平和な日々・5
食事を終えるとテレビを見ながらしばしゆったりとする。
風呂が沸いたのでまずは雄也が。
ほぼカラスの行水なので時間掛からず上がって来て、次に女性陣が入る。
風呂場が銭湯並みに広いのだ。
檜でできた湯船と立ち上る湯気。
大人数で入ることを想定した作りのこの風呂は、私たちにとっては予想以上に最高の御褒美だ。
「ふふ、有伽様は私が洗いますよ」
「大丈夫、有伽汚れてないから。湯船に浸かるだけでいいのだよ」
「いえいえヒルコさん、人間新陳代謝がありますから汚れるのは汚れます」
「ワタシが纏めて体外放出してるから大丈夫だって。というか土筆さんの手の動きがヤラシイから触れるな」
「酷いですっ、私は純粋に有伽の身体を綺麗にしたいだけなのにっ」
「うん、で、本音は?」
「そろそろ有伽の身体が恋しいのでハスハスさせて?」
「やっぱド変態じゃないっ」
「仲いいね土筆さんとヒルコさん」
湯船に浸かっていた根唯がまったりと呟く。
「「どこがですか!?」」
二人とも有伽を優先するという一点においては同じ思いだ。しかし、有伽を助けたいと思うヒルコと有伽ときゃっきゃうふふしたい土筆では全く違う。
有伽を土筆から守らなければ大切な物を奪われかねない。ヒルコはそんな使命感にも似た感情でヒルコから有伽を守っているのだ。一緒にされては困る。
「有伽さんは凄いべな。こんなに良くしてくれる友達が二人もおるし。恵まれてるなぁ」
恵まれてる?
本当にそうだろうか? ヒルコも土筆も思わず押し黙る。
高梨有伽との付き合いは二人とも短い。
最も一緒に居た少女は有伽を助ける為に命を失った。
有伽を守り導いていた上司もまた死んでしまった。
彼女の居場所だった家も、仕事場も、全て失われた。
残ったのは刺客と指名手配だけ。
恵まれている訳が無い。
本来なら、ただ『垢嘗』という妖使いなだけの人生だった筈だ。
なのに、有伽の身体に寄生を始めた『黴』のせいで、託されてしまった『草薙』のせいで、保護してしまった『蛭子』のせいで、ただの少女の人生は完全に狂ってしまった。
だから、これはきっと罪滅ぼしだ。
ワタシは有伽を絶対に見捨てない。
例えその道半ばで息絶えるのだとしても、有伽だけは生還出来るように必死に抗うって決めたんだ。
「それにしても、追手が掛かると思ったのですが、まったく音沙汰ありませんわね」
「やっぱり、一人もいないの?」
「いえ、尾取枝だけは普通にいらしゃってますわ。あの子は有伽監視役になってるらしいから」
「じゃあ監視自体はすでにいるのね。見逃されている?」
「泳がされてると言った方がいいかもしれないわね。相手の準備が整うのを待っているのか、それとも何か理由があるのか。監視しているのがラボの暗殺部隊2番隊だけなのでなんとも。もしかしたら他の隊に連絡してない可能性もあるし、あそこの隊長の思考はたまに予想の斜め上を行くから」
タコ坊主のような隊長格を思い浮かべながら土筆が告げる。
とりあえず、今はまだぬるま湯に浸かっていられる。それが分かっただけでもヒルコにとってはちょっと嬉しい報告だった。
とはいえ、警戒を解く訳には行かない。
奴らは隙を狙って一気に来る。
少しも気が抜けないのだ。
安全なのは雄也が中に入っている間、異世界かどこかに沈み込むこの迷家の中だけだろう。
迷家は雄也が内部に居る間は現世から姿を消すことができるらしい。
任意の場所に出現させることもできるので、相手に待ち伏せされたとしても別の場所に出現して逃げられる。
余りにも便利な家なのだ。
この能力を持つ人物に助けられた時、ヒルコも土筆も運命じゃないかと思ったほどだ。
御蔭で今も食事もできるし風呂にも入れる。
この後はふかふかの布団でぐっすり眠れるのである。
逃走に雄也を連れて行けば何処でもいつでも安全に休めるのだ。食事の心配すらない。
どれだけ有能なのだろう。これで女性だったならぜひとも有伽ハーレムに加えているところである。
「でも、この島は平和ですわね」
「んだぁ、事件らしい事件なんざめったに起こらんベ」
「町の警察も駐在が一人いるだけだし、コンビニなんて1キロ離れてるし、主だった施設は車じゃないといけない距離だし」
「それ、平和なの土筆さん……」
「平和よ。長閑だもの」
長閑と平和は関係ないような? ワタシは思ったんだけど違うのだろうか?
しかし、本当に事件が起こったりは滅多にない田舎町。この土地にいるだけでなんかこう、気力が無くなって行くというか、ずっとこの地でゆったりしたいなぁって思ってきてしまう。
こんな状態で刺客と出会って、ワタシたちは逃げ切れるのだろうか?
早く目覚めてよ有伽。ワタシたち、ずっと待ってるんだよ?