襲撃の目的
天井下りが天井へと引っ込む。
黒眚と玉藻はしばし周囲を警戒していたが、一瞬で静寂を取り戻した部屋にもう違和感は存在していなかった。
まるで襲撃などなかったかのように、テレビの音だけが響いている。
だが、ベッドは既に銃弾の雨に穿たれ、べとべとさんは消え去っていた。
完全な作戦ミスだった。
寝る直前で襲いかかるつもりだった玉藻は、その思考回路を読まれ、襲撃直前に襲撃を受けてしまったのだ。
完全に油断しきって男女で分断したこの状況で、まさかの襲撃、そして拉致。
どれだけ警戒したままその場にいただろうか?
突然天井からにゅっと何かがせり出す。
来たか!? と二人が身構えたが、出て来たのは拉致されたはずのべとべとさんだった。
なぜか全裸で全身ぬめっとした液体を張り付かせてどさりっとベッドに投げ捨てられる。
その上に降って来る彼女の衣類。
何が起こったのか全く理解できなかった二人は、それからもしばし警戒する。
だが、それ以降何も起きなかった。
小一時間後、恐る恐る黒眚がべとべとさんを確認する。
女性がしちゃいけない顔で気絶していた。
もう、手遅れだった。
「やられたっ! 土筆がべとべとさんだと知ってやがったのね!」
「えーっとこれって……」
「高梨有伽の妖能力は、垢嘗よ!」
「うへぇ、それって、折角母親から逃げたのに、娘に襲われたってことかよ。お前ツイてねぇーなー」
「べとべとさんは使えないわね。黒眚、これから出るわ。男共と合流して襲撃よ」
「後手後手に回ってる気がするなぁー」
「煩いッ!」
さっさと来いとヒステリックに叫ばれて、黒眚は仕方なく着いて行く。
部屋に残されたべとべとさんを一度だけ振り返ったものの、被りを振るって部屋を出た。
そして、そんなべとべとさんだけを残した部屋に、土筆と有伽が天井から姿を現す。
「上手く行きましたわね」
「はぁ、女の子ばっかオトしまくって、これからどうすんだ私は……」
「べとべとさん、どうします?」
「このまま回収されてもいろいろ面倒そうだし、回収しとこう。あんたの天井裏に潜ませてれば逃げれないし、邪魔も出来ないでしょ」
「了解ですわ」
そして二人はべとべとさんを再回収して姿を消すのだった。
一方、男性達のいる部屋へと向かった玉藻は、思い切りドアを蹴り壊す。
丁度高梨留美がベッドの上で嫌がる目競のズボンを脱がしたところであった。
「何してんのよあんたは!」
「げぇ!? なぜここに!?」
「た、助けてくださいっ、ロリババァに犯されるッ!」
「それ、ご褒美じゃないの?」
「黒眚さん俺は熟女好きなんだよっ、ロリはお断りなんだッ!」
「どうでもいいからさっさと準備しなさいっ! 襲撃よ!!」
玉藻の言葉に皆の顔が変わった。
オフモードから仕事モードへと思考が切り替わる。
最初に準備を終えたのは精悍な顔つきの男。ダンディズム漂う彼はロングコートを羽織り、我先にと部屋を出る。
「べとべとさんが居ないな。どうした室長」
「今は部屋に居るわ。襲撃を受けて、ある意味重症ね」
「ある意味?」
「そこの垢嘗めが行おうとしたことを敵にやられただけよ」
「にゃんですとぉ! あたしのべとちゃんがぁ!?」
これにいち早く反応したのは留美。
さっさと準備を整えると女性陣の取っていた部屋へと走る。
「黒眚、べとべとさんが危険だからヤバそうなら垢嘗ぶち殺してやって」
「あいなっ」
「折角だ、俺も行こう」
二人が留美の後を追っていく。
最後に残った目競が服を整えるのを待ち、玉藻も女子部屋へととんぼ返りした。
だが、そこには既に誰もおらず、ボロボロのベッドが置かれているだけだった。
「やられたっ」
「あららぁー、あー坊のが一枚上手だったかぁ。こりゃべとちゃん失った損害物凄いことになるねー九ちゃん」
「あいつら、絶対にブチ殺す」
地団太踏んで悔しがる玉藻に留美は呆れた顔を一瞬向け、副リーダーとなっている精悍な顔つきの男に視線を向けた。
「でー、ケンちゃぁん、どうする?」
「ケンちゃんいうな。こうなった以上はうわんの情報提供を受けるしかあるまい。敵はもうゲリラ戦法に移っている。天井のある場所で一人になれば確実に狩られて行くぞ」
「とりあえずローブ着込んで夜襲、が一番かねぇ」
「読まれた夜襲は夜襲と呼べん。室長、今回は室長の選択ミスだ。これは報告させて貰う」
「ぐっ……」
副室長は室長である玉藻の監察官も兼ねている。
何か失策があればその全てを上に報告する義務があり、嘘は付けない。
というよりも、室長と副室長は互いに相手のミスを報告するシステムがあるため、互いに監視し合う間柄なのである。
「挽回、しなきゃ、だわね」
怒りを鎮めるように胸に手を当て玉藻はふー、ふーと息を整える。
その視線の先に、天井からにゅっと顔が出現。
土筆の顔を見た玉藻は一瞬でビキビキと血管を浮き出させる。
「べとべとさんだけ放置されてましたのでこちらで手厚い看病することに致しましたわ、でわっ」
それだけ告げてさっと首を引っ込める。
一瞬遅れ、玉藻の放った毒弾が天井にぶち当たった。