間幕、繰り返す過去
私は夢を見ていた。
それは多分、幸せな夢だ。
二度と手に入らない、過ぎ去った過去。
アルバムをめくり懐かしむように、一つ、また一つ。場面が切り替わる。
これは夢だと気付きながら。目覚めなければと思いながら。
繰り返す。繰り返す。繰り返す……
「初めまして、上下真奈香です。有伽ちゃん一目惚れしました、好きですっ」
妙に脚色された可愛らしい少女。
私の直ぐ後ろの席で、私を真っ直ぐに見て彼女は告げた。
目元が隠れるほどに長い前髪、人形のように整った顔。どう見ても女性にか見えないセーラー服を着込んだ中学生。
私を好きだと言った彼女。
同じ女性だからって断ったら、真の愛の前には性別なんて関係ないよ有伽ちゃんって、何度も何度もアタックして来て、でも、それが迷惑だとは思えなくて、なんだかちょっと構って貰えるのが嬉しくて。
ソレからの日々は、ずっと付きまとわれた。
事あるごとに言われるんだ。有伽ちゃんが好きです。有伽ちゃん募集中ですって。
女の子同士なのに、変だよね。
御蔭で私は女性好きの変態として学校で有名になってしまった。
毎日登校していると後ろから突撃して来る。
ふにょっと背中にくっつく胸になんで女性に好かれるのってげんなりしたもんだ。
学園生活は、でも、やっぱり真奈香の御蔭で他の友達も沢山出来た。
真奈香と幼馴染のよっちーと仲良くなって、よっちーの友達の耶伊香や響子、めぐみと仲良くなって。
本当なら、そのまま楽しく中学生活送ってさ、恙無い毎日の中で高校に行って、大学行って、就職先探して、それでも友達とはずっと一緒に、過ごしてたんじゃないかなって、思うんだ。
なんにせよ、真奈香との腐れ縁はずっと続く、続くって……
場面がまた一つ切り替わる。
思えば、あのカフェでゆったりしていた日が運命の日、だったんだろう。
私だけじゃない。いろんな人の運命を変えてしまった日。
出雲美果という少女の家に警察が、マスメディアが押しかけていた時の事、私は帰り道に立ち寄ってしまった。
志倉翼に見付かって、警察組織の新設部隊、妖専用対策室の抹殺対応種処理班に入隊することになった。
試験がいるらしくて、なんやかんや気付いたら真奈香が【茶吉尼天】の妖に目覚めて、結局常塚さんに二人で挑んだんだっけ。
抹殺対応種処理班通称グレネーダーではよっちーの妹さんの稲穂が加わって、真奈香と二人で私にアタック仕掛けてきたっけ。
あの子もあの子で百合に目覚めたんだよね……私のせいで。
大変なこともあったけど、皆で一つの事をがんばるって、素敵だよね。私も、この頃は幸せだったな。
真奈香と隊長が付き合い始めて。
その頃は龍華とも知り合ってたっけ。
あの娘、結局何処に行ったか分からなくなったけど、もう一度会ったんだっけ、あれ? どこであっ……た……っけ?
刹那、世界にヒビが入る。
目の前に出現したのは真奈香の笑顔。
なのに、その身体が、何かに覆われて行く。
あ、これ、は、ちが、違う、今は違う、これは過去だ。
あ? れ? 真奈香?
違う、助けた。
真奈香はアレに飲まれて無い。
飲まれて無いっ、じゃあ、どう、なっ……た?
確か、確か……確か確か確か確か確か確か確か確か確か確か確か確か確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確確――――っ。
「初めまして、上下真奈香です。有伽ちゃん一目惚れしました、好きですっ」
夢だ。これは、夢。
思い出しちゃダメな気がする。
いや、思い出さなきゃいけない気がする。
ループする幸せな光景。
ぬるま湯のような毎日。
出たくない。
ああ、出なきゃ。
出たくない。
それでも出なきゃ。
出たく……ないっ。
出なきゃ、このぬるま湯を、早く……
早く出なきゃいけない。それは分かる。
でも、でも同時に、抜けだしたくない。
だって、だってここには真奈香と過ごした楽しい日々があるんだ。
隊長達と過ごした幸せな日々があるんだ。
お父さんとお母さんが笑い合ってる日々があるんだ。
だから、だからっ。もう少し、もう少しでいいから、お父さんと……
お父さん……と?
あ、ダメだ。気付くな。気付かせないでっ。
私は、まだ、目覚めたく……
「初めまして、上下真奈香です。有伽ちゃん一目惚れしました、好きですっ」
何度も何度もループする幸せな日々。
私が私で居られた幸福な世界。
でも、何故だろう。
徐々に、ゆっくりと、確実に、この世界がヒビ割れて行く。
やめて。ここに居たいの。
ずっと、ずっとここで幸せに浸っていたいの。
誰からも追われず、誰からも奪われず、幸せな世界を……
だから、お願い。
私の居場所を……奪わないで――――