2
ガラガラガラ
セバスチャンが服がハンガーにかかった台車を持って来た。
「セバスチャン。それは?」
ゲッツの問いにセバスチャンは小さく笑い、答えた。
「旦那様、奥様。いえ。総長に姐さん。いつか、このような日が来るかもと思い、時々、手入れをしておったのですよ」
そのハンガーには二人が女神にこの世界に転移させられた時に身に纏っていた特攻服が下げられていた。
「セバスチャン。あんた……」
マリーの両目は感動で潤んでいた。
「おっと姐さん。涙はお嬢の男を寝取ったアバズレをぶちのめしてからですぜ。それにセバスチャンでなく、舎弟のセバス。孤児だったこの俺をこの世界の案内役だと拾ってくださったお二人の御恩。
このセバス。忘れたこたあありやせん」
「そうだね。行くよっ。セバスッ!」
◇◇◇
ぶるんぶるんぶるるるん
パカラッパカラッパカラッ
その時、二台のバイク いや 二頭の馬が広間に駆け込んで来た。
「『嗚呼留絶屠三番』『椎美偉悦楠』。おまえら、俺らが殴り込みかけようとしたのが分かったのか?」
今度はゲッツが目を潤ませる番だった。
「へっへ、こいつらも総長と姐さんとまた戦えるのが嬉しくてしょうがねんですよ。大丈夫。この俺が運動は欠かさずやらせて来やした。こいつら現役バリバリ伝説ですぜ」
セバスの言葉に、ゲッツとマリーは愛馬に飛び乗る。
ぶるんぶるんぶるるる~ん
二頭の愛馬は怒りの咆哮を上げた。
「おおっ、『嗚呼留絶屠三番』『椎美偉悦楠』。お前らも怒っているかっ! ようしっ、セバス鳴らせーっ!」
ぱぱぱ ぱぱぱぱ ぱぱぱ ぱぱー
ゲッツの指令に、セバスは高々と「ゴッドファーザーのテーマ」をかき鳴らした。
「マリーッ! 行くぞっ! セバス、お前は後からついて来いっ!」
「あいよっ! あんたっ!」
「へいっ、俺もすぐ追いかけやすっ!」
ゲッツとマリーの駆る二頭の騎馬は王太子の居城に向かい、突撃を開始した。
◇◇◇
「ねえねえ。セバス。あたしも後ろに乗せて行ってよ」
ゲッツとマリーを追いかけるべく騎馬の用意をし、自作の特攻服に着替えようとしていたセバスに女神は声をかけた。
「えーっ? 女神さんよお。これから起こるのは戦争だぜ。危ないぞ」
「そんな面白そうなものを見逃す訳には…… いやいや、あたしにはあの二人を転移させた責任があります。キリッ!」
「まあいいけど。自分の身は自分で守れよ。こっちは守ってやる余裕なんかねえぞ」
「大丈夫大丈夫。あたしはこれでも女神だよ」
かくてセバスと女神の騎馬二人乗りも王太子の居城に向かった。
◇◇◇
「王太子殿下っ! 王太子殿下っ!」
王太子の居城の執事は大慌てで、王太子の寝室に向かった。
「お休みのところ恐縮ですが、緊急事態につき、報告させていただきますっ!」
執事は寝室のドアを開けた。
「なんだ。騒々しい。僕とブルーメちゃんのスウィートタイムを邪魔する奴は打ち首だぞ」
王太子は明らかに不機嫌な態度を見せた。
「申し訳ありません。ですが、本当に緊急事態でして……」
「何が起こったのだ? 下らない話なら、打ち首だぞ」
「…… この城にモンゴル帝国が攻めて来ました」
「ああっ?」
王太子は一瞬あっけにとられたが、すぐに続けた。
「おまえ、頭、大丈夫?」
「私も何度か確認したのですが、発見した者の報告は変わらず……」
王太子は執事を憐れむような目で見ると、会話を打ち切った。
「もう、いいっ! おまえ、帰っていいよ。よきにはからえ」
「はっ」
「あっ、ちょっと待って」
後ろから新婚約者のブルーメ・ツッカーがひょっこり顔を出した。
「今の話聞いてて、タルタルステーキが食べたくなっちゃった。すぐ作って持って来てえ」
王太子は真剣な顔で執事に命令した。
「今のを聞いたな? タルタルステーキを2人前、大至急持って来い。こっちが優先だ。訳の分からんモンゴル帝国はお前らでよきにはからえ。僕とブルーメちゃんのスウィートタイムを邪魔する奴は打ち首にしろ」
「はっ」
王太子の寝室から退出した執事は城の者を集めて、こう命令した。
「最優先はタルタルステーキを2人前調理し、王太子殿下の寝室にお届けすることだ。この城を攻撃しに来るモンゴル帝国はよきにはからえ。王太子殿下と婚約者のブルーメ・ツッカー嬢のスウィートタイムを邪魔する奴は打ち首にしろ」
城の者は全員あっけにとられた。そして、全員が思った。
「だめだ。この城」
◇◇◇
3時間後……
もうタルタルステーキも食べ終えた頃、件の執事が再度王太子の元を訪れた。
「王太子殿下」
「あ、おまえ。僕とブルーメちゃんのスウィートタイムを2回邪魔したから打ち首ね」
「私を打ち首にしたいのなら、殿下御自らの手で。他の城兵は全員逃げ出しましたゆえ」
「なぬ?」
「敵は我が城兵に『メンチ切る』攻撃をしてきました。城兵は全員怖がって逃げました」
「じゃあ、おまえが倒して来いよ」
「私もお暇をいただくことにしましたので、最後の挨拶に参りました。なお、攻めて来たハイデラント辺境伯ゲッツ・ジルバーマンとその妻マリーが大広間でお待ちです」
「え? そいつらって?」
「先程、王太子殿下が婚約破棄されたカザリン・ジルバーマンの両親ですね。では、私はこれで……」
「どうしよ。ブルーメちゃん。僕たちも逃げようか?」
「まあ、待ってください」
婚約者のブルーメ・ツッカーはニヤリと笑った。
「殿下はそのまま堂々としていてください。あたしに策があります」
©秋の桜子様 鉄腕ゲッツ




