天国の終わり
放課後、ワタシは雄也にお願いして野球に行く前に迷い家を出して貰っていた。
これは合図である。
何かがあれば迷い家を出す。するとこの軒下から彼女がやってくるのだ。
もちろん、敷地内に誰かいなければ直ぐに消えてしまう家なのだが、ワタシが軒下で待っていればそこに居る間は存在できる。
やがて、数分と経たず彼女は現れた。
ぬぅっと天井部分から出現し、ワタシの間横に着地する土筆。
優雅な着地を決めると、軽く礼をする。
「私を呼んだ、ということは、来た、ってことでいいですわね?」
「可能性の段階だけど、一応伝えないと、って思って。今日屋良さんが休んだの。でも、窓の外に屋良さんがいたの。ワタシが気付いた直ぐ後に踵を返していなくなったんだけど、なんだか不安感が拭えなくて、それに、なんだか、見付けたって、言われた気がして……」
「七人同行、の可能性が高い、ということですわね」
「可能性の段階だけど、でも屋良さんが休むのは珍し過ぎるし、もしかしてワタシたち、皆を巻き込んでしまったんじゃ……」
「今更でしょう。でも、そうですわね。そろそろ逃げるべきかもしれませんね」
「で、でも、今居なくなったら教室でワタシを探してるだろう踏歌や根唯が……心配するかなと……」
「巻き込みたくないのでしょ。なら逃げる時はささっと逃げないと」
「そう、だよね?」
天国のような平和な毎日。それはもう終わりを告げるようだ。
悔しいけれど、後ろ髪引かれるけれど、ワタシたちが生き残る為に、逃げないと。
「護衛は任せて」
「ん、がんばる」
「何を頑張るのじゃ」
うひぃっと思わず二人して声を上げてしまった。
気が付けば何も無い場所からくーちゃんが現れる。
「く、くーちゃん!?」
「葛之葉じゃというとろうが。で、何の相談じゃ」
うぅむ。困った、なんて言おう。と思って土筆に視線を向けると、既に土筆は天井に上がって姿を隠す直前だった。
あ、あの野郎、説明が面倒だからって逃げやがった!?
残されたワタシに近づくくーちゃん。
「さぁ、隠すと為にならんぞー」
「ええぇー」
理不尽な尋問が始まった。否、始まろうとしたけど始まらなかった。
「あー、こんなとこおっただか」
「あらら、迷い家でてるじゃん。なんでさ?」
「いやー、その、これは……」
「まぁ折角だし、今日は家の中で過ごそうか。トランプあるよ?」
何故持ってるの踏歌?
そのまま有無を言わさず迷い家の中へと連れ込まれるワタシ。
あの、これからワタシ逃げる予定……
結局どうにもならずトランプ大会に強制参加されられることになった。
いや、逃げようと思えば逃げられるんだよ?
でも、でもさ……皆の顔見ちゃったら、屈託なく笑う笑顔見せられたら、危険かもしれないってだけで逃げようなんて気持ち、鈍ってしまって……
ごめん、ごめんね有伽。ワタシ、もうちょっと、もうちょっとだけ、皆と一緒に居たい。
逃げないとって思いを必死に押し留め、トランプ大会に参加する。
楽しい。やっぱり、皆のワイワイするの好き。
ねぇ、有伽、もし、もしもだよ? このまま追手が掛からなかったら。ワタシ、ここでずっと過ごしてても、いいかな?
一時間程、楽しんだ。
ワタシはすでに逃げないとって気持ちは無くなっていて、完全に油断してしまっていたんだ。
だから、ガラリ。玄関が開かれた音を聞いても、雄也が帰って来ただけだろうって、思ったんだ。
「お、結構早かったな雄也」
根唯が立ち上がって雄也を迎えに行く。
踏歌とくーちゃんは大富豪でワタシが何を出すかを待っている。
んじゃー、何を……
「あれ? 屋良さんでねぇべか。今日休んどったのにどうしただ」
え? 屋良……サン?
ゾクリ、全身が粟立った。
「根唯ッ!!」
慌てて立ち上がり根唯を助けに向かおうとするが、ワタシの動きは鈍過ぎる。
ワタシが駆け寄るよりも速く、ゆらりと動いた屋良サンが根唯向けて飛びかかった。
ひぃっと逃げようとする根唯。しかし至近距離から飛びかかって来た屋良サンを避ける術は……
ダンッ
天井からソレは高速で襲いかかった。
飛びかかった屋良サンの額をゴム弾が弾き飛ばす。
遅れて尻持ち着いた根唯。
「大丈夫でして?」
「土筆!」
「さっさと逃げてれば巻き込んだりしなかったかも知れませんのに、何してますのッ」
「ご、ごめんなさいっ」
「え? 何、何?」
驚く踏歌を無視してワタシが逃げだす。
天井から降りて来た土筆は屋良サンの腕を持ち上げると、思い切りスイングして投げ飛ばし外へと吹っ飛ばした。
「こ、殺した?」
「まさか、皆さんの見てる前でクラスメイトを倒す訳にはまいりませんから。ゴム弾による峰打ちです」
「それ、峰打ちとは言わないと思う」
ワタシたちは軽口を叩きながら逃走を開始したのだった。




