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呪われ人は今日も生きる  作者: みやこけい
ep.1 月光下に聳える空虚人形の火祭り
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ep.1-1

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。


 鐘が鳴った。正午を知らせる鐘の音。俺が住んでいる街『ナコロナ』で最も大きな教会、ラクラウン教会の鐘が奏でる大音響。


 俺はその大きな教会の傾斜の緩い屋根の上で、騒々しい鐘の音を背にしながら、我がフェクタフィオン家の執事が用意してくれたサンドイッチを食べていた。

 高級な卵と、高級なベーコンと、高級なトマトを挟んだ高級サンドイッチだ。


 この教会の屋根の上は見晴らしが良いし、心地の良い風が吹き抜ける。だから、最近は外で昼食を取る時はこの屋根の上で済ませることが多い。


 この屋根の上で昼食を取る理由はもう一つある。

 

 ここが人目につかない、ということだ。


 それは、俺の昼食の場所決めにおいては非常に重要な条件だ。

 昼食という、一日の中でも限られた憩いの時間に、べらべらと下らない話を撒き散らす鬱陶しい人間が存在すれば、いくら腹が減っていても食う気は失せる。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 

 また鐘が鳴る。


 二度目の鐘の音に合わせたかのように、ドラムの打音が激しく唸り、つんざくようなエレキギターとベースの重低音が鳴り響く。俺は舌打ちしながら、ジャケットのポケットを弄り、携帯電話を取り出そうとした。


 このバンドサウンドは通話の着信音。右手で携帯電話を掴んでいる頃には、ボーカルのしゃがれた声が聞こえてくる。


 マイナーなパンクロック……だったか。違う。オルタナティブロックだったような……。もしかしたら、インダストリアルロックだったかも。


 まあ、そんな訳の分からない区分はどうだっていい。とにかくマイナーな『ロックバンド』の代表曲だ。歌詞の内容が恐ろしく汚いので、それが好みでよく聞いている。


 通話の着信音だけは、このバンドの曲に変えてある。通話はメールと違って、俺が嫌いとする人間の声を、否が応でも聞かなくてはならないことがあるからだ。

 ムカつく奴が吐き出す声を聞いて落ち込む気分を、この放送禁止用語混じりの歌を聞いて、少しでも鼓舞させる。


 曲を途中で止めて通話に出る。相手は義兄のロカーシュだ。

 好きか嫌いかで言えば、『ふつう』である。


「おい、シャウ! お前さっき、『駅』の辺りで待ち伏せしてるって言ってたよな? 今、例の猫がそっちに向かっていったんだ。駅前で挟み撃ちにするぞ!」

「はいはい、了解です」俺は適当に返事をすると通話を切った。


 勿論、教会から動く気など更々無い。それに『了解』とは『わかりました』という意味だ。俺はロカーシュが提案した内容を理解したというだけで、従うとは言っていない。


 どうせ、正午の駅は人でごった返しになっている。俺がその場にいようがいまいが、ロカーシュにその判別はできないだろう。


 だから、このまま仕事をサボって昼食を食べ続けよう。きっと、もうしばらくすれば、奴隷的労働者たる我が義兄がさっさと仕事を終わらせてくれる筈だ。


 そう。


 仕事と言えば、俺とロカーシュは頭に花の生えた猫を探していたんだった。のんびりと街の景色を見下ろしながら、昼食を食べることに夢中で、すっかり忘れていた。


 この猫探しは、何処かのお偉方の脂ぎったマダムの依頼だ。


 その肥えたマダムは言った。

 ある日突然、かわいいかわいい飼い猫ちゃんの頭にへんてこな花が生えて、飼い主を口汚く罵り始めたと。そして、猫は飼い主を罵倒するだけでなく、そのまま家から逃げ出してしまったそうだ。


 俺にとっては道端に落ちている小石よりもどうでもいい話だったが、昨日の昼に黒点教会の阿呆女が、この下らない話をフェクタフィオン家に仕事として持ってきやがった。


 黒点教会からの依頼は大抵、フェクタフィオンの主であるバーティーンの爺さんが耳を通すことになる。そして、この爺さんは依頼を選ばない。

 どんなにゴミみたいな依頼でも義理の息子である俺とロカーシュを酷使して全うさせる。


 街の奴らを助けているつもりなのだろうが、本当に助けたいのなら、その莫大な貯蓄を貧民共にばら撒きやがれと、俺は内心では思っている。


 だが、口には出さない。あの爺さんなら本当にやりかねないからだ。


 悲しいことに、俺はこの爺さんのお陰で裕福な暮らしが出来ているから、そんなことは絶対にさせてはならない。

 キングサイズのベッドも、無駄に広い浴室も、高級肉のステーキも、キャビアも、それを食べる為の小さな純金のスプーン一本でさえも、手放す訳にはいかないのだ。


 きっと明日になったら忘れてしまうようなことに考えを巡らせていると、いつの間にか昼食のサンドイッチを食べ尽くしていた。

 必死に猫を追いかけているであろうロカーシュの分も含めて。


 サンドイッチを食べ尽くして手が空いた俺は、後ろ髪の太くて長い三編みを片手でいじり始めた。

 そうやって街を見下ろしながらぼーっとしていると、急に眠気に襲われ、被っていたお気に入りのハンチングを日差しを遮るように顔に乗せ、そのまま屋根の上に寝転がった。


 しかしまた、携帯電話の着信音が鳴り始めた。相手は先程と同じ、ロカーシュ御義兄様だ。

 

「例の猫は捕まえたよ。呪いを使う羽目になったが」ロカーシュの声は疲れていた。

「おつかれ」俺は心を込めて言ってやった。


「お前、例の如くサボってただろ」仰る通り。なかなか鋭い義兄だ。


「人が多すぎて、猫を捕まえるどころじゃなかったんだ」思いつきの適当な言い訳。即座にロカーシュは溜め息を漏らしながら言った。


「……何処にいるか知らないが、見晴らしのいい所から、単眼鏡を駅に向けてみろ」


 俺はロカーシュの言葉通り、いつも持ち歩いているレトロなデザインの単眼鏡で駅を見た。昼になると、いつも人で溢れている駅前は、どういうわけか閑散としていた。

 代わりに大きなキャンドルが駅の広場から、俺がいるラクラウン教会に向けて並べられている。


 俺が呆然と人気のない駅の光景を眺めていると、ロカーシュが携帯電話越しに聞いてきた。

 

「我が祖国『プロミナ』が生まれてから何年経つ?」

「二五〇〇年だ。今年は『陽暦二五〇〇年』」


「今日はその陽暦二五〇〇年という大きな節目を祝う春祭りの日だ。ナコロナでは夜に駅前の広場からラクラウン教会に向けてパレードをやるんだ。今の時間は皆、夜のパレードに向けて家の中で休んでいる」

「ふ~ん、そうなんだ。ロカーシュは何でも知ってるね」俺は義兄を小馬鹿にするように言った。


「……このこと、バーティーンの爺さんには言うからな」

「え」


 そんなことをされては困る。今度はどんな仕打ちを受けるか……。この前の二十四時間、断食宙吊りの刑はかなり堪えたぞ。そんな馬鹿な真似は、俺が生まれた国である『シュウカ』のイカれた修行僧でもやらない。


 次の刑罰は、絶対にそれ以上の物が待っている筈だ。


「ま、待って下さい、御義兄様。それだけはご勘弁を……」


 俺は乙女のような猫撫で声で、ロカーシュに懇願した。普段、女の子みたいだと言われる声よりも、更に少女らしさを含ませた緊急時の声だ。


 短い半生の中で、俺は幾度となく女と間違えられ、それがちょっとしたコンプレックスとなっていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。今は軽い『恥』よりも、重い『罰』を退けなければならない。


 劣等感を受け入れる強い精神から起こした、俺の女らしくも男らしい行動は、ロカーシュの心を折った。呆れ混じりの溜め息を吐かせながらではあったが。


「はあ……。なら、さっさと駅に来い」

「はいはい」やる気のない返事をして、通話を切る。


「……ロカーシュ、小賢しい奴め」


 俺は悪態をつくと、教会の屋根の上からロカーシュの待つ駅へと向かった。

 お気に入りのハンチングをしっかりと被り直して。


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