助けてくれるって、言ったじゃないッ
洋館の地下、たった一人、よろめきながら走る。
もう、走っているのか歩いているのかわからなかったけど、それでも身体を前へと押し出して行く。
助けて。お願い。
過去に戻れる技術を開発してたんだ。
だったら……
辿りついた研究施設。
後悔を無くすために過去を変えようと抗っていた老人の部屋。
そこには……
「あぁ……そんな……」
そこには……モニターを食い入るように見つめる老人の姿。
一瞬安堵を浮かべ、しかしモニターに飛び散る赤い飛沫に全てを悟る。
老人は、既に死んでいた。
後頭部から銃撃の一撃。
モニターに全てをぶちまけ、命を絶たれていた。
既に皺くちゃで何時死んでもおかしくなかった老人は、もう、居なくなっていた。
縋りつくべき存在は既に、私より先に逝っていた……
その光景を見てしまったがゆえに、私の中の何かが切れた。
その場にへなへなと力尽きる。
立ち上がらなきゃ、逃げなきゃ、なのに、身体が、動いてくれない……
運命に抗った名もなき誰かは死んでいた。
運命に抗うことを愚かだと突き付けるように、その死にざまが、まるで自分の末路のように感じてしまう。
ダメだ。心が弱ってる。
立て続けに失い過ぎて、私、もう、歩き出せないよ……
土筆とヒルコはどうなっただろう?
母さんはなぜ敵になってしまったの?
誰か、教えてよ。助けて、誰か……
父さん……真奈香……隊長……来世……
私、もう、どうしたらいいか分からないよ……
闘う手段もなくなっちゃった。
黴も、流亜ちゃんから貰った草薙も、助けてくれていた土筆もヒルコも、皆、皆いなくなっちゃった……
どこで、間違えたんだろう……
ねぇ、誰か、教えてよ?
私、何がダメだった?
抗っちゃダメだったの?
言われるままに死ななきゃダメだったの?
父さんの仇、討とうとしちゃダメだったの?
助けて……
助けてよ。
誰か……助け……
そう、だ……
助けてくれる人、いるじゃない。
最後の選択肢。ここだ、彼はきっと、私がこうなることを見越してたんだ。
ソートフォンを操作する。
電話だ。母さんたちに居場所がばれるかもしれないから直ぐに移動しないとだけど。
でも、助けてくれるはず。
助ける。そう言ってくれるだけでいい。
それだけで、多分私は歩きだせる。
また前を向ける。
誰でもいいんだ。
ただ一人でいいんだ。
私の味方がまだいるんだって。言ってほしい。
だから、電話。掛けるよ? 止音君。
二度の着信音の後、目的の人物が電話に出た。
あ、私……今更ながら気付いたけどなんで部屋の隅っこで三角座りしてるんだろ。
幾ら追い詰められてるからって、はは、これは無いよね? あは、はは。何してるんだ私。
これじゃまるで……全てに追い詰められて逃げ場がないみたいじゃない。
『やぁ、久しぶりだね有伽』
懐かしい声に思わず涙が零れる。
頼れる男性の声に歓喜が沸き起こる。
ああ、そういえば私って、女の子だったんだなって、今更ながら再認識してしまった。
「あの、ね……」
感動なのかなんなのか、涙だけじゃなく鼻水も出そうになって、ぐずってしまって声がでなくなる。
たった一言、助けてって言葉が出て来ない。
ちょ、っと、待って。ちょっとだけ。落ち付くから。すぐに落ち付くから。
幸い、止音君は出来る男だった。私の感情が落ち付くまで何も言わずに待ってくれる。
「その、ね。前に、さ。グレネーダー抜けても俺のとこにはいつでも来ていいよって、言ってくれたじゃない」
『有伽……』
「路頭に迷っても俺は必ず貴女を救ってみせるよって言ってくれたの、覚えてる?」
『有伽、あのさ……』
「お願い、私を……助……」
『ごめん』
「……え?」
『無理だ。今の君を助けることは出来ない』
…………?
え? 今……なんて言った?
私の聞き間違い?
「え? え? どういう……」
『確かに、俺は君を助けると言った。でも、今は無理だ。機じゃない』
……は?
「今は? 無理? 今だよっ!? 今じゃなきゃ私死ぬよ!? 母さんに殺されるんだよ!? 今を逃して何時助けるのッ!?」
『今の君を助けることは出来ない。残念だけど他を当たってくれ』
他が無いからあんたをっ! なんで? なんでなのっ!?
機じゃない? 何それ?
私、もう逃げ場ないよ? 沢山のモノ失ったよ?
あなたが最後の希望なんだよ?
機じゃない? 何が機なの?
今逃したら、私殺されるんだよ?
「私のこと必要だって、言ったじゃないっ、なんでっ」
『今、君が頼るべきは俺じゃない。他を当ってくれ』
無慈悲に言い放った彼は、そのまま電話を切った。
なんで? どうして?
今はダメなの?
今までと何が違……
「っ! そう、か。【黴】がいないから……」
気付いてしまえば簡単だった。
止音たちが欲したのは【垢嘗め】の妖使いである私じゃない。
【黴】の妖を持った私だった。
でも、その【黴】は母さんの手に渡った。
ゆえに、彼らには私を助けるメリットがない。
「助けてくれるって……言ったじゃない……」
最後の助けと思った私がバカだった。
知らず握った掌が白く震えた。
「助けてくれるって……」
すでに通話は切られていた。
一方的に向こうから遮断された。
助けてくれるなんて、なんて、浅はかな事……
「言ったじゃないッ」
力いっぱい地面を殴った。
とても痛い。
痛いけど、心の中はもっと痛かった。
涙と嗚咽が溢れだす。
自分でももう、感情をコントロール出来なかった。
私は泣いた。
人目はばかることなく取り乱す。
何をしてるかすら分からない位に。
生まれて初めて……本当の絶望を、知った。