犯人は有伽?
高梨有伽が体育館で皆と歓迎会をやっていた頃、一つ下の学級に所属する少女、常思慧亜梨亜は風呂に入った後、何の気なしに風呂場に戻ってきた。
何か嫌な予感がしたのだ。
暗がりの風呂場をゆっくりと、そして扉を一気に開く。
ばっと開いた暗い風呂場、そこに何者かの気配。
見上げた彼女が見てしまったのは、天井に張り付く人型大の生物。長く伸びた舌が天井を舐めまわし、亜梨亜に気付いた瞬間、慌てたように開かれた窓から逃げて行った。
あまりにも素早かったせいだろう、それがどういう生物だったか、など理解できず、ただ、天井を舐める変態生物。あるいは妖使いだと結論付けるしかなかった。
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翌日、私、高梨有伽がいつもの如く登校してぼーっと外を眺めていると、教室にそいつがやってきた。
怒り顔で肩を怒らしずんずんと歩く姿に、周囲の人が慌てたように道を開けて行く。
そんな少女が私の机にやってくると、どばんっと両手を叩き付けるように机に落とした。
「……あんたここに居たんだ?」
「それはこっちの台詞よっ。記憶消えたって聞いて何度か見に来て接触はしないようにしようって思ってたけど、流石にこれは許せないわッ」
突然やってきた女はなぜか怒鳴り散らすようにこちらを睨みつける。
ヒステリックブルーとでも言えばいいのか真っ青な髪の彼女は実は私の知り合いだ。
遠くに引っ越した筈だが、まさかこんな場所で会うことになろうとは思わなかった。
「刈華が居るってことは小雪もいるのか」
舞之木刈華。そして樹翠小雪。この二人は私に迷惑掛けないように、そして刈華の友人出雲美果の復讐でラボに目を付けられないよう遠くに引っ越したのだ。小雪の方は姉がいるのだが、お姉さんの雪花さんは高港市から動くことは無かったらしい。私の居た中学校の三年生として未だに現役のはずである。
「で? なんで怒ってるの?」
「なんでって……昨日のことよッ、覚えてないの?」
そも、こいつも小雪も中学一年だった筈だ。私のいるこの教室がこの学校の中学一年たちである。なぜ低学年、つまりは小学校四年から六年の教室にいるのだろうか?
「昨日? 良く分からないんだけど小学生は家に帰ってるんじゃないの?」
「小学生言うなっ! 中一の学年が人数過多だから一年下にされたのよっ」
なんだそれ?
「と、とにかく、容姿を聞く限り垢嘗なのよっ。あんたの能力も垢嘗でしょっ! まさか小学生女児の風呂場を舐めにくるとか何考えてるのよっ」
「……は?」
「おお、有伽さん、変態だったのか?」
「縊り殺すぞ雄也。とりあえず詳細を聞かせてくれる刈華? 何かの間違いだと思うし」
「間違い? じゃあ、あんたじゃないっていうの? 暗がりの風呂で天井に張り付いて長い舌で風呂場の垢嘗めまくっていた存在が? 気配に気づいて慌てて窓から逃げた存在が?」
「それ、いつぐらい?」
「亜梨亜が言うには夜8時くらいよ!」
私は思わずクラスメイト達に視線を向ける。
皆多分人違いだよって苦笑していた。
「そりゃ無理だんべ舞之木さん」
「あ、赤峰先輩。でもこいつしか居ないんですよ。この学校には垢嘗の妖使いこいつだけですし」
「一般人の変質者じゃないのか? 高梨さんは昨日その時間は俺達と体育館に居たぞ?」
「え?」
その通り。私は昨日根唯たちと歓迎会をしていたのである。
どんなに頑張っても見たこともない後輩の家で垢嘗など出来るわけがなかった。
「じゃあ、亜梨亜の見間違い?」
「見間違いかどうかは分からないけど、なんか嫌な感じね。私の妖能力と似た能力者がいるかもしれないってことでしょ?」
「え、ええ。というか高梨先輩、一人称ってボク、じゃなかったでしたっけ?」
「え? あー、猫被る必要無くなったから。それより刈華、その犯人見たって子にいろいろ聞きたいんだけど、問題は無い?」
「問題は無いけど……」
「じゃあ昼休憩、食事しながらとかどうだ? 俺の迷い家なら他人に聞かれることもないし」
「そう、じゃあ亜梨亜に伝えとく、小雪連れて来ても大丈夫?」
「……まぁ、いいけど」
そう言えばあいつ、真奈香みたいに私の事好きだとか言ってたな。
様変わりした私を見てどう思うだろうか?
あるいは、恐いと距離を置いて女性同士の恋愛から目覚めるかもしれない。
まっとうな道に戻るようであれば私は応援するよ?
刈華が教室を出て行く。
そうかぁ、刈華も小雪もこの学校では小学生扱いなのか。中一なのになぁ、可哀想に。
自分や葛之葉は運が良かったんだろうか? あ、でも私も一年巻き戻されてるから可哀想とも言えるのか。
ま、どうでもいっか。




