天井下り VS 九尾の狐1
「土筆ぃぃぃっ」
前川玉藻にとってその女は禁忌と言っても良かった。
本来ならば手塩にかけた後継者になっていた筈の女だ。
なのに失敗が嵩み、見限らざるを得なくなった。
せめて安らかにと思っていれば、何を思ったか抹殺対象と共に逃げだし、暗殺班を裏切る始末。
まるで自分の顔に泥を塗られた気分だった。
だから怒った。
自分の手で殺すことにした。
でも、取り逃がした。
馬鹿にされてコケにされて逃げられた。
プライドがずたずただった。
今ではもう、姿を見るだけで、声を聞くだけで、名前を聞くだけで怒り狂える程に。
手当たり次第力を使い破壊する。
土筆は既に民家の軒下から天井へと入り込んでいて、様々な場所に出現する。
そのたびにその顔面向けて炎弾、氷弾、毒弾と射出して行くのだが、直ぐに引っ込み別の場所に。
怒りでおかしくなりそうになりながら、玉藻は全力で土筆を殺そうとしていた。
しかし、殺せない。
土筆は玉藻の後釜になるために玉藻の動き、思考、その他もろもろつぶさに観察していたのだ。
つまり、玉藻の考えが手に取るように分かるからこそ翻弄しているのである。
ゆえに殺せない。
殺される訳がない。
万一のまぐれも起きないように徹底的に地形を調べ、出現順を調べ、玉藻の思考パターンを怒らせることで簡略化させたのだ。
ブチ切れてここいら一体を粉砕する思考にならないように、絶えず出現し、土筆に一撃でも当てるという思考以外考えられなくさせている。
隙が出来ればいいのだが、これほど怒り狂いながらも自身への防御は完璧で、下手な攻撃を繰り出すと冷静に戻りかねない。
ゆえに攻撃ではなく牽制しか行えない。
玉藻の注意が切れそうになった時に私はこっちだと告げる牽制だ。
命を狙えば玉藻とて暗殺者。一気に熱を冷ましてしまうだろう。
そうなったら終わりだ。ここいら一帯焼け野原にされてあぶり出される。
余裕はあるが砂上の楼閣。
相手が冷静に戻った瞬間崩れ去る作戦だ。
あとは必死に尻振りながら逃げるか、察知できれば天井に潜って遠くに逃げるしかない。
また補足し直さないといけないし、作戦を一から練り直しになる面倒臭さがある。
できるのならばここで仕留めたい。
しかし、玉藻の精神構造と攻撃に対する防衛力は分けて考えないといけない。
なにしろ相手は女狐なのだ。
こうして翻弄していると思った次の瞬間には追い詰められるのは土筆の方かもしれない。
その危機感を常に持つ。
兆しを見逃してはならないと気を張り詰める。
激昂する玉藻を牽制し、挑発し、弄びながら、牽制され、挑発され、弄ばれていないかを警戒する。
常に自分の身を守り、想定外の事象が起こり得ると仮定しながら徹底的に攻撃し、防御を捨て、想定した事態のみを起こすよう努めていく。
一瞬の油断も出来ない。的確な狙撃と出現が求められる。
相手に思考する時間を与えてはならない。
気付いた時は土筆向けて攻撃しているように相手を誘導し続ける。
とにかく。最低でも有伽がもう一人を仕留めるか味方に引き入れるまではこれを続ける。
そしてしばらく。
さすがにこれだけ続くと玉藻にも思考する時間が生まれてしまう。
もう引き延ばせそうにない。
一発逆転を狙うべきか、土筆にも判断を迫られてくる。
その時だった。
あらかじめ決めていた狼煙が上がった。
色は黒。
思わず舌打ちしてしまう。
別に有伽が失敗したからの舌打ちではない。
相手が殺さなければならない程強かったという事実だ。
弱ければ仲間にできた。
仲間にすれば目の前に居る玉藻を三人で囲めた。
でも、殺さざるをえなかったらしい。
ならば数は向こうが一人減っただけだ。
こちらが優勢ではあるが有利ではない。
既に狼煙を上げた以上有伽は移動しているだろう。
あらかじめ決めた集合地点で合流だ。
つまり、現状倒しきれない玉藻は放置するしかないらしい。
悔しいがこれも倒しきれなかった自分に実力がなかっただけだ。
とはいえ、悔しくはあるので玉藻をさらに挑発してやる。
冷静さを失った玉藻が地団太踏んで悔しがる姿をしっかりと写真撮影して、天井に逃げ込む。
「玉藻さん」
「ッ!?」
比較的近場の天井から顔をだして語りかける。
反射的に毒弾を飛ばして来たので直ぐに引っ込み別の場所から会話を続ける。
「私にご執心なのが結構ですけども、お仲間さんはどうしましたぁ?」
「っ!?」
土筆の言葉を聞いた瞬間、玉藻の動きが止まる。
我に返ったように周囲を見回すが、味方が居る訳もない。
「黒眚!?」
慌てて周囲を探り出す。
土筆は思わず笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「あそこ、煙が上がっているでしょう? 色は何かしら?」
「黒い煙? それがどうし……っ!」
暗殺班でも、狼煙を上げることはある。
その狼煙で黒は、仲間に死者がでた。
「ま、まさか……」
「仲間に引き入れるつもりでしたが、黒眚さんは手加減できる相手ではなかったようですわ」
「土筆ぃぃぃッ」
ぶわりと九つの尻尾が逆立つ。
逆鱗に触れたらしい。
くすくすと笑いながら土筆は天井に消える。
刹那、土筆がいた家が一瞬にして吹き飛んだのだった。