夢の終わり
「ようやく、尻尾を出したな……」
不意に、その声は聞こえた。
ワタシたち二人の近くで、ワタシたち二人以外の声が。
否。その声を、ワタシは知っていた。
ワタシでもなく、踏歌でもないもう一人の人物。
それはワタシの口から漏れ出た言葉。いいや、違う。ワタシが寄生した有伽から漏れ出た言葉だった。
その有伽の身体には一つの変化が、口から飛び出た長い舌が、何かを掴んでいた。
ワタシの背後に向かった舌、それを視線で追って行くと、サバイバルナイフを手にした踏歌の手首。
「踏歌……?」
「クラスメイト内に七人同行に近い存在が紛れてる。そこまでは気付いてた。誰がそいつかが問題だった。二人きりだから殺せるって、思ったか東華踏歌?」
な、何? どういうこと?
有伽? なの? 有伽、意識が、戻って?
舌に力を入れた有伽。踏歌の身体を持ち上げ投げ飛ばす。
砂浜に投げ捨てられた踏歌が海に転がった。
「あ、有伽? 意識戻ったの!?」
「ええ。少し任せてて悪かったわね。どうしても、ラボの協力者を探したかったの。まさか踏歌だったとはね。美織だけかと思ったけど逆だったわ。美織が被害者で踏歌が七人同行」
「え? ま、待ってよ有伽、踏歌は、樹木子で……」
「樹木子は美織の能力だったんでしょ。操ってたなら自分の能力として扱って見せることだってできるし」
そんな……じゃあ、屋良サンは……
「なぁんだ。バレちゃったのかぁ」
ゆらり、波間から立ち上がる踏歌。
俯いた顔に笑みが張り付く。
にぃと歪んだ口元に、ワタシは思わず戦慄を覚えた。
「踏……歌?」
「参った参った。なぁんか動きがおかしいから何かあると思ってしばらく観察してたけどさぁ、そういう理由だったならさっさと殺っときゃよかったなぁ。失敗失敗」
「踏歌? う、嘘、だよね?」
「ヒルコかぁ、まさか蛭子神が高梨有伽の身体を動かしてたとはねぇ。意識がない状態の時に殺しとけば楽だったのに判断謝っちゃったわ」
あくどい笑みを湛え、東華踏歌がナイフを構える。
さらに背後から追い付く七人同行の七人。
「一つ、聞かせて。屋良美織はいつ殺した?」
「えー、そんな昔のこと覚えちゃないわねー。確か去年の夏、ここに侵入した時だったかなぁ。バレちゃってさぁ。無防備に私、樹木子の妖使いなの仲良くしよね? なぁんて言って来たから殺したわ。ラボの暗殺班なんだからさぁ、自分の存在知ってる奴がいるのは困んのよ」
そん……な。じゃあ、じゃあワタシが話してた屋良サンは、話しかけて来た屋良サンは……
「死体と見せないようにすんの大変なのよ。子狐見付けちゃったし、そろそろ纏めて殺さないといろいろ面倒なことになりそうだったからね。ここで行動起こすことにしたけど。あー間違った。もっと早くに殺せばよかった」
屋良サンが妖能力を発動させる。
死んだ人の能力すら操るのか七人同行!?
「でも、本体が分かればやりようはある。でしょうヒルコ?」
「う、うん。身体の指令は返すね。お帰り、有伽」
だから、ここからは、ワタシはバトンタッチ。
そして私が動き出す。
私、高梨有伽は目覚めていた。
ずっと身体の自由をヒルコに受け渡し、私自身はクラスメイトで怪しい存在を探っていたのだ。
曲者揃いなのと島育ちのおおらかさのせいで特定までは行かなかったものの、怪しい存在を何人か見付けている。
その一人が、東華踏歌。
最初から私に語りかけて来てヒルコと仲良くなった。
でも、こちらを探るような視線だけは隠す事が出来てなかったのだ。
だから、いつでも反応できるように彼女に気を許すことは無かった。
ヒルコが囮で、私が補足役。
御蔭で尻尾を出してくれて良かった。
これで、心置きなくブチ倒せる。
七人の亡者が一斉に襲いかかる。
舌を使って美織の身体を軸にして自身を持ち上げ彼らの背後に。
一気に距離を取ることが出来て踏歌たちを海辺側へと纏める事が出来た。
「ヒルコ、ナイフ! 左から退避!」
「了解!」
告げると同時にヒルコの身体から取り出される稲穂のナイフ。
紫色に光る刀身だが、自身の身体を斬る時だけは内部に吸い込まれることはない。
だから、私は迷うことなく左の手首を斬りつける。
「全てを飲みこめ、【黴】!」
砂浜に着いた手からじわりと出現する黒い流動物。
それは妖の一種。
全てを喰らい増殖する黴の群れ。私の体内に寄生する妖だ。
【黴】の群れが七人同行に襲いかかる。
纏めて襲ってしまった方が楽だし、チェックメイトだ七人同行!
「これが黴か。でも残念、海を背にさせたのは失敗だったわね高梨有伽」
「っ!?」
「私が今まで待ったのが何故か、答えは増援が来るのを待っていたから。増援は濡女だけじゃないわよ、お前を殺すためにわざわざ集めたんだ。逃げ場は無いと知れ高梨有伽ッ」
黴が彼らを囲んだ。そう思った次の瞬間だった。
海から細い何かが飛んで来て七人同行全員と踏歌の衣類に引っかかる。
「まさかっ!?」
「いいよ、引っ張って、【磯撫で】」
次の瞬間、踏歌たちは海の中へと引き摺り込まれ、黴は目標を失い私の元へと戻ってくるのだった。




