激動の日
その日、朝一の定期船で、そいつらはやって来た。
普通の一般客とは異色を放つ、見るからに軍隊と思しき武装集団。
深緑と言うべきか、枯れ草色と言うべきか、くすんだ緑の武装で、ジャケットもズボンも何もかもがその色で統一された、まるでこれから野戦でも繰り広げるといった様相の男達だ。
ヘルメットを目深に被り、鋭い眼光で規制正しくタラップを降りる男達。
肩に下げているのはどう見ても銃。それもかなり長い銃身で、戦争を行うために使いそうなゴツいものだ。
警察などが使うハンドガンなどでは決してない。
同じ船でやって来た一般人たちは、物々しい装備の男達に引いた視線を向けたり、写メを取ったりしているが、異様な雰囲気にさすがに近寄ろうという者たちは皆無だった。
武装集団は一糸乱れぬ行軍でどこかへと去っていく。
行き先が気にはなったものの、危険を承知でどこに行くか調べよう、などという一般客は居なかったのだ。
そんな一般客などどうでもいいと、武装集団は駆け足で森へと向かう。
人影の無くなった森の中に辿りつくと、そこにサングラスに黒スーツ。まるでシークレットサービスのような恰好をした男が待っていた。
コードネームうわん。妖研究所暗殺班二班室長である。
「よぉうわん室長、出迎えごくろぉう」
粘つくような言葉で、武装集団の一人が告げる。
「来たか三味長老」
「聞いたぜぇ。ウチの元班長使ってよぉ、偵察してたんだってぇ?」
にちゃりと笑った後、血管が浮き出そうなほどにいらついた視線で射抜く。
「なぁんで本部に連絡しねぇんですかねぇ、し・つ・ちょ・う・さんはよぉ!? あァ?」
「記憶を失っているようでな状況を把握するのに時間が掛かった。それに七人同行の方が先に見付けたようだったので連絡は既に行っていると思ったのだが。七人同行は一班に連絡してなかったのか?」
「しれっとぉっ。ぎゃはは。しれっと言うねぇうわぁんっ。情でも湧いたかぁ、あ・い・に・くぅ、ウチの班から連絡来たからよぉ。捕縛作業回って来ちまったぜぇ。ぐひゃひゃ。これで功績立てりゃぁ俺が三班室長なっちまうのもよぉ。時間の問題、ってなぁ。ああ、むしろそんときゃ二班室長立候補しちまおっかねぇ、なぁー?」
うわんの顔にキスするかと思われるくらいに近づいてねめつける。
不良たちの間でメンチを切るという言葉があるが、まさに喧嘩を売るように三味長老はうわんに上から目線でイラつく口調を吐き付けていた。
「上手く行くといいな」
「おぉうよぉ。んでぇ? まさか隠し事はもぅねーよなぁ。奴は何処にいるぅ?」
「ここから少し行ったところにある学園に通っている。一般人が多数いる。仕掛けるなら放課後が良いだろう。偵察隊の話によればこの森の廃屋に向かおうという話になっているらしい」
「チッ。別に校舎ごとやっちまってもいいと思うんだがなぁ。まぁーいいだろ、捕獲が目的だしなぁ、一般人には極力、きょくりょーく、攻撃しないようにしてやりまぁすっ。げひゃひゃひゃひゃ」
一頻り笑った三味長老はすぐ側にいた男達に視線を向ける。
「つー訳だぁ。その廃屋ってのが俺らの戦場だ。先回りしてトラップだらけにしてやりなぁ。それとぉ……」
くるり、うわんに視線を向ける。
「邪魔して来る一般人さんはぁよぉ。敵として処理、でいいんだよなぁ?」
「構わん」
「けぇっこぅ。げひゃひゃひゃひゃっ」
三味長老の指令を受け、配下の武装集団が森を移動し始める。
三味長老も笑いながらゆっくりと後を追い、森の奥へと消えて行った。
一人、残されたうわんは、未だ佇み続ける。
「さて……彼女はどうなってしまうのだろうな……私には出来ることは無い。ただ結果を受け入れるだけだ。可能であれば、肩を並べる存在となってほしかったが……無理か」
彼には分かっていた。
今の三班室長を採用したのは彼自身だ。ラボの暗殺者として使えると、自分と共に仕事をできる優秀な存在、死なせるには惜しいと採用した。
可能であるのならば高梨有伽も、と思ったこともある。
だが、彼女は無理だ。
彼女の身体に居る黴は妖研究所が喉から手が出るほど欲しがる妖能力。
それを身体に収める存在もまた研究対象として存分に優秀な存在。
自分がどれほど頑張ろうと彼女の捕獲命令は撤回されないだろう。
しかも彼女自身ラボを憎み、暗殺班を憎んでいる。
どれ程説得しようとも、自分の父親を殺された彼女がこちらに与してくれる未来は無いだろう。
ゆえに、彼が彼女を救うことは不可能だ。
うわんはこの仕事から抜けることはない。
ここが彼の生活の場であるからだ。
ならば、次に会う時は敵。それ以外には成り得ない。
「残念だ高梨有伽。それでも私は……君の生存を心から願おう」
これから、ここは戦場になる。生き残るのは妖少女か捕獲部隊か。
彼にはソレを見届けることすら許されない。
次の任務が待っている。だから……
「抗え」
彼女に届け、と。その一言だけを、虚空に流す。