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呪われ人は今日も生きる  作者: みやこけい
ep.1 月光下に聳える空虚人形の火祭り
8/25

ep.1-8

 オーセットの身体をまるごと右腕の中に呑み込んだ俺は、巨大化させた左腕でロカーシュを抱えながら、リルドイト夫人の正面に立つことができるラクラウン教会に向かって、屋根伝いに走っていた。


 始まりの獣の力を使えば、数人程度の重さなら、軽々と運ぶことができるし、足場の悪い屋根の上でも、着地の度に足の形を変えることで、躓くことなく走ることができる。こういった物理的な柔軟性は、始まりの獣の優れた点と言える。


「シャウ、急げ!」ロカーシュが俺を急かす。

「急いでんだろ! 黙って腕に掴まってろ!」


 俺は全速力で走っていた。しかし、このままでは俺達より先に、リルドイト夫人がラクラウン教会にぶつかってしまう。あともう少しで、教会の屋根の上に辿り着けるというのに。


 もう間に合わないと、俺が諦めかけたその時、何処からか男の声が聞こえた。ロカーシュがその声のする方を見て、ポツリと呟く。


「リルドイトさんだ……」


 リルドイト氏は、巨大な人形の足元に立ち、大声で叫んでいた。


「エフカ! どうか止まってくれ! 私は君に罪を犯して欲しくはないんだ!」


 リルドイト氏の声が意思を持たぬ人形に届くはずが無い。そのはずだった。しかし、夫人は数秒程度だったが、確かにリルドイト氏の声によってその動きを止めた。


 よくやった。


 俺は心の中でリルドイト氏を称えた。これだけの時間が稼げれば、作戦通りに夫人を破壊できる。


 俺は教会の屋根の上に立つと、リルドイト夫人のぽっかりと開いた口に向けて、オーセットを呑み込んでいる右腕を掲げた。


 射撃準備よし。一度こういうことはやってみたかった。男の浪漫というやつだ。


「主砲発射だっ!」


 地を揺らす射撃音も、激しい閃光も無く、オーセットは俺の右腕から『ぬるり』と発射された。火薬の衝撃で発射した訳ではないので、派手さがないのは仕方が無いが、それにしてたって余りにも味気ない。


 しかし、放たれた『阿呆砲弾(オーセットバレット)』は見事に夫人の口の中に滑り込むように入っていった。あとは発火だ。白い炎を発生させる火種が要る。


「ロカーシュ! 火!」

「ああ、既に用意してある。特製の火薬だ」


 ロカーシュは液体の入った小瓶を俺に手渡した。


 この時、義兄は本当に申し訳無さそうな表情をしていた。これから起こることを考えたら当然かもしれない。

 だが、俺はロカーシュと違い、全く躊躇せずに火薬入りの小瓶を、オーセットと同じようにリルドイト夫人の口の中に撃ち込んだ。


「さようなら、オーセット……」俺は目を閉じて呟いた。


 たちまち、リルドイト夫人の身体は白い光を放つ爆炎に覆い尽くされ、その巨体は凄まじい速さで雪のような白い灰へと変わっていった。


 白い炎が夜闇を照らす。ラクラウン教会の屋根から見る、瞬く炎が創り出す光景は、素直に美しいと言えるものであった。


 燃え尽きていくリルドイト夫人を見て、少し前に必死に探していたオーセットの良いところを一つだけ思いついた。


 この美しい炎の世界を創り出せるのは、オーセットだけだ。あいつは唯一無二の力を持っているのだ。

 だが、あいつはもういない。なんと悲しいことであろうか。

 

 感慨深く頷きながら、俺は教会の屋根から灰の山となったリルドイト夫人の元に向かった。


 



 灰となったリルドイト夫人の周囲には、事後対応のために集まった黒点教会の人間が屯していた。俺とロカーシュは、その場にいた監督者らしき人物に事情を説明した後、夫人の遺灰に歩み寄った。


 灰には未だ呪いの力が残っていた。それはつまり、この灰を俺の体内にある始まりの獣の餌にできるということだ。俺は獣の力を解放し、両腕を獣の口に変え、灰の山を掃除機のように吸い込み始めた。


 灰を吸い込んでいる途中、俺は腕に違和感を覚えた。それは決して不快な感覚ではなく、不思議な温もりのようなものであった。そして、その温もりと同時に頭の中に言葉が流れてくる。


 俺はその言葉を伝えるため、始まりの獣の食事を中断し、リルドイト氏の元へ向かった。


 リルドイト氏は黒点教会の関係者達に囲まれていた。俺は教会の奴らを押し退けて、リルドイト氏の前に立ち、灰の中から見つけた言葉を彼に伝えた。


「リルドイトさん。奥さんから、ある言葉を伝えてほしいと言われました。『ロダル、今までありがとう。さようなら』と……」


 俺の言葉を聞いて、リルドイト氏は泣き崩れた。


 近くにいたロカーシュがリルドイト氏の傍に寄り、彼に慰めの声を掛けた。だが、直ぐに黒点教会の連中がリルドイト氏を再び取り囲み、用意していた車の中に乗るように誘導した。


「シャウ、俺はリルドイトさんに付いていく。ちょっと教会の知り合いに話したいこともあるしな……。だから、後は頼んだぞ」

「はいはい」


 俺が適当な返事をすると、ロカーシュは軽く手を振りながら、黒点教会の車の中に乗り込んでいった。


 リルドイト氏はこれから黒点教会に監視され続けるだろう。そして、プロミナを出られなくなる。この国で呪いに関わりすぎた人間は、皆そうなるのだ。


 俺は始まりの獣の食事を再開するために、夫人の遺灰の山に戻ろうとした。その時、灰の山の中から、ゆらゆらと立ち上がる人影を見つける。


 灰に塗れたオーセットだった。Tシャツに描かれたご自慢の『サウスカルメリアンなんとか』の姿も灰で白く汚れている。


 先程、まるでこいつが死んでしまったかのように語ったが、本当は何の問題もなく生きていることを、俺は知っていた。


 オーセットの体表が直接発火した場合、湧き起こった白い炎はオーセットの身体と同化する。そして、白い炎はオーセットの汗という燃料が切れるまでは、風に吹かれようが水に濡れようが燃え続ける。


 今回の発火は、オーセット自身が炎の燃料である大量の汗に塗れていたため、リルドイト夫人を焼き尽くすまで鎮火することはなかった。だから、最後まで炎の身体となっていたオーセットは、灰に塗れている以外は全くの無傷なのである。


「ひどいです……」


 オーセットは泣き出し、その顔は涙と灰でぐちゃぐちゃになっていく。

 これは確かにひどい。

 俺が笑いを堪えていると、オーセットはやかましく叫び散らした。


「もう、フェクタフィオン家には行きません! ……それにシャウとは絶交です! 私の汗が欲しくなっても、もうあげませんから!」誰がいるか、そんなもの。俺はそんな上級変態ではない。


 泣き喚くオーセットは夜の闇の中に消えていった。


 俺は残った遺灰の回収をしながら、『流石に今日のはやりすぎたかなぁ』と反省し、オーセットが置いていった防護服を後日、家に届けに行くことにした。





 数日後、テレビのニュース番組で巨大リルドイト夫人事件の報道がされた。


 それによると、リルドイト夫人は『新たに見つかった古い神話の再現のため、最新技術を駆使して作り上げた巨大人形』で、昨夜のパレードで歩かせようとしたが、技術者の手違いにより暴走してしまった、ということらしい。


 よくそんな適当な嘘で民衆を騙せると思ったなと、俺は呆れたが、黒点教会の隠蔽能力はこの世の汎ゆる組織よりも優れている。きっとまた、よく分からない呪いなり何なりをばら撒いて、記憶の改竄でもしたのだろう。


 幸い、道路と建物の一部が壊れただけで死傷者は出なかったと、黒点教会からは聞いている。そのおかげで、俺は負い目を感じることもなく怠惰な生活に戻ることができた。


 そういえば、リルドイト氏からメールが届いていた。


 今、彼はプロミナ国内を旅して回り、新しい奥様を探しているそうだ。彼も案外、切り替えの早い御仁らしい。元夫人のために涙を流していたリルドイト氏の姿が、なんだか嘘臭い演技のように思えてくる。


 ロカーシュが爺さんにメールの返信を頼まれていたので、俺は『今度、訳の分からない物を拾ってきたら、即スクラップにしてやるから覚悟しろ』と書くように頼んでおいた。

 すると、ロカーシュは苦笑いを浮かべながら『了解』と答えた。

 あの反応からして、きっと書いてはいないだろう。


 これにて一件落着。と言いたい所だが、困ったことが一つある。


 オーセットが事件の翌日からフェクタフィオン邸に来ていないせいで、あいつが来る時間になる度に、爺さんが『オーセットに何かしたんだろう?』と俺のことを疑ってくるのだ。これでは日々の生活はとても落ち着かない。


 面倒だが、少しばかりは悪い事をしたとは思っているので、明日にでも、まだ届けていなかった防護服を持って、あいつの家を訪ねてみよう。


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