ホントの気持ち
「たはー、やっぱダメだったぜぃ」
額をぺしんっと叩き、高梨留美は努めて明るく告げる。
報告を聞いていた九十九はその陽気な顔に思わずため息を吐いた。
「あのねぇ、あそこまで追い詰めといて失敗って。暗殺班としては致命傷じゃない?」
「ぶーぶー。だってよー、お腹痛めて産んだ子が自分生まれてきちゃダメだったのって顔で見上げてくるんだぜ、無理だって。あんなの母として殺せとか無理だって。仕事だと割り切っても無理なもんは無理。あたしにも人の心って残ってたんだにゃー。……あと、お願い」
急に表情を消す留美。
ソレを見た九十九は溜息吐いて彼女の傍に寄ると、両手を広げる。
「仕方ないから少しだけ胸貸してあげる」
「ん……」
九十九に甘えるように抱きしめ、留美はただただ静かに涙を流す。
やっぱり、彼女にとっても娘を殺せというのは酷だったのだろう。
少し、留美の気持がわかったようで九十九は……
むにゅり、胸を揉まれた。
ん? と怪訝に視線を向ければ、エロいおっさんのような顔をした留美が居た。
「おいこらエロババア、何してる?」
「だって、胸貸してくれるっていったから。そりゃ揉むでしょ?」
「よし、分かった。あんたがどうしようもないクズだってことがね」
「バカなことをしてないでさっさと戦闘準備をしろ。高梨有伽とて放置していれば逃げだすぞ?」
「まぁ、しばらくは放置しといても、というか、アレはもう放っといても死ぬんじゃないかね?」
自分の娘でしょうが!?
思わず叫びそうになりながらも必死に留美を引き離す九十九。
最後に蹴りつけるとようやく離れた。
「全員戦闘準備。高梨有伽の殺害は私達に回されたわ。一班の尻ぬぐいに行くわよ」
「「「「了解」」」」
九十九指揮の元、チームメンバーが動き出す。
一人、残ったうわんの元へ、彼らを見送った留美がやってくる。
「辛いことをさせたな」
「そうでもない、かな。でも、肉親だろうと手を抜けないってのは、辛いねぇ」
ぽんっと頭の上に何かが乗る。
留美が見上げると、うわんの手が頭に乗せられていた。
「あたし、子供じゃないんだけど?」
「子供じゃなくとも子供のように泣きたい時もあろう?」
「うわーんって? でも、ありがとねうわん」
「何がだ?」
「あんたが客として来てくれて助かった。何も知らないまま分からないまま、夫と死に別れて娘も指名手配になっててさ……正直、絶望してた」
「それでも、だ。会いに行くだけでよかったのでは? 殺し合う必要性は無かったし黴を奪う必要もなかろうに」
「黴があれば有伽はバケモノのままだもの。最後くらいは、人として、ね」
顔を伏せ、震える声で告げる。
果たしてこれが演技か素か。本音を隠し続けて生きる留美の真意を計ることなどうわんには無理だった。
もともと、彼女の暗殺班入りはだいぶ昔から確定していた。
うわん自らスカウトしたのだ。
まさかその娘がこのようなことになるとは思ってもみなかったが、さすがに当事者なのに何も知らずにいさせる訳には行かず、理由を話に行った。そのことを後悔はしていない。
ただ、高梨有伽を殺す一助になってしまった事だけは、うわんにとっての誤算だった。
彼女がここまで有伽を追い詰めるとは思っていなかったのだ。
仮にも母親なのだから、殺したりはしないだろうと思っていたが、それでも追い詰めるには充分過ぎる働きだったと思う。
ここから、高梨有伽が挽回することは不可能に近い。
あえて言わないでおくが、おそらく、留美がここに来なければ有伽が全てを失うことにはならなかっただろう。
まさに、母により生存活動を否定されたに等しい。
そんな娘の姿を母に焼き付けさせて、本当に良かったのだろうか?
「君の言っていた本部勤めの件だが、私からも口添えしておこう。さすがに本部も娘を殺せなかったからといえども君に厳罰は行うまい。後のフォローも三班に任せているし。君の判断は仕事としては間違っていない」
「うるせぇやい、ばーか」
もう少し、レディに対しての慰め言葉にいいセリフがなかったのか。暗にそんな思いを乗せた言葉を呟き、留美はただただ頭を撫でられるに任せた。
その頬を一滴の涙が伝ったのを、うわんが気付くことはなかった。
「ねぇ、うわん」
「なんだ?」
「サービスするから今日、寝ない?」
「妻が居るので却下だ」
実際問題彼女と同衾するつもりは全く無いうわんは即答する。
その言葉を皮きりに、留美はまた、ひょうひょうとした顔に戻り、軽口を叩きながら島の支部へと戻るのだった。
「ごめんね、有伽……あとは、任せて」
小さく呟かれた声は、風に乗って流れて消えた。
誰もそれに気付くことは無く、誰かの耳に届くこともなかった。
あとはもう、振り返ることの無い留美は、有伽の結果を聞くことも無く帰路に付くのであった。