先制攻撃
「全く、着いた早々宿屋で一泊って、暗殺舐めてんのかー玉藻ちゃんはよーぅ」
ビジネスホテルの一室で、高梨留美は毒を吐いていた。
相部屋となった男二人はどうでもいいと装備を点検している。
ベッドに腰掛ける女のことなど見向きすらしていなかった。
「おいおい、おまいさんら、折角女の子と一緒なのに襲ったりしないの?」
「仕事の最中は女を抱かんと決めている。仕事にならなくなるからな」
「俺、年増無理なんで」
「ぐほぅっ、ちょ、目競ちゃん、それはちょっと酷くね? あたしゃー確かに年は喰ってるけどほら、童顔だしプロポーションは抜群よ? そこらのじょしこーせーにだって負けないぜ?」
うっふーんとポージングする留美。しかし男二人は全く興味を示さない。
「チッ、二人揃って不能かちくしょーっ」
「お前をわざわざこっちに入れたのは女子部屋に入れると収拾が付かなくなりそうだからだ。どうせべとべとさんを襲うだろう?」
「ふっ、愚問ですな。可愛い娘は愛でてこそ映えるのですよ」
「それは同意っすわ」
「黙れ変態共」
仲間。とハイタッチする留美と目競。
玉藻たち女性三人は別の部屋を取って休んでいるらしい。
三人づつで宿をとったのだが、女性なのに留美だけ男性陣の元へ放り込まれたのだ。
襲って良いのか、と思ったのだが、二人とも留美は射程外の女性だったので襲われる心配がないと男性と相部屋にさせられたらしい。
襲われるのはバッチコイな留美としてはこれは手痛い誤算であった。
女性陣と一緒なら隙を見て一人くらいはオトせるかと思ったのだが、案外玉藻はしっかりと疑っていたようだ。
男なら襲われてもどうでもいい、と思っているかどうかは別として、この二人はある程度女性を襲わないと信頼されているのだろう。
「ちなみに、貴様から襲ってきたら尻子玉引っこ抜いてやるからな」
「ヒェッ。さすが河童ちゃん」
「河童じゃねぇ。次間違えたら内臓引きずりだしてやるぞ売女」
「あー、差別なんだー、目競ちゃーん、いじめられるー」
「近づかないでくれないっすか、年増がウツるッす」
「こいつもひでぇ!?」
結局この日、留美が男性陣を襲うことは無かった。
だが、別の場所で別の人物が襲われていたのを、彼女達は玉藻が来るまで気付くことは無かった。
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同日、少し離れた場所で女性陣が宿を取っていた。
玉藻とべとべとさん、そしてもう一人の女である。
既に風呂も入り、寛いでいる三人。
玉藻はコンパクト片手に保水液を顔に塗り、べとべとさんはテレビを見ている。
もう一人はソートフォンでチャット中のようだ。
ベッドに寝そべる女が、不意に玉藻に語りかける。
「で、よかったんですかぁ?」
「何が?」
「宿なんて取って一泊するの」
「いいのよ。どうせターゲットはこの島から出られないんだし? べとべとさんがいれば追い詰められるでしょ」
「で、でも、私は今日一日だけなんですが?」
「知ってるわ。だからそろそろ、夜襲でも掛けてやろうって思ってるのよ」
「ああ、なるほど、夜だから安心して寝てるってこと、私達はこうして宿取ってるし」
玉藻の予定では偵察に来た天井下りの事だから自分たちがどういう行動を取っているかは調べてるだろうことは分かっていた。
それが宿を取って寝ようとしているとなれば、今日の襲撃は無いと安心するだろう。
ゆえに、深夜になってから夜襲をしかけるのだ。
「ふふ、良い作戦でしょ?」
「全く、エゲツねーっすわ」
「あ、あはは。じゃあ私は夜中も起き通し、になるのかな?」
「今のうちに仮眠取っといていいわよ。もう少しゆったりしとくから」
「はい、じゃあ眠っておきますね」
「ええ、永遠に」
ぞくり、とした。
今、三人の会話の中に、誰か別の声がした。
即座に戦闘態勢になる玉藻。その視線の先に、天井からソイツが垂れ下がっていた。
ゴシックロリータを着込んだ見知った女。
天井下りの天原土筆。
手には銃を一丁携えて、にやにやと玉藻を見つめていた。
「つ、土筆ぃぃぃっ!?」
「襲撃されないから来ちゃったよ、襲撃にっ♪」
容赦ない銃撃が行われた。
女がベッドから飛び退くのと同時にベッドが風穴を開けて踊りだす。
「ひゃあぁ!?」
反撃に転じようとした玉藻だったが、響いた声に驚き目を見張る。
逃げ遅れたべとべとさんは足に赤い紐状の何かに巻き付かれ、宙づりになっていたのだ。
「な、何? あ、黒眚べとべとさんを助けなさいッ」
「え!? 無理っ」
宙づりのべとべとさんが徐々に天井へと釣り上げられていく。
助けに行きたいが黒眚も玉藻も土筆の銃撃に邪魔されて動けない。
「え? やだ、何これっ、助けてっ、助けてくださ……」
そして、べとべとさんは天井に吸い込まれるように消え去った。