4
「お立ち台」は登ってみると、そう広くは感じなかった。
その上で羽根つき扇子を持って踊るのは、アクションが大きくなり、転落の危険が増す。
そして、踊るに当たって、「下を見る」のは禁物だ。常に前を向き、胸を張っていなければならない。
「怖い」。その感情は否定できるものではない。しかし……
(そこでツッパルのが、ヤンキー魂)
マリーは自分にそう言い聞かせた。
◇◇◇
「オラオラ、どうした? 亜町真理? 手と足が止まってるぞ」
ブルーメは情け容赦ない。
とにかく体を動かそう……
マリーはダンスを始めた。
「どうした。どうした。亜町真理? 体を動かすだけじゃ駄目だぞっ! ちゃんと音楽聞いているのかっ?」
そうだ。音楽を聞かなくては。それに合わせて…… んっ? んっ?
「考えるな。感じろ」
不意に元の世界でゲッツと一緒に観に行った映画での◯ルース・リーのセリフを思い出した。
「考えるな。感じろ」
マリーの体は自然と音楽に合わせて、動き出した。
◇◇◇
(楽しいっ!)
マリーは心の底から湧き上がって来るその感情をごくごく自然に受け止めていた。
「ふっ。分かったようだな。亜町真理。ダンスは技術じゃねえ。情熱だ」
「あたしは亜町真理じゃねえ。マリーだ。佐藤花子」
「あたしも佐藤花子じゃねえ。ブルーメだ。マリー」
意気投合した二人のダンスは徐々にシンクロナイズし、盛り上がりを増していった。
いつしか三頭の騎馬のうち牡馬の二頭もお立ち台にかぶりついていた。
離れたところでは女神が一頭の牝馬相手に飲んでもいないのに、くだをまいていた。
「全くこの国の男どもは~ こんな可愛い女神を放り出して~」
「ぶるんぶるんぶるるるん」
「そう、分かってくれるのね。あなた。『椎美偉悦楠』ちゃん。あなたも可愛いわ」
「ぶるんぶるんぶるるるん」
◇◇◇
ブルーメとマリーのダンスの盛り上がりは最高潮を迎えようとしていた。
が、その時……
急に大広間全体が真っ暗になった。外はもう深夜だからそれはいい。ただ、屋内は魔法の力で明るかった筈だ。
だから、多くの者はそれは演出だと思った。
しかし……
◇◇◇
ガラガラガラガッシャーン
非常に強力な雷撃魔法が大広間を襲った。
ブルーメ自慢のお立ち台は粉々に砕け散った。
お立ち台周辺にいた者は真っ黒こげになり、思わず魔法の放たれた方を見た。
「なっ、なんだっ? 何が起こった?」
◇◇◇
「お父さんっ! お母さんっ!」
「あ、カザリン」
そこに立っていたのは、王太子に婚約破棄され、自室で泣き続けていた筈のカザリンだった。
「私のことを思って殴り込みをかけたのは嬉しく思う。だけどねっ! お父さんとお母さんっ! あなたたちは仮にも領主でしょうっ! 城兵がみんな逃げ出した領地をほっぽっとくってどういうつもり? 領民が盗賊に襲われたら誰が守るのっ? もうね、私は修道院でもどこでも行く。お父さんとお母さんは領民を守って」
「す、すまない。カザリン」
ゲッツはしおしおと頭を垂れた。
「それで今ここでは何が起こってるの? 何で殴り込みをかけた筈がダンス大会になってるのっ?」
その時、後ろから重々しい声がした。
「それはわしも聞きたいな」
◇◇◇
「!」
全員の背筋が伸びた。
そこに数多くの従兵を引き連れ、立っていたのはファナティカー王国国王リヒャルト2世だったからだ。
「パッ、パパッ、何でここに?」
さすがの王太子にも緊張が走る。
「何でがあるかっ! ナールナルッ!おまえの城の兵がわしの城に山のように逃走してきて、何があったか問えば、モンゴル帝国の攻撃を受けたと言うではないか。それで、慌てて援軍に駆けつけてみれば、大広間でダンス大会。一体、何が起こっているのだ?」
「えーと、それは僕が婚約破棄したら、そこんちの両親がモンゴル帝国になって、殴り込みをかけてきた筈が、何故か新しい婚約者と元の婚約者の母親のダンス対決になって、僕も混ぜてって言ったら、顔面蹴られてのびてたの」
「…… もういい。お前は廃太子だ」
「歯痛医師?医者でも虫歯になるってこと?」
「ええい。おまえはもう王太子ではないと言っておるのじゃ。それより、その娘、カザリンとか申したか。辛い目にあっても領民を思うその心、このリヒャルト2世感じ入ったぞ。改めて王子の妃になってくれぬか?」
「陛下。もったいないお言葉です。しかし、このカザリン。既に婚約破棄された身ゆえ」
「何もあのバカ息子と再度婚約してくれと言っておるのではない。あのバカ息子には六つ子の弟がおるのじゃ。おいっ、前に出よ」
国王の指示に廃太子の弟、六つ子の王子は一斉にカザリンの前でひざまずき、右手を差し伸べた。
「「「「「「カザリン・ジルバーマン辺境伯令嬢、私と結婚してください」」」」」」
あまりのことに言葉を失うカザリンに国王は続けた。
「どうだ。どれを選んでもよいぞ。左から順にフリードリッヒ、ハインリッヒ、ディートリッヒ、ルートヴィッヒ、マントヒッヒ、イーッヒッヒだ」
(いえ、陛下。みんな、同じ顔ですし。それに陛下、一遍に6人生まれたので途中で命名が面倒くさくなりましたね。マントヒッヒ王子にイーッヒッヒ王子、強く生きてください)
カザリンは少し考えた後、こう言った。
「皆様、魅力的で私には決められませんわ。それでも、私に決めよと言われるなら、一つ提案があります」