擬態枝
「くたばれ高梨有伽ァッ!!」
醜悪な笑みを浮かべて叫ぶ踏歌。
首が括りたい気持がどんどん湧き上がってくる。
何とかしたいが縊鬼を殺すことは不可能。やるなら踏歌だ。
けど踏歌を倒そうとするのなら、彼女の背後に陣取った樹木子の大木を何とかしないといけない。
その樹木子は枝を伸ばし、まるでここで首を括りたまえ。とばかりにゆっくりと私の元へ枝を向かわせてくる。
縄でも持ってたらヤバいところだ。
自身の舌で首括れるだろうか?
……危ないっ、思わず首括ることを優先して考えてた。
「ぬっはぁ、もう、なんか面倒臭くなってきたのじゃ!」
引き倒されては空に打ち上げられる葛之葉。
さすがに何度となく繰り返されればイラッと来るのだろう。
とくに脅威と感じていないぶん夏場の蚊くらいのウザさがあるようだ。
疾風尻尾で応戦しようとするが、実態のない二体は四方八方に疾風を打ち込んでも無意味だ。
どれ程攻撃しようと葛之葉の攻撃が通らない。
だから余計に焦れている。
土筆が対応してくれてるのは残骸と化した七人同行に操られた遺体、それが操っている首齧り、佐倉惣五郎の霊、ダキ。
彼らは全てガトリングガンの餌食となって移動すら出来ないでいる。
とはいえ佐倉惣五郎だけは銃弾喰らいながら私に向かってきているので油断は出来ない。
まぁ今は下がっていく力の方が大きいのでむしろ距離は空いてしまっているけれど。
その間にも私はゆっくりと樹木子向けて歩きだす。
下卑た笑みを浮かべる踏歌。
私はゆっくりと舌を出して木に巻き付ける。
首を……
首を括……
一本の枝に巻き付け浮きあがる。
踏歌が喜色満面で鼻歌を歌い出す。
きっと、他の死体たちもこうやって首を吊ることで死んだのだろう。
だから、首を括る……ように見せかけて殺さなきゃっ!
「へ?」
枝が樹木子から離脱する。
持ち上げられる力が無くなった私は木の枝を振るって踏歌に投げつけた。
枝が折れるなど予想していなかった踏歌は無防備にソレを受け入れる。
喉を貫通する【尾取枝】。
そう、私が投げつけたのは【尾取枝】の擬態した枝である。
細い幹にくっついていたので私の体重抱え切れずに落下したらしい。
ちゃんと落下してでも擬態を解くなと告げておいた御蔭で良い武器になってくれた。
「が? か?」
「ひ、ひゃあぁぁぁ!? わ、わわわ、裸螺のせいじゃありませんからぁっ」
即座に変身解いた裸螺は一目散に逃げて行った。
ちっ。逃げたらダメだろ。
穴が空いたせいで呼吸が安定したのかヒューヒュー言いながらも態勢を立て直す踏歌。
樹木子が怒り狂ったように私に攻撃を加えて来る。
枝をしならせ、腕の如く振り被って一撃、二撃。
一撃目をジャンプで躱す。
二撃目は一撃目の枝が引き戻されるのに合わせて舌を巻き付け回避。
ナイフで切り裂き、避けきれない一撃は草薙の自動迎撃に任せる。
「クソッ、クソッ、クソォッ!!」
喉から血を流し、口元に赤い気泡を吐きだして、東華踏歌が怒りに震える。
猛る樹木子、そろそろ遊びは終わりか?
樹木子の幹に着地してみる。根に囚われてないからだろう。樹木子に血が吸われるような様子は無い。
「殺ず、殺じでやうぅッ!!」
「小娘、奴の姿を認識するなっ! 新たな能力を使っておるぞ!」
来たか。七人同行のスキルの一つ。認識した相手に病魔の呪いを掛ける奴。
しかし、見ないというのは辛いな。
アレを認識せずに倒せってか。
私は眼を閉じ気配を探る。
私の妖能力は【垢嘗】だ。
垢嘗とは夜中風呂場で垢を舐めて風呂場を綺麗にしていく妖怪。
つまり、夜中、家の主たちに見付からぬよう暗闇での気配察知に優れている妖。
「良いぞ。それで良い。しからば募り募ったこの恨み、晴らさせて貰うぞ七人同行!」
「女狐がァ、邪魔ずるなァッ!!」
「にょほっ、踏歌ったら妾と闘いたくなぁいとか言っとった癖に随分な掌返しじゃの」
「黙れっ!!」
気配察知だけだとやはりキツい。
自分に向かって来る敵意には対応できるけど、こちらから葛之葉に意識を移した踏歌の動きを察知しきれない。
大丈夫なのか?
「反射尻尾、剣尻尾、盾尻尾、暗闇尻尾に……また貴様か料理上手め!」
自分の尻尾に怒りを放つ駄狐。
自身すら制御出来ないのかあの狐。
落ち着いて周囲の気配を探る。
縊鬼は? 眼を閉じたら首を括りたいとか思わなくなった。
どうやら視界に入ることでこちらに念波を送るタイプらしい。
眼を瞑っても敵が存在する限り念波が途切れない、というタイプじゃなくて良かった。
私は自身に飛び乗った異物を排除しようとしている樹木子の攻撃や振り落としに耐えきる。
踏歌が力尽きるのは時間の問題だろう。
ゆっくりと待てばいい、それだけのはずだ。
油断はしないがここであんたが死ぬのを待たせて貰うよ、踏歌。




