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呪われ人は今日も生きる  作者: みやこけい
ep.1 月光下に聳える空虚人形の火祭り
4/25

ep.1-4

「こんにちはーっ!」


 勢いよく扉が開かれ、俺の悩みを一瞬で吹き飛ばすような馬鹿でかい声が響き渡った。事実、この阿呆みたいな声を聞いて、さっきまでの悩みは何処かに消え失せた。


「こんにちは、オーちゃん」ロカーシュが挨拶を返す。

「ちっ!」俺は挨拶の代わりに舌打ちを返す。

 

 突然部屋に入ってきたのは、フェクタフィオンに仕事を紹介するため、黒点教会から派遣されている『オーセット・リシル』という阿呆女だ。年齢は確か十九歳。

 趣味はパン作りと言っていたが、実物を食べたことはない。どうせまずい。


 俺やロカーシュと同じ様にこのオーセットもまた、その身に呪いを宿している。


 こいつの流す汗は可燃性で、一度火が付くと自分以外の汎ゆる呪いを焼き尽くす白い炎になる。呪いを焼く炎と言うと、なんだか便利そうに聞こえるが、それは全く違う。


 オーセットは自分の呪いを上手く制御できないポンコツのため、汗に火の気が近付いたら確実に発火するし、一度汗が発火してしまったら、自力で消火することもできない。


 呪いを制御できないというのは、なかなかに恐ろしい要素で、例えばロカーシュがオーセットの汗から生まれる白い炎に触れれば、たちまち内臓が焼け焦げて、死んでしまうだろう。ロカーシュの呪いは消化器官に纏わる物だからだ。


 そして、このプロミナにおいて、肉体に呪いを宿す人間はロカーシュだけではない。


 俺達は呪いを扱う人間のことを『呪扱者』と呼ぶ。プロミナ国内にはこの呪扱者がそこら中に存在しており、その殆どが生身の肉体に呪いを宿していることが多い。


 オーセットの汗を適当な建物にばら撒き、火を付けてやれば、焼け跡が一切無い所から、身体の特定部分が失われた呪扱者の変死体が転がるだろう。


 そういった事故を防ぐため、オーセットは全身を専用の防護服で覆い、汗が外に漏れないようにしている。


 黒点教会お抱えの敏腕技術者が作ったオーセット専用防護服は、教会の制服である白いローブと、古い潜水服に似た金属製の鎧を、複雑に組み合わせた奇妙な造形をしている。


 密閉度を高めるため、この防護服は素肌を殆ど隠してしまうが、首から上を覆うヘルメットだけは、視界確保のために強化ガラスでできている。

 そのせいで、常に間の抜けたアホ面をガラス越しに見なければならない。


 オーセットの顔を見ていて、ふと、こいつへの印象があまりにも悪いことに気が付き、逆に良いところを探してみようと、防護服のガラス越しに見えるアホ面を、目を細めて観察してみた。


 内面がどうしようもないのは既知の事実なので、あえて見慣れた外見から良いところを探していこう。


 それなりに整った顔立ち。顎のあたりまで伸びたプラチナブロンドの髪は常に柔らかな光を帯びており、神秘性を感じる……気がする。

 そして、今も俺達を見つめているルビーのような深い赤色の瞳には、情熱的な力を帯びているように見える……気がする。


 ああ、駄目だ。


 いつもいつでも代わり映えしない間抜け面と、いかめしい防護服がセットで付いてくるせいで、外見的魅力は半減、いや、三分の一程度には減っている。


 想像するのは非常に難しいが、相当に美形なリオヴェットですら、『間抜け面・防護服セット』が付いていたら、げんなりしてしまうだろう。


 俺は必死の思いで、オーセットを褒めようとしたが、やはり無理だった。

 別に自分のことでもないのに、胸の内が切なくなる。


「何じろじろ見てるんですか、シャウ? 私のことが大好きなのは分かってますが、そんなに見られると恥ずかしいです。えへへ」

 

 俺の視線に気付いたオーセットは、何も知らない子供のように無邪気な笑みを浮かべながら、涙が出そうになるくらい馬鹿げた台詞をぬかした。

 

 俺はしばらく言葉を失ってしまい、ただ悲しみに暮れることしかできなかった。


 そして……。


「ごめん」結局、俺はどうすることもできず、一言謝った。生きていればいいことあるさ。

「え? いやいや、なんで謝るんですか? 訳分かんないです」困惑したオーセットの、生まれたばかりのヒヨコのような表情が、俺の心を切なくさせる。


 ああ、オーセット。そんなこと分からなくたって良いんだ。お前なら大丈夫、きっとどんな悩みだろうと、三歩程歩けば忘れてしまうから。





「オーセット、ここに来た理由はなんだ? 何かあるのだろう?」バーティーンの爺さんがオーセットに尋ねた。

「ああ、そうでした。黒点教会から仕事を持ってきたんです」


 仕事。その忌まわしき言葉を耳にして、俺の心が一気に荒む。先程までのオーセットに対する優しさは途端に消え失せ、怒りと憎しみが湧き上がった。俺は舌打ちをしながら、オーセットに言う。


「またか……。どうせ碌でもない仕事なんだろ?」

「そんなことありません。今回の依頼はいつもとは違います。愛しい人を想う方から頼まれた、至極真っ当なものですよ!」


 こいつの言い分だと、普段俺達にやらせている仕事は真っ当ではないらしい。


「で、どんな依頼なんだい。オーちゃん」ロカーシュが尋ねる。

「それは、依頼者の口から説明してもらいます」そう言うと、オーセットは顔の横に両手を掲げて、阿呆みたいに叩き始めた。

「お待たせしました、リルドイト氏。さあどうぞ、お入り下さ~い」


 扉が静かに開かれ、一人の男が現れる。紳士然とした恰幅の良い男で、年齢は三十代前半くらいだろうか。ライトブラウンのスーツを着こなし、髪はオールバックにして纏めている。


「こんにちは、フェクタフィオン家の皆様。私はロダル・リルドイト、この街で不動産会社を経営しております」リルドイト氏は自己紹介をすると頭を下げた。

「こんにちは、リルドイトさん。私はバーティーン・フェクタフィオン。あまり畏まらなくてもいいですよ。どうか頭をお上げ下さい」

「ありがとうございます、フェクタフィオンさん」


 爺さんの言葉に従い、リルドイト氏は頭を上げた。


「早速ですが本題に入りましょう。……リルドイトさんが依頼したい仕事というのは?」爺さんが尋ねる。

「実は……、私の愛しい妻が月の明るい夜になると、一人で家を抜け出してしまうのです」

「奥様が? それは何か心の病を患っている、例えば夢遊病の類であるとか、そういうことではないのですね? 失礼な質問ではありますが、確実な解決のためにもお聞かせ願います」

「はい。数多くの医者に妻のことを診てもらいましたが、原因は一向に判明しません」


 爺さんは考え込むように口元に手を当てた。


「むう……。ロカーシュ、何か分かるか?」

「その話だけじゃ俺にも何とも言えないなぁ。本人の症状を実際に見てみないと……」


「そうか……。リルドイトさん、奥様は今何処に?」

「こちらへ伺う際に乗ってきた、私の車の中に待たせています」


「なら、丁度いい。ロカーシュ、それにシャウ。リルドイトさんの奥様に会って話を聞いてきなさい。何か分かるかもしれない。……リルドイトさん、この依頼を受けるかはそれから考えましょう」

「分かりました。……よろしくお願いします、フェクタフィオン家の皆様」


 勝手に話が進んでいるが、俺はこの依頼を受ける気は全く無い。


「おい、爺さん。この仕事に俺は必要ないんじゃないか?」俺は片手を上げながら言った。

「何が言いたい?」

「今日みたいな猫探しなら、まだ俺の力を必要とする理由があると思う。動きの素早い猫を捕まえるには、人手があったほうが楽だからな」


「いや、お前は何もしてないだろ」ロカーシュが口を挟んできたが、俺は無視して話し続ける。


「だが、今回の相手は猫じゃないし、必要なのは人手じゃなくて有り余る知識だと、俺は思う。残念だが、俺はそんな物を持ち合わせてはいない。それに常に人を働かせていれば労働効率は下がるだろ。だから、ここは俺をゆっくりと休ませて、仕事はロカーシュ一人にやらせたほうが良いんじゃないか?」


 爺さんは俺の話に耳を傾けながら、こちらをじっと睨んでいる。


「確かにお前の言い分も最もだ……」爺さんがぽつりと呟いた。


 あの爺さんが折れた! 俺は嬉しさ余ってにっこりと笑った。このまま小躍りしそうだ。


「だが、行け」爺さんは鋭い視線を俺の顔に刺しながら言った。

「え?」愉快な気持ちが、瞬時に萎える。


「お前に知識が無いなら、ロカーシュから学べ。あとは……何と言ったかな? そうそう、労働効率が下がるとか言ったな。大丈夫だ。人は慣れる生き物だ。どんな過酷な環境でも続けていれば、いつかは順応する。人類はそうやって生存競争を生き抜いてきた」


「元経営者が、そんなこと言うのか! 労働者は奴隷じゃないぞ!」


 喚き散らす俺の姿をじっと睨んでいた爺さんの目の色が変わる。何かを恐ろしいことを企んでいる。そんな怪しい目つきだ。背筋に冷たいものが走る。


「……そういえば、仕事をサボったお前への罰を考えていたんだ。……で、さっきとっておきの奴を思いついた。……最近困ったことがあってなぁ。排水管がよく詰まってしまうのだ。業者にその詰まりの原因の調査を頼んだのだが、どうも詰まりは下水の方まで影響しているらしい」


「だ、だから、なんなんだよ」俺はニヤリと笑う爺さんの顔を強がって睨む。


「シャウ。お前、下水管に入って、詰まりを解消してこい」

「絶っっ対に嫌だ! てか、そのまま業者に頼めよ!」

「経費削減だ。我が家も厳しくてな」

「嘘をつくな!」


 俺が怒鳴ると、爺さんがまた怪しい笑みを浮かべ始める。


「もし下水管の掃除が嫌なら、ロカーシュに付いていけ。必ずどちらかには行かせる。逃げても無駄なのは分かっているな?」

「くっ!」


 俺は一度、爺さんの罰から逃れるため、この家から逃げ出したことがある。その時、俺は理解したのだ。爺さんの権力と財力を持ってすれば、人間一人を捕まえることなど、赤子の手をひねるようなものなのだと。


 俺は思う。街を完全閉鎖して、ヘリコプターを何基も飛ばす人間から逃げ切れる奴なんているのか?


「分かった! ロカーシュに付いていく! それで良いんだろ!」


 俺は仕事から逃げるのを諦め、ロカーシュと共に依頼人の妻に会いに行くことにした。この部屋より臭いであろう下水管の中なんて真っ平御免だ。


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