助けてよ、誰か……
走っていた。
何処へ向っているのか分からずに。
走っていた。
何故走っているのかも分からずに。
走っていた。
息が切れて苦しいのに。
走っていた。
もう、止まってしまいたいのに。
足だけは、諦めることなく前に出る。
だから――――
「……あ?」
走る先に、誰かがいた。
二人組の誰か。
見覚えのある後ろ姿に、思わず駆け寄る。
「葛之葉っ」
「にょほ? おお、高梨有伽か。んん? 主、本当に有伽かや?」
笑顔で駆け寄ろうとして、立ち止まる。
振り向いた葛之葉の間横に居た男に、身体が咄嗟に止まったのだ。
「ケン……ムン?」
「チッ、貴様に見付かったか」
「にょほほ、こやつ妾と同じ妖でな」
なんで?
なんで、暗殺班のこいつと葛之葉が一緒にいるの?
あんた暗殺班に追われてるんじゃ……
不意に、フラッシュバックする葛之葉の記憶。
なぜ、この狐娘は社に居たのか?
待ち人とは誰だったのか?
なぜ……今、ケンムンと共に居るのか……
「……敵、だった?」
「にょほ?」
「む? ああ、そう判断したか」
何故だろう。笑顔でこちらを迎える葛之葉の顔が、急に不気味に思えて来た。
彼女の影には九つの尻尾。
そう、九尾だ。
なぜ、なぜ自分はこいつを仲間として認識していたのだろう?
これほど得体の知れない妖怪という生物を。
「有伽?」
ダメだった。
話をするとか近寄るとか、そんな気分は一切消えた。
踵を返し走り去る。
葛之葉が何かを叫んでいたが、私には何も聞こえなかった。
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「なんじゃあやつ?」
「どうやら先程まで殺し合いをしていた俺が居たことでお前も裏切り者と認識したのかもな」
「にょほ!? ちょっとケンムン、お主なんつーことしてくれる!? 妾が長時間かけて作りあげた信頼を!?」
「そう思うなら教えてやったらどうだ?」
「それは……無理じゃな。死に向かう者に何を言うても無駄じゃ。もしもまた生きて会うことあらば、その時、じゃろうな。まぁ、無理か。アレは……もう終わりに近い」
「終わりに近い?」
「なれ、見ておらんのか? 有伽の妖反応、減っておった。ヒルコ達とはぐれたか、あるいは……」
「……そうか。どうやら本当に俺の仕事は終わったらしいな。他の奴らに見付からないうちに帰るぞ」
ケンムンと葛之葉は有伽を追うことを諦め、踵を返す。
ここに道は分かれた。
もしも高梨有伽がケンムンを気にせず葛之葉と話し合っていたならば、結末はきっと、違ったモノになっていただろう。だが、蜘蛛の糸を登ることはしなかった、あまりにも怪しかったがゆえに、有伽は助かる道を袖に振って逃げだしたのだ。
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走る。
走る。
必死に走る。
息は絶え絶え。
身体は鉛。
手足は棒のようになる。
それでも有伽は走るのを止めなかった。
なんとか逃げようとひた走る。
その先にあったのは……
「あ……」
また、足が止まった。
逃げた先にあったもの。
それは巻き込まないようにと避けた学校だった。
逃げ込めば、きっと皆は助けてくれるだろう。
でも、それでいいの?
また死ぬよ。
また、有伽の大切な仲間たちが死んでいくよ?
脳裏に響く自分の声。
恐怖が鎌首を持ち上げる。
助けて、と縋りたい。
私を救ってと叫びたい。
でも、ダメだ。皆はきっと助けに来る。だから、直ぐに殺される。
彼らを巻き込んではいけないのだ。今の母さんには黴がいる。
優しい人々だからこそ、この絶望的な闘いに巻き込んではいけないのだ。
できるなら、また、あの暖かい迷い家で皆と……
目元に熱い何かが流れる。
顔を伏せ、必死に込み上げるモノを我慢した。
振り払うように顔を振り、唯一。自分を助けてくれるだろう暖かい場所から逃げだす。
ここはダメだ。ここに逃げ込むのはダメなのだ。
頼ってしまいたいが頼ってはいけない場所なのだ。
「見ぃ付けた」
妖反応があったので接近には気付いていた。
学校からしばし走ったところで追い付いて来たらしい玉藻の姿。
稲穂のナイフを握りしめ、炎弾を切り裂き必死に走る。
今は、今はまだ逃げるしか出来ない。
体勢を立て直さないと、落ち付かないと。
こんな引き裂かれた思考と心じゃ母さんと相対なんて出来やしない。
もう一度会わないように必死に逃げる。
森の中に飛び込み、玉藻からの追跡を振り切る。
そうだ。あそこだ。あの老人の地下室ならッ!
逃げ場を思いだし速度を上げる。
身体はすんなりと動いてくれた。
辿りついたのは焼け野原とかした洋館。
玉藻の一撃で消し飛んでしまったのだ。
必死にがれきをかき分け地下室への扉を探す。
もう、頼れる場所も人も殆ど無かった。だから、多分。この人が私の最後の……