動き出す者たち
夕焼け沈む空の元、そいつは一人、そこにいた。
破壊され、無残に倒壊したおこぼれ山の神社。その屋根の上に座り込み、足をぶらぶらとさせながら、もはや貴重な電話機となったスマートフォンを開く。
「にょほほ、妾じゃ」
『ん、誰か分からんから切るぞ』
「うをい。折角いい話を持って来てやったというにつれないのぅ、同じ元クラスメイトであろう?」
小出葛之葉は遠く、夕焼けに染まる島の町並みを見降ろしていた。
ここ数年、ずっとここでこの夕焼けに染まる町並みを見続けた。
きっと、今しばらくは変わらずに見続けるのだろう。
しかし、変化は少しずつ、必ずやってくる。
先延ばしにしようとしても、それは必ずやってくるのだ。
遅いか早いかの違い、ではない。
いくら抗おうとも人の身ではどうにもならない変化だ。
『ふん、小出葛之葉。貴様相変わらずのようだな。人里離れた場所で暮らすと言っていたが結局精神面に変化は無しか』
「お主程ではないわ万年しかめっ面女め。あ、嘘嘘、切らないでたもれっ」
『で、なんだ? 用が無いなら着信拒否にしておくが?』
「なれ、本当に外道よな。と、とにかく落ち着くのじゃ」
『私は落ち着いている。落ち着くのはお前だろう。で、なんだ?』
「お主、黴を探すとか言っておったろ。どうなったかと思ってな」
『残念ながら所有者とは別れてな。生死不明だ。それがどうした?』
「高梨有伽。今妾んとこ居るぞ?」
『なんだと?』
怪訝な声。驚きが含まれていたがそれ程驚いたように聞こえないのは彼女の性格ゆえだ。
あの女は大抵のことには既に驚かなくなってしまっている。葛之葉よりもずっと昔より生きる本当の人外。人でありながら人で無くなった者へ、葛之葉は得意げに語りかける。
「にょほほ、居場所を聞きたいか? 教えんがの。にょほほほほほ。気になるか? 気になるであろう【天津神祖】よ」
『いや、生存が確認できたのならばいい。あと電波を手繰られんようにした方がいいのではないかトラブルメイカー。それとその名で呼ばれるのは不愉快だ。次に会った時その尻尾全て切り落としてやるから楽しみにしていろ』
会話が終わり、一方的に通話が切られる。
しばしツー、ツーとなる音を聞いた葛之葉は電話を切ってスマートフォンを仕舞う。
前に視線を向けると、丁度水平線に消えゆく夕陽が見えた。
「さてもありなん。母上が出会ったこのおこぼれ山で運命の出会いを待ってみれば、出会った相手は同じ女子であったとさ。母上のようにはいかんのぅ。妾も吸血鬼のようにあの男のモノになっておけばよかったかのぅ。あの吸血鬼、久々会ったらめっちゃくちゃに楽しそうに子供抱いておったしな。そろそろ寝取りに……ってそういえばあれ何十年前じゃったっけ。もうあの男も死んどるか……っ!! あ――――――っ!!」
そして葛之葉は思い出した。忘れていたことは同じクラスメイト、この島にもう一人居たことを彼女は思い出したのである。
そしてそいつは、高梨有伽が求めているだろう状況に答えをくれるかもしれない存在だった。
「うぅむ。教えておいた方がよいかのぅ、過去に戻って救えるかもしれんって……まぁ、その内でよいか」
それよりも、っと屋根からぴょいんと降り立つ。
「ラボと正面切って激突か。久しいのぅ。無理せんかぎりで手伝ってやろうかの」
鼻歌交じりに歩きだす。山を下りて向かう先は、新たに出来た我が家とも呼べる家。
葛之葉の影が日差しに照らされ長く伸びる。
たった一人、狐娘は誰も居ない神社を後にするのであった。
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そこは暗がりの部屋だった。
灯と呼べるのは台座に乗っていた蝋燭の火ただ一つ。
ぼやぁっとその光に浮かび上がる一人の男。
黒いスーツ姿にサングラスの男は、火の光が届く場所に一枚の写真を持って来る。
「それが、次の相手かい【うわん】室長?」
「ああ。今【尾取枝】と【ノウマ】が観測中。奴がいる島は遠いが、君が適任だと思ってね、葛城来世君」
灯の元へ、うわんとは逆の方向から一人の男が現れた。年の頃十代後半。
彼は髪を掻きあげ写真を見る。
「名前は?」
「高梨有伽。君に任せたいのは、直接の監視だ。可能かね、暗殺班第3班室長」
「はは。九十九ちゃんに室長譲っちゃったからね。いや、奪われた? まぁいいけど。とりあえず、そんな俺にさっさと死ねってことか。いいぜ、この娘の監視してやるよ。でもさぁうわん」
「何かね?」
「別に彼女にしてしまってもいいんだろう? 俺好みなんだよねぇ、落とせたら、この子殺すの止めね?」
「クク、お前はいつも対象に懸想するな」
「馬鹿言うな。あんたが紹介して来る相手がいつも俺のストライクゾーンなんだよ。結局落とす前に殺されちまうけどな」
「ああ。だからこそお前は死神と呼ばれているのさ。その力、存分に発揮してくれ」
「アホか。俺の能力は死んでから発揮されんだよ」
写真を受け取り、来世は部屋を後にする。
新たなラボからの刺客は、少しずつ、島へと集まりつつあるのだった。




