VS黒眚
黒眚が目の前から消失した。
気付いた時にはすでに攻撃を受けており、ヒルコが対応してくれなければ私の首が落とされていたところである。
油断したつもりはなかったし、しっかりとフェイントを加えての舌攻撃だったはずだ。
なんで、背後に回られ攻撃されている?
「有伽!」
「分かってる! 奇襲失敗。あいつって何者?」
ヒルコに思わず尋ねる。
「黒眚だよ。確か和歌山、広島、山口辺りに出没する山嵐とか呼ばれてる妖怪だよ」
おお、ヒルコが知ってたか。
聞いてみるもんだ。
「飛ぶように速く走り相手を切り付ける、カマイタチみたいな妖怪だったはずよ」
なるほど。じゃあ今のは私の認識より早く走って斬りつけて来た。それだけのことか。
それだけのことだけど、一番面倒な相手じゃないか。
「クソ、一番最初に選ぶんじゃなかった」
「嘆いてる暇は無いよ。どうせ闘う相手だもの」
そりゃそうだ。
とにかく高速で動く相手を迎撃しないとっ。
っ!? クソッ、ヒルコの防御が間に合ったけど私は完全に反応出来なかった。
眼で追ってたらダメだ。
眼を閉じて視覚情報を切る。
気配を読むことに集中。耳に意識を向ける。
どうせ相手の動きは読めないのだ。防御はヒルコに任せて相手の気配を察知することに注力しよう。
アスファルトを踏む音。壁を蹴る音、剣撃。ヒルコに迎撃されて舌打ち。
クソ、速い。認識した瞬間には別の場所に音がある。
ダメだ。私じゃこいつは追えない。
今ある武装で捕獲は無理だ。
完全に殺すことは? 限りなく低い確率だろう。
勝利自体が難しい? それはさすがにマズいな。
敵の動きは速いなんてものじゃない。
まず眼で追えない。
いつの間にか死角を取られる。
ヒルコだけが反応出来ている。
クソ、こんなのにどうやって勝てと?
いや、落ち付け。
ここで負けてたら生き延びる意味がない。
抗うんだ。こいつの攻略法を見付けて撃破する。
タッ、タッ、タタン。
リズムよく疾走音が響く。
一歩めで地を蹴り、壁を蹴り、踏み込み攻撃する。
次の瞬間には別方向から電柱を蹴り付ける音、剣撃、さらに剣撃。
側面に回り込んで、一撃。
速すぎて認識が付いて行かない。
下手に眼を開くとあまりの速さに困惑させられる。
このままだとヒルコ任せで攻撃すら出来ない。
ダメージ覚悟で突っ込むか? 無理だな。すぐに反応されて反撃されるだけだ。
何か方法は……
……アレ、しかないか。
ヒルコに耳打ちしてお願いする。
あいつが気付いたらマズいけど……
やってくれヒルコ!
キンっと金属音。ヒルコが持っていたナイフと黒眚の一撃が交錯する。
そして、そこまでだった。
唐突に攻撃が止む。
眼を開ければ、悲鳴を上げて踊り狂う黒眚の姿。
ヒルコが防御に使ったナイフは私の皮膚を切り裂いた市販のナイフだ。
ゆえに黴がこびりつき、そのナイフとかちあった黒眚の武器から黴が彼女に感染した。
悲鳴を上げているのは自身が黴に感染したと気付いたからだ。
もはや私を攻撃する余裕はない。
必死に黴から逃れようと無駄なあがきを始めている。
捕獲は諦めた。
べとべとさんのようにこちら側に連れ込めるかと思ったけど無理だ。
残念ながらそれが出来る余裕が私達側に存在しない。
可哀想だけど、死んでもらうしかない。
「た、たすけ……」
どさり、足が保てなくなったようで倒れ込む。
黒く染まって行く黒眚に拝むように両手を合わせて黙祷。
でも、そっちも殺す気だったのだから仕方ないよね?
「一人目撃破、ね」
「残念だったね有伽。仲間に引き込めなくて」
「確かに強力な妖使いだけど、捕獲がままならない強さなら殺す以外に方法は無いわ。そこは割り切っていかないと」
「男性二人、どうする? 土筆さんの話だと、目競と、おそらく、副室長。赤い河童らしいよ」
河童、か。
おそらくソイツは捕獲不可能だろう。捕獲を求めてしまえば殺されるのは私達だ。
目競の方はどうしよう。
さすがに男を襲うのはいろいろ大問題な気がする。女性でも問題はあるのだろうけど。
黴達が帰ってくる。
また、増えたなぁ。
他人の命を喰らって増える妖、黴。
その内体内に飼いきれなくなった時、私も彼女達のように喰い殺されるのだろうか?
「なるようにしか、ならない……か」
「有伽?」
「なんでもない。さぁ、行こうか。土筆に報告しないとね」
天井裏に戻るには土筆に引っ張り上げて貰わないといけない。
合流地点に急ごう。土筆が戻ってくるはずだ。
もはやこの世に存在しない黒眚を放置する。きっと行方不明となるのだろう。
探してくれる奴はいるのだろうか? 願わくば、彼女の死に涙する誰かが居る事を願う。