平和な日々・4
「近衛さん、何度も言いますけど、この迷家、屋敷自体が妖ですから内部に入らなければ私の能力で天井を移動することができませんの」
「そう言えばそんなこと言ってたね」
「きぃーっ、これ何度めのやりとりでしたかしらっ」
「ふふ、雄也にそげな難しいこと言うても覚えてくれんでよ」
「どんだけ馬鹿なのよ!」
「馬鹿じゃないよ。覚える気が無いだけだ」
「なお悪いわっ!」
土筆がやってくるだけでやかましくなってしまった。
私は苦笑しながら迷家へと入って行く。
土間で靴を脱いで皆揃って廊下を歩く。
この歩くたびにきゅっきゅっと音がなるのがちょっと可愛い。
根唯が言うには二条城のうぐいす張りと同じ作りなんだとか。
修学旅行で行った際、雄也が気に入ったそうで迷家の廊下に取りいれたそうだ。
居間にやってくると、既に夕食が用意されていた。
今日は海鮮料理らしい。
タイの尾頭付きが中央にでんっと置いてある。
「旅館の料理みたいだべな?」
「今日は刺し身な気分なんだ」
ちなみに食事に関しては雄也の食べたいものが作られる傾向にあるらしい。
「あ、茶碗蒸しではありませんの。いいですわ、貴方いい仕事なさいますわね。当然松茸ですわよね?」
「え? 普通の銀杏入りだけど」
「何考えてますのッ、ここは松茸でしょうっ!?」
ふざけんなっと、雄也の襟首掴んで揺する土筆。
雄也は怯えるどころかいやぁと褒めないでよ照れるなぁ、とでも言いたそうな顔で頭を掻いている。まともに取り合う気は無いらしい。
「とりあえず、俺は腹減った。先に食事するけどお前らどうする?」
「食事にはちぃっと早い気がすんだけど。どうすっぺ梨伽さん」
「食べる」
折角なので頂こう。どうせ時間はあり余ってるんだし。
私が座ると、隣に土筆が座って箸を取る。
「ではでは、私が食べさせて差し上げますわよ。はい有伽様あーん」
「つか、梨伽だろ有高さん。なんで有伽って間違えてるんだあんた」
「雄也、偽名使うって言ったベよ。元々が有伽さんで偽名が梨伽だべ」
「ああ、そういえばそうだっけ。まぁどうでもいいや」
本当に、この人はどうでもいいことは覚える気がないようだ。
もぅっと根唯が怒っているけど雄也はどこ吹く風である。
「しっかしヒルコさんも大変だねぇ、有伽さんまだ戻る気配ないのんか」
「ええ。浜辺で夕日を見始めた時は意識戻ったかと思ったけど、違ったみたい」
実は、この雄也と根唯だけは私達の秘密をいくつか知っている。
何かに追われてここに来た事。
有伽が記憶を失った事。
私が有伽に寄生している事。
土筆が追手の情報を収集したり有伽の護衛を行っている事。
二人はさすがに命を助けられたことと隠れ家を提供してくれたことから話せる所は話すことにしたのだ。
まぁ、予想通り天然入った雄也はふーん。と一言だけだし、人のいい根唯はなんかあんたらも大変なんなぁ。と自分の秘密も教えてくれた。
彼女の片腕がぽろっと取れたのだ。土筆は気にしてなかったがワタシはびっくりして悲鳴を上げてしまった。
アレはびっくりだよ。普通に腕かぽっと取って義手なんよ。とか笑顔で言われても驚くしかないってば。
高港市に高校見学に行った時に腕を失ってしまったそうだ。御蔭で妖能力が真価を発揮したそうで、あたしがおるから有伽さんたちツイとるよ。幸運届けるで。
そう言って迎え入れてくれた時は、凄く感動した。
有伽が精神を閉ざしていなかったら、きっと彼女だって感動した筈だ。
ちなみに、赤峰根唯の妖は座敷童子。締め切った座敷同士を移動できる能力を持っているらしいのだが、身体の一部が欠損することでもう一つ、禍福を扱えるようになるらしい。
すなわち、自分と自分が気を許した相手に幸運を、敵と認識した存在には災いを。
自由自在に禍福を与えられるようになったらしい。
さらに、彼女が見切りを付けて立ち去った家は一気に没落するのだとか。
雄也の迷い家、彼女と離れることになったらどうなるんだろう?
気を付けろよ雄也ー。
本人は全く気づいてないというか、全く気にしてない様子だけどね。
今日なんか普通に鯛うまーっとか刺身を食べて一喜一憂している。
どうでもいいけどこの食材ってどっから調達してるの?
昔話みたいに全部葉っぱでした。とか言わないでよ雄也。
ワタシたちは枯れ葉だけ食べて生活なんて出来ないんだよ?
雄也にその辺りの事を聞いてみたこともあるけど、深く考えている訳がもなく、なんかどっからでもでてきてるんだからいいんじゃないか? ってどこから来たかなどどうでも良くて食べれれば何でもいいらしい。
ちょっと怖いとは思うけど背に腹は代えられないので一緒に食事をする私なのであった。
あ、ちなみにワタシも食事はするんだよ。消化器官はどうなってるのか自分でも分からないけど、口から入った物は食道と思しき物を通って胃に入っている筈である。
そういう自身のことを分かってないことを上げるとワタシも雄也と同類かもしれない。それは嫌だなぁ。この考えに至ったことは忘れよう。