断頭台へと歩く者
終ったって、思った。
真奈香が死んで、隊長を殺して、グレネーダーから逃げて、家族を失った。
せっかくできた友達も、学校も全部捨てて、好きになった人も【黴】もヒルコもいなくなった。
草薙ぎも母さんに奪われて、もう私には何もない。
どの組織にも属せない私は、研究所の刺客から逃げおおせるだけの力がない。
あ、はは。もう、ダメだ。
もう終りだ。
何もなくなった。
なくなっちゃったよ……
何がいけなかったのかな? 何処で間違っちゃったのかな?
ただ、自分だけの居場所が欲しかっただけなのに……
逃げて逃げて逃げて逃げて、そして全て失って。
生きたいと願って、結局私も居場所を奪われる側でしかなかった。
逃げてばかりじゃ……ダメだった。
おぼつかない足で歩きだす。
目から溢れる涙で前も見えない。
鼻水なのか、涙なのか、口の中に入ってきてしょっぱかった。
顔が見せられないくらいぐちゃぐちゃだって分かりながら、それでも前に歩く。
歩いたところで何もないって分かってるけど、でも、歩きたい。
せめて歩けば、いつか何処かに辿りつけるんじゃないかって、最後の最後の小さな希望だった。
辿りつく場所などありはしない。
約束の場所など存在しない。
逃げた先には何もない。
だけど……
ああ、だけど……
いつかどこかで見た夕日。
まるで誘われるように歩いてしまう。
まるでそこに、あいつが待っているように。
ごめんね、あなたが命を掛けて守ってくれたのに。
私はもう、無理みたい……
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「そこまでよ、高梨有伽」
不意に、誰かの声が聞こえた。
聞いたことのない女性の声。でも、何者なのかはすぐに分かった。
なんだっけ、確か……そうだ八十神九十九とかいう三班の代表だ。
「まさか、あんた相手に本当に私の出番が来ることがあるなんて思ってなかったわ。ほんと、危険な妖使いよねあなた」
「危険? 私が……」
私が危険? ただの【垢舐め】が危険だと?
袖で顔を拭いて、私は後ろを振り返る。
そこにいたのは黒づくめが五人。新手の暗殺部隊だ。
「妖研究所暗殺部隊第三班。コードネームは【猫又】。あなたの居場所を奪う者よ」
知ってるよ、しつこいねあんたたちは……
こいつら、ほんとに何班いるんだろうね。
ああ、もう、どれだけ倒しても出てきそうだよ。
……いいか。もう、抵抗するだけ無駄なんでしょ?
疲れたよ。
殺したいんでしょ? 殺したくて堪らないんだよね?
だったら……
「っと、居場所を奪うとかいっちゃったけど、なんだか今にも自殺する気満々って感じよね、私たちが手を下す意味なさそうなんだけど」
自殺?
言われて気付いた。
いつの間にか自分は崖に立っていた。
あいつに誘われやって来た。
夕陽を見つめて抱きしめられた。
私を好きだと言ってくれた。
大切な、大切な……もう二度と抱きしめてくれない人のお気に入りの場所。
岸壁の上だ。足元にはまだ地面があるが、後一歩踏み出してれば落ちていただろう。
これでは確かに自殺と思われても仕方ない。
ただ、選択肢は二つだ。ここから飛び降りて死ぬか、目の前の奴らに殺されて死ぬか。
どっちに転んだところで私の結末はもう決まってる。
すでに、他の選択肢は全て失われ、バッドエンドのみがちらついている。
今の私は箱の中の猫。
半死半生。生きているけど、死んでいる。
すぐ後には死んだ未来が待っているけど、そこに辿りつくまでは、死んでいるかもしれないし、生きているかもしれない。
ただ、何もせず死ぬのって、悔しいから、私の、私なりの最後の抵抗を……
「なに? 来ないの? 攻撃しないなら全員殺すよ?」
私の言葉に、リーダー格の女が溜息を吐く。
全て理解して、この抵抗に意味がない事を知って、彼女は部下の一人に言った。
「【鎗毛長】、あんたがトドメ刺したげなさい。できるだけ楽に死ねるよう、心臓を貫くの、できるわね?」
黒尽くめの男が一人、私の前へとやってくる。
何も持っていない右手に、力を集中させて。槍の形で顕現させた。
必死の形相で、雄叫び挙げて、私は一切動かないのにバケモノに挑むように槍を突く。
「……これで、終るのかぁ……」
私の胸に槍が刺さった。なんでだろ、すんなり見守ってしまった。
それはもう、簡単に。
今までがなんだったのかと呆れるくらいに。
【鎗毛長】が嫌な顔で喜びの声を上げる。
本人は大物を殺せて大喜びなんだろう。
そっか……私死ぬのか。こんな奴に殺されるのか……
できればあのリーダーさんがよかったな。私のことわかってるみたいだし……同じだもんね九十九、あんたと私は……ちょっとだけ、何かが違っただけの同じものだ。
ああ、でも、もういいや。
ごめん真奈香。私、やっぱり逃げ切れなかったよ。
悲鳴が上がる。
よくわからないけど刺された部位から何か黒いものが飛びだし【鎗毛長】に付着していた。
【黴】? 一瞬そう思ったけどそれはない。
だってあいつらは母さんに付いて行ったんだもの。残ったモノなど何も無い筈だ。
全員あっちに移転して、私の血は赤に戻っていた。
ほら、見てよ。私から血が出てる。赤い、赤い血だ。
私も人だったんだよ。久しく見て無かったなぁ、自分の血。
黴はもう、居ないんだよ。私の身体は、永住の地じゃなかったんだよ。
そのはずなんだ。
【鎗毛長】が槍を手放し悶え始める。
反動で私は数歩下がり、ぐらりと視界が回る。
ああ、崖だったっけここ。
刑事ドラマで最後のシーンによくあるような風景。
あはは、それじゃこれって、ラストシーン? 犯人の最後って奴かな?
待ってて真奈香、今、そっち行くから……
落ちていく。
私の身体が、視界が、意識が、どんどん落ちていき、やがて……
遠くの方、銃声が一度、聞こえた気がした――