静寂の日
その日、私は周囲に漂う空気が何か違うことに、ふと気付いた。
何と言えばいいのだろうか? これから何かが起こるからそれに備えると言うべきか、空気が嫌に穏やかなのだ。
虫の鳴き声が聞こえない。
季節外れのセミが昨日まで鳴いて居たのに、今日は静かだ。
大嵐が来る前の時化の時間、とでも言うべきか。
何かが起こる。それはなんとなく分かるけどその後が分からない。
でも、何かが起こることだけは分かるんだ。
「来る、な……」
「どったべ有伽?」
「来るわ」
声を掛けて来た根唯にそう告げる。
たった一言の小さな単語。
意味が分からない者にが何が来たのだろうと不思議に思ってしまうだろう。
そのくらいは分かる。
でも、目の前の少女は違った。私の言葉で険しい顔をする。
本日、なぜか先生が急用とやらで居なくなり自習となった時間帯。
殆どの生徒は周囲の仲間たちと話に花を咲かせている。
私も例外に漏れず根唯達と話をしていたのだが、どうにも朝から変な空気が漂っていて落ち付かない。
たぶん、他の皆もだろう。
今日は何かが違う。それを感じているようで妙に寄り集まる姿が目に入る。
「あー。有伽も分かる? なーんか落ち付かないんだよね今日は。という訳で、軽音部行かない?」
「悪いわね梃。今日は行き先決まってんの」
「くーちゃんと行くんだべな? 気を付けてな?」
「ええ。どうにも心の中がざわつく感じもするし、細心の注意払いながら行くわ」
なんか嫌な予感もするし、気を付けるに越したことは無いな。
一度土筆と合流はしとくべきか。
あとは……来世たち締めあげてラボが動いてないか調べた方がいいかも。
あいつらが居なくなってたらさらに怪しいし。
学校に居る間に異変は起きなかった。
御蔭で気を揉みながら授業を受け続けて昼休憩になるまでにかなり疲れてしまった。
なので、食事を終えた後は一旦寝ることにしてヒルコに身体を任せる。
起きた時ピンチだったりしませんように。あとこのまま永遠の眠りにつきませんように。
そんな事を思いながら眠る午後授業。
起きた時には既に放課後になっていた。
「んで、どうしてこうなった?」
「うむ。お主が寝とったので待っとたらこうなった」
全然説明になっていない葛之葉。
でも実際彼女からすれば状況はそういうことだったのだろう。
いつの間にかこうなった。そういうことらしい。
「護衛なので来ました」
「なんか面白そうなので」
「有伽がいるので」
「とりあえず刈華と小雪は帰っとけ」
そう、小学校年長組の楠葉、刈華、小雪の三人である。
とりあえず何が起こるか分からないので刈華と小雪はお帰りいただいた。
楠葉は私を護衛するんだと息巻いているし、本当にヤバそうなら逃げます。ってことなので仕方なく同行して貰うことにした。
あんまり巻き込みたくは無いんだけどなぁ。
亜梨亜は今日用事があるらしいので放置でいいらしい。良かった。アイツ絶対スト―キングして来るだろうからむしろ今日は居なくて良かったと言っておこう。
「んじゃ、この三人で行こうかの?」
「いや、土筆呼ぶから一旦外でよう。アイツも連れてく」
「よかろ」
「あと、いつも付いてくる男はどうします?」
来世のことか?
あいつはどうしような。
付いてきそうではあるけど、ちょっとラボには見付かってほしくないんだよなぁ。
よし、振り切ろう。
「お待たせしましたわ」
外に出る瞬間を狙って正面玄関の天井からぶら下がって来る土筆。
「よっす、ちょっとマズい事になったよ有伽」
そしてタイミング良く現れる来世。
「マズい? 敵でも来たの?」
「うん。今森の中にある屋敷で君が来るの待ってる」
オイこら、今から向かおうとした場所じゃねぇか。なんだ、エスパーか? なんで私が行こうとした場所に既に潜伏してんのさ。
「あそこが捕獲部隊隠れるのに最適だったんだと」
「あら、暗殺じゃなく捕獲狙いなんだ?」
「らしいね」
らしいね、じゃないだろ。
クソ、まさか目的地で待ち伏せされているとは。いや、でも相手の居場所は分かったし、危険人物は居ないし、暴れやすい場所だよね。
「田んぼから泥田坊作って持って来る」
泥田坊って移動できるんだ?
「普通は移動できないけど、私が持ち運べば行ける」
行ける、のか?
むっふと胸を張る楠葉。ちょっと不安が、というか不安しかない。
今回使えそうなのは葛之葉だけだろう。
こいつはこいつで頼りにし過ぎるのはちょっと怖いがな。
「らしいわよ葛之葉」
「うむ、らしいのぅ、気を付けるが良い」
くあっはっは。と笑う葛之葉。お前が一番死亡フラグ立ってんじゃないかと思うんだが、死んでも恨むなよ?




