都中を走り回って大変そうだ。


これはどちらの案件も、通常は魔術師長が珍しい魔術書などを報酬にしてなんとか相談役に振るようなものだ。だが、その相談役は音信不通で行方不明。

もちろん本来は王宮魔術師たちで対処して然るべきものなのだが、頼りが不在の中で難解な案件が重なったことで、ミネルたちはすっかり参ってしまっていた。




そして、さらにミネルを疲弊させているのが、共に調査に当たっている同僚だった。


「あら、水の量がなんだか増えたような……?」

「え、どうしてここで水の魔術なんか使ったの!?うかつに魔術を編むなと何度も言っているでしょう!?」

「まあ、困ったわね……」


まったく困っていなさそうな様子で頬に手を当てているのは、ミネルの同僚であるユノだ。

見た目は妙齢の美女だが、その実、年齢が三桁の妖精である。

強い癖のある短い髪と瞳は同じオリーブグリーンで、ぱっと見は人間だが、やはり人間とは少し違う雰囲気がある。

妖精が人間の組織で働くことは珍しく、そういう意味でユノは相当に変わった妖精だ。しかし、そのテンポは独特で、そこは人外者らしいところだった。


それでもユノが王宮魔術師としてやっていけるのは、ひとえにその魔力の特殊さ故だ。人間とは違う魔力の使い方をする妖精は、扱う魔術も高度なものが多い。だがそのために、起こす事故も被害が大きい。

そのユノのフォローをするのは、なぜかミネルの役目であることが多い。



「あー、もう!」


増えてしまった噴水の水を蒸発させようと、ミネルは素早く火の魔術を広域に薄く編み上げた。周囲に余分な熱がいかないよう、細心の注意を払う。

じゅわっという音と共に辺りが蒸し暑くなり、無事に水量は戻った。


「あら、戻ったわ。さすがミネルね」


水を蒸発させるほどの火を起こすのは、それなりに高度な魔術だが、ミネルは攻撃系の魔術が得意な特攻担当の火力自慢である。これくらいは難なくできる。


「あら戻ったわ、じゃないの!余計なことしないで、お願いだから」

「でも、わたしもお仕事したいし」


にこにことミネルに話しかけるユノに、悪気はまったく無い。

悪気は無いが、被害はしっかりとある。

ユノは何度言っても人外者的とも言える気ままな行動が改善されず、ミネルは日に日に疲弊していくのだった。


「うー、何かする前に、私に相談して。どんな些細な事も!」

「でも、あんまりミネルにばかり頼っていたら悪いわ」

「悪くない。まったく悪くないよ!むしろ、頼って!お願い!」

「ふふふ、ありがとう。じゃあ、そうさせてもらおうかしら」


言いたいことはあまり伝わっていないような気がするが、とりあえずユノの言葉を信じようと、ミネルは自分を納得させた。

こういった会話でも、ユノはミネルを脱力させることがよくある。


しかし、ミネルがソールと出会えたのは、ユノと関係する事故からだと言えないこともないので、その点では感謝してもいいのかもしれない。

あのときのミネルは、度重なる疲労から癒やしを求めていた。そしてソールは、凄まじい癒やしオーラを放ってミネルの前に現れたのだ。


パン屋がほとんど出てこないので、第2話も同時に更新します。

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