終わり、始まり
燃えていた。
大切な仲間が手を差し伸べて、直後、燃えた。
彼女が居た家屋が、無情にも、無残にも、火球を受けて燃えていた……
「あぁ……」
「はは、あはははははっ! やった。土筆を、ようやくッ! ありがとよぉ、高梨有伽ァ!」
女狐の高笑いが聞こえる。
燃える家をただただ見つめる。
何が起こった? なんで、こうなった?
……嘘だ。
嘘だ。
嘘……
「おいおいアー坊、他所見してる暇、あるのかにゃ~」
っ!?
風圧が空を斬った。
声が掛からなかったらヤバかった。
私の首が草薙に落とされてるところだ。
飛び退き相手を見れば、母の顔。
思わず全身が硬直する。
ダメだ。私は……母さんが目の前にいるだけで闘う気力が消し飛ばされる。
母さんとは、やっぱり闘えない。
しかも玉藻も健在。
土筆は……クソ、ここは本気で逃げなきゃ……
「逃走なんざ許すわけねーだろッ!」
あの野郎、さっきまで死にかけてたくせにっ。
私が、私が母さん目の前にして戦意無くしたせいだ。
ごめん土筆。私のことずっと助けてくれたのに……
しっかりしろ高梨有伽。このままじゃ犬死にだ。
敵だ。
目の前に居るのは、敵だ。
母さんの顔をした。敵だッ!
「有伽、母さん相手に……大丈夫? 無理だったら本当に逃げた方が……」
「いい、大丈夫。覚悟しないと、だよね」
頬を叩く。
殺さなきゃ。
敵は、皆殺さなきゃ。これ以上土筆みたいに被害者が出ないように。
母さんだったとしても……殺さなきゃッ。
稲穂から貰ったナイフで右腕を斬る。
覚悟を決めろ。
そうだ。殺すつもりになれば一瞬なんだッ。
「黴、目の前の敵を……殺せェッ!!」
「っ!? 有伽、ダメッ」
「うげっ!?」
「あら……」
慌てて逃げだす玉藻。
けど、母さんは逃げる気配すらしない。
むしろ……なん、で? そんな可哀想なモノを見る眼を、してる?
私の腕から飛び出す黒い暴虐。
一直線に飛び出して、母さんの元へと向かう。
……そっか、これ、母さんを殺してしまったら、私、両親を失うんだ……
私の知り合い、どんどん居なくなる。
母さん……どうして? どうして、敵に回ったの?
私は、母さんと敵対なんて……
「バカな子……」
「っ!? 母さん?」
「黴がなんであんたの元に居たのか、忘れたの?」
黴が母さんの元へ到達する。
私の身体から飛び出す全ての黴が、母さんへと殺到する。
殺到し、全身を覆い尽くし、そして……
そして……何事も無く彼女は歩きだす。
黴を全身に纏わせて。
哀しそうな顔をして、間抜けな顔で驚く私に近づいてくる。
「黴はね。垢嘗めだからあんたの身体に住みついた。つまりさぁ、私も垢嘗めだから、死なないんだよね?」
……あ。
失敗、した?
失敗したっ!?
母さんに黴は使っては行けなかった。
気付いたモノの後の祭りだ。
既に飛び出た黴達は……もう、戻らない。
殺される可能性の高い宿を無理に選ぶより、圧倒的強者の宿が目の前に居るのだから。
母さんの体内へと消えていく黴の群れ。
母さんが喰い殺される未来は無くなった。でも、でも……
今まで私を助けてくれていた黴が、全て……逃げ去った。
居なくなる時は一瞬……黒い血液は消え去り、久しく見なかった赤い色が手首から滴る。
私に味方するよりも母さんに味方した方がいい、とでも思ったらしい。
薄情、いや、誰だって沈む泥船には乗りたくもないだろう。つまり、黴は私を見限ったのだ。
「さぁ、どうするの有伽?」
「う……」
「有伽、うずくまってる暇ないよっ。急いで留美さんから距離取ってッ!」
分かってる。分かってるよヒルコ。でも。でも動かない。私の身体が、動いてくれない。
もう勝てるって。思った所から一気に状況が流れて、思考と身体がちぐはぐになってしまってる。逃げたいと思っても、逃げれない……っ。
母さんの口から舌が吐きだされる。
先端が絡まるは草薙の剣。
ゆっくりと、死神の鎌のように振り上げられる。
「有伽っ、有伽っ」
ごめんヒルコ、私、動けない。
すぐ横で土筆も家ごと燃えてて、黴が私から居なくなって、私……私……
「……仕方ない」
振り下ろされる剣。逃げ場のない私。ヒルコも小さく呟き覚悟を決めたらしい。
ごめん、ヒルコ。
剣閃がきらめき私の首に……
「させないッ」
ヒルコが動き、稲穂のナイフで草薙を受け止める。
紫鏡は発動させてないようだ。
舌の一撃をはじき返したヒルコが強制的に私を操る。
「有伽、逃げるよ。自分の足を動かしてッ」
必死に私を逃そうとするヒルコ。
私の身体を操作し、母さんの剣撃を弾き、玉藻の炎弾を紫鏡の能力で消し飛ばす。
動かなきゃ。ヒルコが頑張ってくれてる。
黴を失ったくらいで絶望するな、私、しっかり、しっかりっ。
「取ったッ」
ヒルコの一撃が母さんの舌を切り裂く。
刹那、黒い飛沫が飛び散った。
血飛沫とは違うソレを、至近距離に居たヒルコは逃げることすら出来ずに浴びる。
母さんの身体に共生していた……黴を。