エピローグ・逃げ続けた先にあったもの
「滅菌しなさい、早くっ」
高梨有伽が落下した。
胸を貫かれたのだ、確実に死んだ筈。
その筈なのにやってくれやがった。
「無理です隊長っ、もう間に合いません!」
黒い塊と化した【鎗毛長】を助けろと【瀬戸大将】に叫ぶが、既に【黴】は【鎗毛長】を侵略し尽くしていた。
悶える塊は徐々に動きを失っていく。
確実に倒せる存在を殺しただけのはずなのに、まさか人員に損耗がでるとは想定外だった。
「いいわ、被害をなくすよう滅菌して、今すぐっ」
「はっ」
【瀬戸大将】が黴専用の消毒液を散布しようとした瞬間、笑い声が聞こえた。
くすくすと私たちをあざ笑うように。
誰かいるのかと見回してみるが誰もいない。
いや、これは……【黴】の笑い声? 【黴】が、笑った?
【黴】に意識を向けた途端、【黴】が海に向かって進みだす。
薬剤を吹きかけるも、ぎりぎりで回避して海の中へと消え去った。
「何が……?」
【黴】が笑った? 意思がある? まさか……そんなことありうる?
「【瀬戸大将】、【禅釜尚】は崖下に降りて遺体の捜索。【虎隠良】は報告に行って」
チームの面々が散っていく。
私は一人になると、【鎗毛長】の亡骸に近寄った。
もはやそこに痕跡は殆どない。
最後の最後でやってくれる。
さすがに私が呼ばれるだけあって危険な妖使いだった。
自分でトドメを誘うとした時嫌な予感がしたから【鎗毛長】に任せたけど、正直正解だった。
自分が殺していたら自分も殺されていたところだ。猫又の尻尾がぶるりと震える。
追いこまれてたけど、絶望してたけど、それでもあそこまでするなんて……
落ちて行った少女を追うように海を覗き込む。
一歩間違えれば、私も同じ道を辿っていたかもしれないと思うと、胸が痛んだ。
でも、私は自力で居場所を勝ち取ったのだ。
彼女には悪いが私には私の居場所がある。
「せめて、安らかにね……高梨有伽さん」
海から視線を逸らした刹那。
ほんの一瞬だけ、海が紫色に輝いた気がした――