平和な日々・3
しばし、無言で海を見続ける。
波の音と遠くで遊ぶ子供たちの声が聞こえている。
なんだろう、こう、じぃっとしてると、どろっどろになりたくなってくる。
溶けだしたいなぁ。でも今溶けると有伽を操れなくなるから糸の切れた人形みたいになっちゃうんだよなぁ。
あ、そうだ。
有伽を寝転ばせて背中側からどろぉっと広がれば……
「ありゃ、梨伽さん寝るの?」
「あー、でもぽかぽかしてっから砂地で寝るのもええべな」
「んじゃ私も横になろーっと」
三人揃ってその場で寝転ぶ。
砂地に寝ると髪に砂が付いて面倒なことになるけど、有伽の髪はワタシがガードしてるので大丈夫。他の二人は、まぁ自業自得ということで。
あぁー、久々にどろどろ出来るぅ。
この拡散する感覚がさいっこうーっ。
砂を押し広げながら地下へと広がりどろーっと……
……
…………
………………
「さぶっ!?」
ぶるりと震えて踏歌が起き上がる。
少し寝ていたようだ。
風が心地よかったので思わず目を閉じたのがいけなかったらしい。
運が良いのかこの一角に人は来なかったようで、何か悪戯されたりはしていないようだ。
気付いたら顔以外砂に埋められていた、なんてことはここで寝てたらざらにあるのだ。
近くの悪ガキ共が見知らぬ相手だろうと関係なく埋めて来るので気を付けなければならない。
既に日が沈もうとしていた。
水平線にくっつきそうな西日は黄昏に染まっている。
随分と長い時間眠ってしまったようだ。
御蔭で肌寒くなってしまっている。
「あー、まさかこんな時間潰しをしてしまうとは」
「ふぁー。しもうた、なんか寝ちまったべよ」
「梨伽さんは……まだ寝てるね」
「もうちょっとゆったりさせたいけんども、寒ぐなってきとぅし、そろそろ雄也も終わった頃やろ」
と、言う訳で、二人に揺すられたことでワタシのゆったり時間は終わりを告げた。
はぁぁ、堪能。最高に幸せな時間でございました。
有伽の身体をしっかりと包み込み、ゆっくりと起き上がる。
夕日が沈んで行くのが見えた。
さぁ、起き上がるか、と思ったのだけど、座り込んだ状態で身体が動かなくなる。
あれ? と思ったが直ぐに気付いた。
有伽だ。有伽が立ち上がることを拒否している。だから外側から引っ張り上げようとするワタシが身体を動かせなくなっているんだ。
「もうちょっと、夕日見とく」
「あらら。でも寒くなって来たよ?」
「……もうちょっと」
「仕方ねぇべな。雄也呼んでぐっがら、それまでここにいるとええ」
「仕方ないなぁ、んじゃあもうちょっとゆったりしとくんだよ。私は寒いから帰るぜぃ」
踏歌が去っていき、根唯が雄也を呼びに行く。
砂浜には一人、座り込んで夕日を見つめる有伽のみ。
ただただ無言で沈みゆく夕陽を見つめ続ける。
「有伽……記憶、戻ったの?」
聞いてはみたが、どうもそうではないようだ。
何か、無意識でも働いているのか、夕陽を見て何を思っているのかわからない。でも、彼女が見ていたいというのだから、ワタシはここでもうしばらく、有伽と一緒にゆったりとしよう。
煌めく黄昏の海、沈みゆく太陽が水面に反射し始める。
二つの太陽が徐々に一つへと、そして水平線に消えて行く。
太陽が消え去り、辺りが薄暗くなるまで、ワタシたちはずっと夕陽を見続けた。
夕日が消えると、有伽の抵抗も無くなったのでゆっくりと立ち上がる。
丁度呼んで来たらしい、根唯と雄也がやってきた。
「おーっす、もういいのか梨伽さん」
「ん、大丈夫」
二人に合流して歩きだす。
帰るべき場所は何処でもいいのだが、とりあえず彼らは学校の校庭、その一角に住まわせて貰っている。
これは迷家を持つ雄也がいるからこそできることだ。
ちゃんと学校から許可を貰っているらしい。
学校の一角に辿りつくと、妖能力を発動、迷家が現れる。
雄也にも、根唯にも家族は居るはずなのだが、ワタシは一度も見たことは無い。
二人はここで二人暮らししているのだ。
聞いてみたくはあるものの、訳ありだって可能性もあるので聞いていない。
だって、訳ありのワタシたちを何も聞かずに居候させてくれているのだから。
「あん、お待ちくださいな皆さん」
何処からともなく、というか、迷家の軒下から唐突に出現した女がすたりと地面に着地してお辞儀する。
「私を放置して家に入ろうとしませんでした?」
「そんな事は無いよ。というか、ここに設置するって分かってるんだからいつでも来れるでしょ? えーっと、なんだっけ?」
「天原土筆ですわ」
現れたのはゴシックロリータファッションの少女。不敵な笑みを浮かべているのはなんかその方が登場シーンカッコイイでしょ? という理由かららしい。
彼女はとある事情で有伽を慕っている元ラボの刺客だ。
飛行機事故があった時は死を覚悟したものの、咄嗟に彼女が有伽を天井に引き込んでくれた御蔭で私たちは一命を取り留めた。
そして、この島に流れ着いたのだ。
言わばワタシにとって命の恩人である。まぁ、仲間だからそういうのは水臭いって言われるんだろうけれど。