殺す者、来(きた)る
青海の空。
雲一つない晴れた空に、一機のヘリが飛んでいた。
高梨留美は手でひさしを作りながら近づいてくるヘリを見上げる。
玉藻は今この場に居ない。
ヒルコが黴に食いつくされたのを見届け、有伽を追ってさっさと行動を開始したのだ。
そんな玉藻を放置して、既に電話をかけていた留美は待ち合わせ場所へとやって来たのである。
彼女の前に、ヘリがゆっくりと降下して来る。
強烈な風が吹き荒れるが、留美は意に返すことなくただただヘリから降りて来る人物を見守る。
「ちょっとぉ、なんでまた呼ばれるわけっ!?」
ヘリの駆動音で聞き取りづらいが、大声で叫びながら降りて来たのは、八十神九十九。
暗殺班の三班室長をしている彼女に、留美は連絡を取っていたのである。
ヘリからは別のメンバーも降りて来る。
「お、新顔だにゃー。どちらさん?」
「私が今回率いる部隊員だってさ。えーっと、こっちから【瀬戸大将】、【鎗毛長】、【禅釜尚】、【虎隠良】の四人。あとお目付け役の【うわん】」
「あんたまた来たの?」
「煩い。私だって来るつもりはなかった……お前の娘は、どうなった?」
「さぁ? 黴は奪ったし、自動で防御してくれる剣もほれ。ヒルコも引き剥がしたし、土筆ちゃんによる援護も期待は出来ないっしょ。後は……垢嘗め能力くらいでない?」
「ちょっと見ない間に一気に奪われたのね。燭陰相手の時は滅茶苦茶強そうだったのに、やっぱりあんなバケモノでも殺されるのか……」
九十九の言葉に誰も答えない。
何事もなかったように留美はうわんと話し始め、他のメンバーは室長の指示待ち。
まだ出会って間もないのでコミュニケーションも取れないこの状況では、流石のアイドルといえども空回っているようだった。
「はぁ、で、私が呼ばれたのってなんで? もう殺せる段階なんでしょ?」
「それがねー。一班が玉藻ちゃん残して全滅しちゃってさー。玉藻ちゃんも能力が火球だけしか使えなくなっちゃってるし、片腕失ってるしで取り逃がしかねないじゃん。一度はぐれてから何処行ったか分からなくなっちゃったし。なので私から逃れた場合に仕留める役を頼もっかなぁーって思ってね。一応娘だし? 手心加えちゃうかもじゃない」
「あんた絶対碌な死に方しないでしょ。まぁ、こっちも生きるための仕事だし、あり得るかも知れなかった未来を殺しに行ってあげるわ。一歩間違えてれば高梨有伽の辿った道は私の未来だった訳だし。残念ね、娘さん助けられなくて」
「……どうでもいいわ」
それまで笑顔だった留美の表情が消える。
一体彼女が何を思い娘を殺しに向かったのか、九十九には分からなかったが、この話題をこれ以上広げるのは危険だということだけは理解した。
「うわんさんや、私達は基本見学ってことでいいのよね?」
「らしいな。高梨留美は気分屋だ。高梨有伽を殺すよりもいい男を見付けたらそちらに向かいかねない女だからな。いつでも動けるようにはしておけ」
「私、いい女もイケるわよ?」
「うわー。近づかないでね変態」
「え? 近づいていいの? うりうりー」
「ひぃぃ。来るなっ。め、命令命令、全員この変態から私を守って!」
「初の室長としての命令がソレはちょっと……」
「俺らの仕事じゃねーんで」
「巻き込まれたくないので」
「ま、がんばれや」
「ちくしょぉ、テメーら絶対に過労死させてやるからなァッ!!」
逃げだす九十九とソレを追い始めた留美。
うわんたちが彼らを追ってゆっくりと歩き出し、ヘリが浮上を開始した。
「さて、高梨有伽……私に抗うと論じて見せたお前の未来は、ここで終わりなのか……?」
「うわんさん、まるで生き残ってほしいって言い草っすね」
「鎗毛長か、私としてはできるだけ生き残ってほしいさ。何しろ実の母親が殺しに来るんだ。ここで娘が死ぬなど、流石に居たたまれんよ」
「あー、そりゃ確かに。あの女、なんで娘殺しに率先して参加してんだろな」
「確か、夫さんも殺されたんだよね?」
「虎隠良、それはあまり言うべきことでは……」
「そうだけどー、気になるじゃん。いくらなんでも冷血過ぎじゃない?」
「上層部の肝入りだろ? なんでも自分から立候補したらしいじゃんあの女」
「夫殺された後だったでしょ? 普通殺した組織に自分売り込んだりする?」
「それだけヤバい女ってことだろ。そんなどうでもいい事言ってる状況じゃないぞ虎隠良」
ここには既に殺害対象者が潜伏中なのだ。
仲間内のピクニック気分の新人を窘め、彼らはゆっくりと二人の後を追う。
追い付いたところには、抱きつこうとする留美と、猫のように四つん這いで尻尾をパンパンに膨らませる九十九の姿。
シャーっと威嚇する九十九の尻尾は既に八百万尾となっており、全力で闘う気満々だった。
流石にこれ以上はマズいとうわんが命令し、瀬戸大将たちがやる気なさそうに留美を拘束するのだった。